聖姫の覚悟
「ガルゥアアアアアアア!!」
疫病神ロベリアは苦しみ、必死にもがく。
けど、聖姫が放った光に拘束され、身動きが出来なかった。
そして、新たに放たれた浄化の光で、ほぼその霧状の体を維持できなくなった。
「「「………ッッ!!」」」
––刹那、黒いモヤが消えたと思ったら。
陰から出てきたのは、一人の青年だった。
◇◇◇
身体中、薄汚れてなければこの世の者とは思えない程の美貌であっただろう。
サファイアの如く、どこまでも深い青色の髪を揺らしながら、その人物は鋭く聖姫を睨みつけた。
「ネィ…リ…、ギ、ザマ…ヨ、グモ…!」
しかしその姿から発せられた声は、とても醜かった。
尚、この青年はあの疫病神ロベリアの真の姿である。
聖姫は疫病神ロベリアを冷めた瞳で見下ろした。
「黙れ。お前に名を呼ばれる筋合いはない」
聖姫が放ったその言葉は、とても冷めたものだった。
彼女の見たこともない姿に、勇者達は困惑した。
彼女は、剣を両手で構え、疫病神ロベリアの胸を突き刺した。
疫病神ロベリアの胸から鮮血が飛び散る。
「「「……ッッ」」」
その光景を見た勇者達は息を呑んだ。
––––今までどの敵に対しても、聖姫は殴るか蹴るかで攻撃していたからだ。
だから、ちゃんとした武器を使って敵に攻撃したことに、勇者達は驚愕した。
「んなっ、ネリがきちんと剣を使って敵を攻撃してるだと!?」
「あ、ありえねぇ…俺達は混乱しまくってとうとう幻覚まで見え始めたのか!?」
「ネリ……!! ここで一つ成長したんだね!! 普通の人間として!!」
なんとも台無しである。今までの雰囲気はどこへ行ったのやら。
驚くところが全く違うが、それでも異様な光景だった。
聖姫は勇者達の様子にイラッとしながら、剣を抜いた。
(……一回コイツらぶち殺していいよな?)
聖姫はそう考えた。アレは殺されてもおかしくないぐらい失礼だから平気だろ、と。
仲間同士で殺し合うのもアレだが、聖姫は溜息を吐くと、目の前の元凶を睨みつける。
「疫病神ロベリア、貴様は魔王––––私の弟の意識を乗っ取り、その体で随分と好き勝手してたらしいな」
目の前の人物に語りかけるように、自分自身に語るように、
「お前は元々人間だったらしいが、病魔に人間としての意識を奪われた。そして、身内を殺した」
語り継がれる内容は、『疫病神ロベリアという存在について』と思わしきものだった。
「皮肉なことに、お前が殺してきた人間は、私とアイツらに関係していた者達だった」
聖姫が発する言葉を聞いて、
「おいまさかそれって………!」
––––その口ぶりは、疫病神ロベリアがずっと、自分達の大切な者達を狙っていたとしか言いようがなかった。
勇者達が呆然としてきる中、
「私の家族を殺した時もそうでしょ? ねぇ–––父さん」
聖姫は、今も尚こちらを睨み続ける疫病神ロベリア–––自分の父親に向かって、一歩一歩と進んでいく。
……否、元・父親である。
「ヤ、ヤメロ……!!」
疫病神ロベリアは出血しながら、自分の娘(元)に怯えたように震えながら
今や見る影もない元・父親の姿に、ネイリィは嘲笑う。
「ハッ、とうとう怖気付いたのか? 『病魔王』ともあろう者が?」
馬鹿にするようなその口調に、疫病神ロベリアの怒りが頂点に達した。
「バ、ガニ、ズルナ…!! ォ、レハホコリタカキカミナノダ…! コノヨノヂョウデンニクンリンズルスベテノオウナノダ…!!」
狂ったように叫ぶロベリアを、聖姫は軽蔑の目で見ていた。
「この世の頂点に君臨する全ての王? 笑わせてくれるな。この世には一人きりの王なんざいる訳ないだろ。ましてや、お前のような魂が穢れているクズに、神々が屈するはずがない。考えればよく分かることだろ」
