聖姫の救済
必ずしも、物語のハッピーエンドには犠牲があった。
主人公が、あるいは、世界がハッピーエンドに辿り着くには、様々な試練がある。
ある英雄の冒険譚だとか、どこにでもあるような
幼い頃からソレを知っていた聖姫は、自分が何かの犠牲になるだろうと、悟っていた。
そして犠牲になる時が、まさしく今だ。
きっと自分が死んだ後、正確には…数百年後くらいには自身の死などなかったことにされているだろう。
長ったらしいが、ふとそんな事をかつて言った時、アイツらには茶化されたのを思い出した。
…これまで、忘れ去られてしまった古の英雄達と同じ末路になるとは、思い描けなかった未来であり、最期なのだろう。
◇◇◇
「本当のハッピーエンドは、誰かの犠牲の上で成り立つモノ。皆無事で大団円って言うのは御伽噺の中だけ。その犠牲に…アンタらがなるくらいなら私一人で充分」
呟いた聖姫の言葉に、勇者は叫んだ。
「おいネリ、ふざけんじゃねーよ! さっき言ったばかりだろうが!? お前がなんで犠牲になるんだよ! いい加減にしろ!! 一人で威張ってんじゃねぇよ!!」
「うっさい!! 威張るもクソもあるか! これはもう覆せないの!! 本当は分かってるんでしょ!? この世界を救うために、私だけ死ぬことぐらい!」
「………っ!」
返されたその声に、勇者はヒュッと息を呑む。
––––それは分かっていたことであり、分かりたくもなかったことである。
いずれ別れが来ることを、彼らは分かっていたけど、これまで一切触れていなかった。
痛い所を突かれて、勇者は二の句が継げないようだった。
騎士と魔術師は、縋るような目で二人を見る。
聖姫は苛立ちながら、前髪を掻きむしる。
「…クソが…なんで引き止めようとすんだよ……お前らの悲しむ顔なんて、こっちはもう見たくないんだよ……! だから、だから…」
その口から発せられた声は、震えていた。
誰にも聞き取られないよう、極力声を小さくしたが、
「……、」
魔術師の口から出たのは、言葉にもならない声だった。
果たしてそれが何を言おうとしたのかは、彼しか分からないだろう。
(………あんまりだよ、ネリ。それはないだろう…約束を破るだなんて)
ぎり、と歯軋りがした。
彼の胸に悔しさが込み上がる。
魔術師は一歩進んだ。
◇◇◇
魔術師が一歩進んだ一方、勇者は混乱していた。
ここまでが怒涛の展開すぎて、もう何がなんだか分からなくなってきたからだ。
しかしただ一つ、やるべきことがあった。
ここまで共に生きた仲間を、最後まで見届けること。
自分達が行動することを恐らく、あのバカは望んではいない。
ならば、その決意を精々見守ろう。
(ネリ、きちんとカッコイイところを見させてくれよ……本当にごめん)
勇者はぐっと拳を握り締めた。
◇◇◇
(どうなっていやがる?)
それが騎士の頭の隅にある疑問だった。
突如現れた疫病神ロベリアの真の姿、そして彼女との因果。
急に落とされた情報量の多さに、頭が混乱する。
けれどもまぁ、どうなってるもこうも、目の前で起こっているのは現実だ。
考えたってどうしようもない。ただ、彼女の為すべきことに事の結末を祈るしかない。
頼むから、悲しい別れにさせないでくれ。
騎士はそっと息を吸い込んだ。
◇◇◇
カオスな状況だった先程とは一転、今は殺伐とした空気が場を支配していた。
勇者達三人は聖姫を庇うようにロベリアと対峙する。
聖姫は驚きで目を見開きながらも、ジリリとした空気を察し気を引き締めた。
(…さっきまであんな事を言っていたが、いざこういう空気になるとやっぱ性に合わないんだよなー。ま、やるしかないわ)
聖姫は胸の内でそう呟くと、大きく息を吸って叫んだ。
その場にいる全員が聖姫へ視線を向けた。
「ロベリアのバーカッ!! 変態、最低ゲス野郎!! アーホ、マヌケ、クソゴミクズ!! 弱々ナメクジザーコ虫!!」
「「「「は??」」」」
思わず口をあんぐりと開けてしまった勇者達。それもそうだろう。
どんな行動を取るかと身構えていた時に、幼児並みの罵倒が来るとは誰も思わない。
しかも、あの疫病神ロベリアに向けてである。
勇者達はジト目になった。
『コイツ、とうとう頭逝ったんじゃね?』と。
まさか、ロベリアがこの挑発に乗る筈は……なくは…なかった…!?
