第三章 ~『西住と思わせぶり』~
第三章『閉じ込められた密室とあやかしの呪い』
事件を解決した美冬と西住は肩を並べて帰路につく。夕日が二人を朱色に染め、肌寒い風が通り過ぎていく。
「ねぇ、西住くん。あの二人、あのまま付き合うのかな?」
「橋本さんの好意は明確だし、秋葉くんもまんざらではなさそうだからね。その可能性は高いと思うよ」
「……西住くんはさ、恋人を作らないのかしら?」
「僕に恋人か……」
「ほら、西住くんはイケメンだし。言い寄ってくる女性も多いでしょ」
「告白された回数は多いね……」
「だったら……」
「でもあの人たちは僕の顔が好きなだけで、中身を知っているわけじゃないからね。それに僕には好きな人がいるから」
「す、好きな人……それって……」
「ふふふ、まだ内緒さ」
西住は口元に手を当てて、ほんのりと頬を染める。これ以上聞けない空気が流れ、二人は交差点に差し掛かる。
「私はこっちだから……」
「じゃあ、またね」
手を振って、西住に背を向ける。だが彼はその場から動こうとしない
「どうかしたの?」
「東坂さんにお願いがあるんだけど……バイトとして僕に雇われる気はないかな?」
「バイトって古書店の?」
「うん。実は明日、コレクターから大量の本を書いとるんだ。その本の整理に人手が欲しくてね。駄目かな?」
西住からの頼みだ。断るはずもない。
「喜んで引き受けるわ♪」
「ありがとう。やっぱり東坂さんは優しいね」
色素の薄い唇を釣り上げて、口元に華の咲いたような笑みを浮かべる。その魅力的な笑顔にドキリとさせられた。
「でも別にバイトとして雇われなくても、友人として手伝うわよ」
「量も多いからね。しっかりお金は払うよ」
「でも……」
「僕もこの仕事でお金を得ているわけだから。気にしないでよ」
「ならお言葉に甘えるわね♪」
美冬の口元にも笑みが浮かぶ。お金が手に入る喜びより、西住と一緒にいられる時間ができることに胸を躍らせていた。
「明日の十時に店で待っているね」
「遅刻しないように目覚ましをセットしておかなくちゃ」
「では、今度こそまた明日」
「また明日ね♪」
西住と別れて、美冬は一人自宅への道を歩く。彼がいなくなった喪失感を覚えながらも、上機嫌に鼻歌を歌う。
(明日もまた西住くんと会えるのね。うふふ、楽しみだわ)
西住の顔を思い描くだけで、足取りが軽くなる。
(バイトにまで誘ってくれるなんて、もしかして西住くんの好きな人って私なのかな♪)
西住の意味深な反応は好意の照れ隠しのように思えた。と同時に、一抹の不安が頭を過る。
(でも好きな相手が私だとして、どこを好きになったのかな? ガサツだし、今まで彼氏もいたことないのに……)
強がることはあるものの、美冬は自分の魅力に対して劣等感を抱いていた。そのため西住が自分を好きになってくれた理由に想像が及ばない。
(……私を好きかもって自意識過剰の勘違いかも? で、でも、あの思わせぶりな反応……もしかして善狐さんの魅了の力が西住くんにも効いていたのかしら……でもそれで好きになられても嬉しくないかも……)
善狐の加護のおかげで、山崎を含め多くの男たちから言い寄られたが、西住の態度は以前と大きく変わらなかった。
てっきり霊感の強い西住には効いていないとばかり思いこんでいたが、それこそただの思い込みなのかもしれない。
「ダメダメ、クヨクヨしないのが私の長所なんだから」
西住のことは頭の隅に追いやり、美冬は帰路を急ぐ。見慣れた我が家から漏れ出る明かりが出迎えてくれる。
「ただいまーって、あれ? 鍵がかかっている……」
玄関の扉を開けようとするが閉まっていて動かない。家の中から光が漏れ出ているので、夏彦が中にいることは間違いない。きっと防犯のために鍵を閉めたのだろうと、カバンから鍵を取り出す。
鍵穴に鍵を差し込んで回すが、ロックは回らなかった。
「あちゃ~、この鍵じゃなかったのね。うちの鍵、玄関も裏庭も
美冬は再度鞄から鍵を取り出す。今度はしっかりとロックが回り、扉が開く。
「ただいまー♪」
「おかえり、姉ちゃん。遅かったな」
「まだ夕方よ?」
「朝から出かけて、この時間に戻ってきたんだ。十分に遅い帰りだろ」
「ふふふ、本当はお姉ちゃんが帰ってくるのを心待ちにしていたんでしょ?」
「ば、馬鹿ちげぇよ……」
「照れちゃって。可愛いわね」
「そんなことより自堕落な休日を投げ出して、どこに行っていたんだよ?」
「西住くんのところよ。おかげで充実した一日になったわ」
「西住ッ」
「西住くんがどうかしたの?」
「深い意味はないが……ただあいつと何をしていたのか気になってな……」
「それなら私、語りたいことがいっぱいあるの。今日もね、西住くんがあやかしのヒントを元に事件をズバッと解決したのよ。それが本当に格好良くてね。それから――」
「姉ちゃん、もういいよ」
「ここからが良いところなのになぁ……」
美冬は話を続けたかったが、夏彦が不満げな表情を浮かべていることに気付く。
(夏彦は子供の頃から怖がりさんだったものね。あやかしもまだ苦手なのかも)
相手の嫌がることを続ける理由はないと、話を切り上げる。気まずい空気が流れるが、それを打ち壊すように夏彦は台所に立つ。
「姉ちゃん、晩飯食べるよな?」
「う~ん、いまはお腹が空いてないのよね」
「そっか……それなら仕方ないな……」
夏彦は残念そうに俯くと、鍋に点いていた火を止める。再び気まずい空気が戻る。
「夏彦は何していたの?」
「聞いてくれよ。実はな、ホームセンターで使いやすい掃除道具を手に入れたんだ。それで家中ピカピカに磨いていたのさ」
「いつもありがとうね。夏彦がいないと今頃我が家はゴミ屋敷よ」
「そうだろ、そうだろ。
「埃まみれだったし、掃除するの大変だったでしょ」
「大変だったが、掃除は趣味みたいなもんだからな。苦じゃねぇさ。それに姉ちゃんも
「うん。とっても♪」
「そ、そっか」
夏彦は照れくさそうに頭を掻きながら、目を背ける。
「じゃあ私、
「
「別に鍵だけ渡してくれてもいいのよ」
「うっせーな。別に付いていってもいいだろ」
「ふふふ、そういうことね」
「ニヤニヤ笑って、どうしたんだよ」
「なんでもないわ。ただ夏彦はお姉ちゃんのことが大好きなんだな~と思っただけよ」
「なっ!」
夏彦は勘違いだと必死になって否定する。しかし気恥ずかしさから染まる頬の赤さは誤魔化すことができていなかった。
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