疫病神ロベリアは、聖姫の態度に、心の底から怒りと憎しみが湧いた。
◇◇◇
ロベリアは、聖姫にバレぬよう何かを小さく呟いた。
(マジでコイツと血が繋がっていたと思うと吐き気がする……昔は、あんなのじゃなかったのに…まぁ、奪われてしまったものは仕方ない)
聖姫は心の中でそう呟き、溜息をついた。
––––が、それが命取りとなる。
違和感を感じ取った聖姫は、咄嗟に鎖骨部分の痣を手で覆った。
しかし、それよりも速く鎖骨部分の痣が黒く光る。
「ヴアアァァァアァァァア!!!!」
いつぞやの疫病神ロベリアの様に、聖姫から獣じみた叫び声が聞こえる。
「「「ネリ!!」」」
苦しむ
「ネリ、頼むから少し待ってて!」
「おいネリ、テメェそんな痣ごときで死ぬなよ! 俺らが助けに来るまで、なんとか耐え抜け!!」
「金品盗みに来た盗賊を拳で殲滅した時みてーに、笑いながら痛みなんざぶっ飛ばせよ!!」
勇者達はそれぞれ言いたいことを言い終えると、魔術師以外は腕をぶんぶんと回す。
「っしゃおららぁ!! クソ神とアホネリ覚悟しとけ!! テメェらが汗水流して作った渾身の結界なんざ、俺達がぶっ壊してやる!」
「俺達以上に脳筋な馬鹿なんざ、他にゃいねぇよ!! 覚悟しろ!!」
そう雄叫びを上げる脳筋二人に、魔術師は苦笑いをした。
「二人とも、ほどほどに、ね!」
魔術師はボロボロになった杖を片手で持つと、口を開いた。
「我、ルイ・デトヴィスタリエの名に応じよ。我が指定する者の、筋力を底上げしろ。
魔術師がそう言葉を発するやいなや、勇者と騎士を光が包み込んだ。
光から出現したのは……
◇◇◇
「っしゃ、一撃お見舞いしてやるぜ!」
「ヘマすんなよロネア!」
「当たり前だ!」
そう会話する
「「……は?」」
その姿は、やはり親子そのものだった。
◇◇◇
「ねぇ
「ナンダ」
「アレって一応勇者と騎士だよね?」
「ソウダナ」
「私の目の前にはどうしてか二人のマッチョが見えるんだけど」
「オレモダ」
「あれぇ………??」
敵同士である筈なのに、驚きすぎてその事をもっぱら忘れた聖姫達は、穏やかに会話を続けた。
疫病神ロベリアは『お前、鎖骨部分の痣が痛んでいたのでは?』と言いたい所だが無視をして、聖姫が口を開くのを待つ。
しかし聖姫が口を開くよりも前に、凄まじい物音が鳴り響く。
––––ドオォォン!!
二人は音がした方へ振り向くと、そこにはガッツポーズをしている勇者達の姿があった。
聖姫は慌てて勇者達の元へ駆け寄った。
「なんで結界が破れてんの!? 身体強化しすぎだ馬鹿野郎!!」
吠える聖姫に、しれっと元の姿に戻った
「身体強化じゃない、
「そういう意味じゃない!! アンタら、どうして結界を破った!? どう見たって危険な事ぐらい分かるだろ!? 死ぬかもしれないんだぞ!! 馬鹿なのか!?」
「馬鹿なのはお前だ、ネリ!! お前を見捨てて生きてられる程、俺達は腐ってねぇんだよ!! 俺は仲間を一切見捨てられないって、お前が一番分かってるだろうが!」
「………!」
続いて、
「ふざけんじゃねえぞ!! テメェ何良い子ぶってんだよ! お前は魔物を拳でぶちのめしてる方がよっぽど似合うわ!! 俺らの心配なんか、一丁前にしてんじゃねぇよ!」
「ネリの馬鹿! 何一人だけで背負うとしてんの!? 僕言ったよね、次一人で背負うとしたら許さないって! 本当にふざけないでよ!! 後、ずっとほったらかしにされてる魔王が可哀想じゃあないか!」
「…………っ、」
三人の言葉に、聖姫は目頭が熱くなった。
そして、同時にやはり死なせたくないなと考えた。
(………いつもはうるさいのに、なんでここぞという時だけ、コイツらはこんなにも、頼もしいんだか。いつもこうだと楽なんだけどなぁ………)
