第二章 ~『あやかしの正体』~


 事件の謎を解く実演をするため、美冬たちは部屋の外に追い出されていた。秋葉は謎が解ける期待に目を輝かせ、対照的に橋本は不満げに眉を吊り上げていた。


「犯人はあやかしなのに、こんなことしても無駄なのよ」


 人間が犯人であるという説を橋本は強く否定する。


「まぁまぁ、そのために西住の奴が実演してくれるんだ。これが成功すれば俺の鬼娘ちゃんフィギュアの顔も元に戻る」


 西住は一分間でフィギュアの顔を直し、外箱に収納するまでを実現する。いったいどんなトリックでそれを実現するというのか。各々がそれぞれの気持ちを胸に、一分間経過するのを待つ。


「準備できたよ」

「ようやくか。入るぜ」


 秋葉が自室の扉を開けると机の上には外箱に収納された鬼娘のフィギュアが置かれ、さらに先ほどまでなかったはずの首から上も確認することができた。


「凄いわ、西住くん。フィギュアが元に戻っているわ」

「いいや、違うな。こんなのはただの子供騙しだ」

「子供騙し?」

「目の色を見てみろよ。このフィギュアは通常版だ。限定版じゃない」

「君の言う通り、ショーケースの中にあった通常版と限定版を入れ替えただけさ。でもね、この子供騙しに君は騙されたんだよ」

「騙されてないだろ。現に俺はすぐに通常版だと見抜いた」

「でもそれは顔を見て判別したんだよね。顔がなければどうかな?」

「あ……そういうことか……」


 秋葉は西住の実演によってあやかしの呪いの正体を察する。だが美冬はまだトリックを理解できずにいた。


「ねぇ、西住くん。いまの実演で何が分かるの?」

「フィギュアの顔を壊したのはあやかしの仕業なんかじゃない。人間の犯人がいるってことさ」

「犯人? それってさっき話していた岡本さん?」

「いいや、違うよ。このの事件の犯人は――橋本さん。君だね!」


 西住に名を呼ばれ、橋本はビクッと肩を震わせる。動揺からか額には玉の汗が浮かんでいた。


「わ、私は、犯人なんかじゃ……」

「そうよ、西住くん。秋葉くんは一分も経たない内に部屋に戻ってきたのよ。フィギュアの扱いに慣れていない橋本さんがそんな短時間で壊せるはずないわ」

「その謎は既に解けているよ。証拠もあのカーテンの先にある」


 西住が指差したのは窓の外に見える橋本の自室だった。ピンク色のカーテンで隠されているため、部屋の様子を伺うことはできない。


「おい、西住。橋本の部屋を見に行くぞ」

「ちょ、ちょっと。そこは私の部屋なのよ!」

「お前も勝手に俺の部屋に入ってくるんだからお互い様だろ」

「うっ……そ、それは、そうかもしれないけど……で、でも、私、女の子だし……」

「俺は男女平等を信条にしているんだ。悪いが遠慮しないぜ」


 秋葉は西住たちを引き連れて、屋根伝いに橋本の自室を訪れる。窓を開け、カーテンを開いて部屋の中に入ると、そこには想像さえしていなかった光景が広がっていた。


「こ、これ、俺の顔か……」


 橋本の部屋の壁には秋葉の顔写真がポスターとして印刷されて飾られていた。恥ずかしいモノを見られたと、彼女の顔が耳まで朱に染まる。


「笑いたきゃ笑いなさいよ!」

「笑いはしなけどさ……もしかしてお前、俺のことが好きなのか?」

「そうよ、悪かったわね!」

「悪くはないさ……でも驚きだな。まさか橋本が俺のことを好きだとは」

「それが今回の事件の動機になったんだ。そしてトリックの正体であり、証拠はこれだよ」

「あっ!」


 西住は瞳が黄色の鬼娘フィギュアを秋葉に手渡す。彼は失ったはずの大切なモノが無事だと知り、ほっと安堵の息を吐いた。


「やっぱり俺のフィギュアは無事だったんだな」

「やっぱりってどういうことかしら? そもそもどうして橋本さんの部屋にフィギュアがあるの?」

「それは僕から説明するよ」


 西住は首から上が破壊されたフィギュアを持ってきていたのか、無事な限定版フィギュアの隣に並べる。


「さっき実演で二つのフィギュアをすり替えて、あたかも限定版フィギュアの顔が直ったかのように見せかけたでしょ。橋本さんも同じトリックを利用し、限定版フィギュアが壊れたかのように見せかけたのさ」

「だからここに顔が無事な限定版フィギュアがあるのね……」

「壊したフィギュアは通常版だろうね。首から上さえ破壊すれば限定版と区別はつかないし、通常版なら入手も難しくないはずだからね」


 腕や足ではなく、顔が破壊されていたのも通常版と限定版の区別を付かなくするため。ここまで聞けば、美冬にも事件の全貌を理解することができた。


「まとめると、事件当日、秋葉くんがトイレに行った隙に、橋本さんはあらかじめ顔を壊したフィギュアと限定版フィギュアを入れ替えたんだ。これなら一分もかからない。入れ替えたフィギュアは屋根にでも隠しておけば、帰るときに回収することもできる。一見すると物理的に不可能なあやかしの仕業はこうやって生み出されたのさ」

「…………ッ」


 限定版フィギィアが橋本の自室にある以上、言い逃れすることはできない。彼女は悔しそうに下唇を噛みしめると、目尻に涙を貯める。


「橋本、どうしてこんな馬鹿なことを……」

「……嫉妬したのよ。私のことを見向きもしないで、アニメの女の子に夢中になるあんたの眼を覚まさせようとしたの……」

「…………」

「あやかしの呪いに固執したのも、呪われたくない一心で、アニメの女の子から距離を置いてくれるかなって期待したからなの」

「…………」

「悪かったわね……け、軽蔑したでしょ?」


 橋本は涙をポロポロと零しながら、怯えるような眼で訊ねる。


「いいや」

「嘘よ!」

「嘘じゃない。俺もアニメばかりに夢中になっていて悪かったな。今度からはきちんと現実にも目を向けるよ」


 秋葉が涙を流す橋本の頭を優しく撫でると、彼女は満更でもない笑みを浮かべる。二人の間に新たな絆が生まれた瞬間だった。


「橋本さんも二度とフィギュアを壊すようなことはしないだろうし、これで一件落着ね」

「だね。でもだからこそお別れの時間だ」

「お別れ?」

「あやかしはね、役目を果たすために顕現するんだ。それはつまり目的を果たせば、この世にいる理由を失うことになる」


 鬼のあやかしは望みを叶えるために現実世界に姿を現したのだ。問題を解決した以上、あやかしが現世に残り続ける理由もない。


「そんな……折角、鬼さんの呪いを解いたのに。これでお別れなんて……」

「仕方ないさ。あやかしはこの世ならざる生物だ。本来の世界に戻してあげた方が、彼らのためさ」


 この世を去る鬼のあやかしを見届けるために美冬は西住の手を取る。視界の先では黒髪の美青年の体が徐々に薄くなり、この世から消え去ろうとしていた。


「あ、あの、鬼さん……呪いで苦しめられたし、たった一日の出会いだったけど……またどこかで会いましょうね」


 美冬の最後の言葉に鬼は僅かに微笑む。最後まで凛々しい表情でこの世を去った。


「西住くん、しばらく手を繋いでいてもいいかな……」

「僕でよければ喜んで」


 美冬は西住の手をギュッと握りしめる。その手は悲しみで僅かに震えていた。

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