「ギサマ、イマナンドイッタ!!!」
「「「乗った!??」」」
ロベリアは地に這いつくばるような低い声でギランと聖姫を睨んだ。
勇者達はバレないよう、小さく声をハモらせた。
「スグニテッカイジロ! ザモナクバゴロズ!!!」
「「「殺させるワケねーだろ!」」」
ギャンギャンと喚き立てる疫病神ロベリアを横目に、勇者達三人は苛立った。
疫病神ロベリアと勇者達は、聖姫から意識を逸らした。
聖姫は周りの意識を自分から逸らすと、剣を垂直に地面に刺した。
「光よ…輝け、照らせ、包み込み、全て焼き尽くせ。あわよくば存在ごと抹消せよ」
その唇から発せられる言葉に反応して、剣が短く何度も光る。
聖姫は剣を抜き、思いっきり地面を蹴ると、ただある所へ飛び込んで行った。
そして、深い深い青髪の青年の背後を取ると、脳天目掛けて剣を振り下ろした。
剣は青年の頭から、勢いよく下半身まで真っ二つに斬り裂く。
血の雨を受けながら聖姫は、またすぐさま青年へまた剣を振り下ろす。
今度は真横へと。綺麗な十字を意識して。
流れるような剣捌きで、見事に青髪の青年を切り裂くと、聖姫は歌うように言葉を紡いだ。
「光溢れる世界に潜めし
聖姫は冷淡な声でそう告げると、ぐっと拳を握り締めた。
「……これは大昔に、この世界の光と闇が交わした契り。助けられた恩を仇で返したのはアンタ達闇。だから、私はこの世界から闇を全て葬る。光に仕える一族の末裔として」
突如、聖姫が輝き出す。そして、聖姫は四つに切り裂かれた青髪の青年の肉体を再生させる。
「…人の父親を乗っ取って、さぞかし愉快だったでしょうね。アンタのせいで、私の周りの人々……少なからず、世界中の人達が苦しんだわ」
青年の首を握り締め、聖姫は鋭い目で青年を睨んだ。
「グ、ヴグェ、ゴ、ガ………」
「
呻く青年を聖姫は苛々とした様子で見下ろした。
「う、浮いてる!?」
魔術師は青年の首を握り締めてる聖姫を見て、思わず驚きの声を上げた。
聖姫の足は地面に触れていなかった。
そう、聖姫は浮いているのだ。普段なら魔力がどうのこうので浮かばないのだが。
「…いや、緊急の時には結構浮いてるぞ…」
「「…………」」
ぼんやりと聖姫を見つめる騎士から呟かれた言葉に、魔術師と勇者は追及しなかった。
一方、聖姫に斬られて再生した青年は、光のない目で聖姫を見つめた。
「オマエハ、イッタイ、ナニヲズルキダ…?」
問いかけられた聖姫は、フッと唇を歪ませた。
「簡単なことよ。アンタと私が融合して、消滅するだけ」
「………!!」
驚きのあまり声が出ないロベリアに、聖姫はニヤリと悪い顔で嗤った。
「なーんて、ね。アンタと一体化するなんてお断りよ。一緒に死ぬけど」
「………ヴ、アァ!?」
とうとう驚きの声を上げたロベリアに、聖姫は綺麗な笑顔で言い放った。
「とっとと死にましょ? これ以上は時間の無駄だわ」
「…ッ」
聖姫は片手を上げ、指を鳴らす。
突如、どこからともなく小さな光の球体が現れた。
小さいと言っても、それは肉眼でやっと見れるサイズだった。
その球体は、短い針のような形状になり、ロベリアの胸をゆっくりと貫いた。
◇◇◇