–––自分は心底恵まれている。こんなに自分を想ってくれるなんて、どんなにありがたいのか。
改めて、自分の仲間達が、この居場所が、愛おしく感じた。
(…どうなってもいいから、コイツらだけはせめて報われて欲しい。幸せに生きて欲しい。だから、ここで死なせたくはない)
相手を想っての行動が、その相手を悲しませてしまうのなら、自分は余程の罪を犯してしまった事になるのだろうか。
…いずれにせよ、そんな事はとうの昔に誓ったのだが。
何がなんでも、守るべきモノは守ると。
聖姫は勇者達の方…魔王がいると思われる方向へチラリと視線を送った。
そして、考えた。
(私はここで死んでしまうが、やはりアイツが心配だ……ま、ある程度平気か。私がそこにいないとしても、この世界に、仲間達に、幸せな未来が訪れるというのなら、)
––––そのために、自分が死ねるというのなら。
(……それ以上の、望みは一体どこにあるのだろうか。確かに、コイツらとはもう少しバカやっていたいけど)
そんな事を考えてしまう自分は、どうしようもない人間だと、聖姫は苦笑を零した。
◇◇◇
未だに周囲が沈黙している中、聖姫は想いを馳せていた。
勇者達は明らかに雰囲気が変わった聖姫を、困惑しながら見つめていた。
聖姫は空を見つめていた。蒼く澄み渡った美しい空ではなく、黒く、紅く、ドス黒く成り果ててしまった空へと視線を向けていた。
そして、微笑んでいた。
懐かしむような、寂しがるような、そんな微笑みを浮かべていた。
ちなみに、魔術師が言っていた魔王に関しては触れない方向である。
話を戻すと、聖姫は
第三者からすれば、ただのヤバイ奴なのは間違いないだろう。
そんな事にすら気付かない程、周囲にとっては異常なことだった。
すっかり忘れられてしまった疫病神ロベリアと、絶賛困惑中の勇者達の視線を聖姫はしっかりと受け止めた。
聖母のように、あるいは無邪気に微笑む少女を前に、息を呑む周り。
聖姫はそれをおかしく感じたが、無視をして口を開く。
「…ごめんね、ルイ。約束破っちゃうわ。ロネアとアデスも、ごめんなさい。私、これから死ぬ」
告げられた言葉に、勇者達は絶望した。
「…は? ネリ、お前何言ってんだ?」
「おい、う、嘘だよな?」
「ネリ、冗談、だよね? 僕との約束、破ったらどうなるかもう分かってる、よね?」
最悪の予想が当たってしまうのを恐れる三人に、聖姫は残酷な言葉を紡いだ。
「嘘じゃないわ。私はね、考えたのよ。ずっと、ずっと。どうやったら、世界を救えるのかって。ロベリアを消すなら、私は死んでしまう。初めはそれを恐ろしく感じたけど、今は怖くなんてないわ」
だって、アンタ達のために死ねるもの。
そう言って微笑む少女に、少年達は泣きそうになった。
今の聖姫を見ていると、聖姫を失ってしまいそうで。
止めようとしても、出来なかった。
一度聖姫がこれをやると決めたら、絶対に折れないことは、彼らは知っていた。
例えその道が、過酷だったとしても。
真っ直ぐに突き進むのが、彼女だったから。
一方疫病神ロベリアは、この出来事を全く理解出来なかった。
自分は聖姫にもうすぐ消されそうで、それだけでも充分に屈辱なのだが、オマケに煽られたので、仕返しをしたはずだ。
なのにどうして、目の前でどごぞの青春物語みたいな劇が繰り広げられているのだ?
ロベリアは、本当に混乱していた。
そして、どこからか脳内で何かが聞こえる。
–––大丈夫だ、安心しろ。お前は真っ当な感性だ、ロベリア。
ロベリアの頭の片隅で、そんな声がしたような気がした。
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