やがてソレは、徐々にロベリアの体を内側から吸収するかのように、どんどん球体状に膨らんでいく。
「ヴガアアアアァァッッ!!!」
狂い叫ぶロベリアを、聖姫は冷めた目で見つめた。
(今までより、一段と苦しんでいる…死期が近づいたのか)
不思議と、心は落ち着いている。
「 ア" ゥ……ウァァ……!!」
激しく抵抗していたロベリアだったが、聖姫にごっそりと力を削られていたためか、すぐにその抵抗は終わった。
徐々に叫び声も弱々しいものに変わっていった。
「ヴ……ァア……」
「……………」
がくりと動かなくなったロベリアは、球体に包まれて見えなくなった。
荒れ果てた空の下、一際目立つ球体に、聖姫はそっと手を添える。
労るように撫でたら、球体は縮み元の小さいサイズに戻った。
聖姫は勇者達に振り向いて、別れの言葉を告げた。
「またね、大好き」
その言葉を最後に、球体は聖姫を包み込んだ。
ゆっくりと、ゆっくりと。
球体は、空へ飛び立つように消えた。
勇者達は、空を見上げた。
呪われたような赤色の空に、そっと光が差し込んだ。
おどろおどろしいと感じた黒雲も、すっかり純白の雲に様変わりしていた。
荒れ果てた空は、際限なく広がる美しい美しい青い空になった。
昔、四人で見上げた美しい空のままだった。
その眩しさに目を細めれば、空に浮かぶ白い点が見えた。
先程聖姫とロベリアを吸収したあの球体だと、三人は気付いた。
点は、いや球体は、澄み渡る空中に、その光を飛ばしてるように見えた。
光を飛ばすごとに、球体は透けていく。
この光が世界を修復しているのだと、なんとなくそう感じた。
時間が経つにつれ、球体の体積は縮んでいった。
やがて球体は見えなくなった。
空に同化するように消えた。
最後の光は、勇者達がいる場所に落ちた。
勇者達が光の落ちた場所を見れば、そこには小さな芽が顔を出していた。
崩れ落ちた魔王城に芽吹いた新たな命に、勇者達は祈りを捧げた。
この戦いを機にはじまる平穏と、築かれる未来が、末永く続くように。
あのときに言われた別れの言葉を、友達…家族だった少女の姿と思い出を、忘れることはないだろう。
こうして魔王と彼らの戦いは、終わりを告げた。
◇◇◇
闇により崩れかけた世界は、聖姫達の活躍によって救われた。
疫病神ロベリアに乗っ取られた魔王も目を覚まし、結末を聞いて目を伏せた。
それから、すぐに国民を集めて国の復興に力を注いだ。
世界各地で被害に遭われた人々も、復興の兆しが見え活動が活発的になってきた。
まだまだ疫病神ロベリアの爪痕は残ってはいるが、人々は託された平和を築いていった。
残された者達は、これで良かったのかと、未だに思う。
それでも、彼女達は救世主だったのには変わりない。
聖姫達は、偉大なる英雄と、長く長く語り継がれた。
千年経っても、変わらぬ栄光をそのままに。
神々に選ばれ、祝福されし英雄達。
そう、人は呼んだ。
『聖姫ネイリィ・ダーヴェスト、ここに眠る』
魔王城にある巨大な木には、そう書かれていた。
勇者一行は魔王と対峙する! 結魔莉<ユマリ> @misamana
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