聖姫の無茶振り

禍々まがまがしいオーラを放つ不気味な城––––魔王城にて、死闘が繰り広げられていた。

 

年若い少年少女が、狂った魔王の暴走を阻止するべく奮闘している。


長い時間が経ち、いくら攻撃しても自己回復する魔王に、彼らは屈しなかった。


全員、触れた者を焼き尽くさんばかりの業火を感じさせる。


「グゥルアアアアアアアア!!」


もはや言葉すら発せられなくなった魔王は、本能のままに攻撃を繰り出す。



「ゔぐっ!」


少年少女の内、小柄な魔術師の身体を、魔王が放った槍が貫通する。


それを見た聖姫せいきが瞬時に槍を抜き、回復魔法を掛ける。


究極の回復エクストラ・ヒール!」


魔術師の腹部の貫かれた穴を、聖姫が『魔法』で修復する。


「サンキュー、ネリ!」

「ルイはちゃんと周り見てよね!」


ルイと呼ばれた魔術師は、自分を回復してくれた聖姫に感謝する。それに聖姫はきちんと周囲を警戒するよう注意した。


どう見てもピンチな状況下で、その雰囲気に合わない話をする二人に、騎士は声を荒げる。


「お前ら! 闘いの最中に呑気に話すな!」

「「分かってる!!」」


魔術師と聖姫は息ピッタリに反論した。


「分かってねぇだろ!!」


黒髪の騎士は、怒鳴りながら体制を立て直すと、詠唱を言った。


「風よりも速く、嵐よりも力強く! 疾風を駆ける戦士レイズ・フォーガル!」  


魔王の身体から生えている触手を、剣に風を纏わせながら騎士は斬り裂いていく。


魔術師は杖を構え、詠唱を唱える。


「全てのモノの動きを鈍くせよ! 永遠なる淼の輪エクス・ヴォーティリス!」


唱えた瞬間、魔術師がいる場所から中心に、水が波紋のように床に広がり、魔王の動きを鈍らせた。


「ロネア! アイツを真っ二つにして!」


魔術師ルイは、銀髪の青年に向かって叫んだ。


魔術師の声を聞いた青年–––勇者は、大きく頷くと、光り輝く剣を天に向かって掲げた。


「勇者ロネア、これより悪しき魔王を」


正義の女神の願いアストライア・ガラード!」


勇者ロネアの言葉を、聖姫ネリは阻止するように遮った。


聖姫は、動きを止めた魔王に向かって駆け出した。


そして、淡い球体状の光を出したと思ったら………。


「喰らえこの野郎!!」


「おいネリ! 俺の言葉遮るんじゃ……何やってんだオメェ!?」


魔王目掛けてソレをぶん投げた。無論、無抵抗な魔王を光の球体は凄まじい音と共に包み込んだ。


この惨状を創り出した当の本人は勇者をキッと睨み、ののしった。


「このバカ!! 魔王ごと消滅させてどうすんだよ!! 女神に魔王を消滅させろっていつ言われた!?」


聖姫の言葉に勇者は怒鳴り返した。


「それ以外にどうするんだよ!!」


魔王の方は凄い惨状なのに、そちらを無視して勇者と聖姫は口喧嘩をする。


「魔王はただ病魔に意識を乗っ取られただけだっつの!! アイツが本気で世界滅ぼそうとしたら、とっくのとうに魔王ぶっ飛ばしてるわ!!」


「だからそれを早く言えっていつも言ってるだろ!!」


「言ってもアンタが聴かないからでしょうが!! 魔王は消滅させるなって一昨日言ったろうが!!」


言い合っている聖姫と勇者を見て、騎士と魔術師は呆れた顔をした。


「…はあ。まーたいつもの始まった」


「おいお前ら、こんな時にまで口喧嘩すな!」


騎士が注意しても二人は口喧嘩を止めない。むしろヒートアップしている。


そこで、聖姫は口を閉じた。魔王に異変が起きたからだ。


「三人とも、後ろに下がって!!」


いつになく厳しい聖姫の声に、勇者達三人は、素早く後方に下がった。


魔王から、黒いモヤが現れた。それは、聖姫が言っていた『病魔』だった。


「やっと正体現したな、疫病神ロベリア!」


聖姫の言葉に、勇者達は青褪める。


「ろ、ロベリア……? あの、伝説の?」


「魔王が暴走したのって……」


「ネリ…ロベリアは君の……」


三者三様の反応を示す勇者達に、聖姫は痺れを切らした。


「アンタら青褪めて泣き言喚く暇あったらとっとと黙って良い子にしてろ!! 死にたくなければ!!」


聖姫は何かを呟き、どこからか剣を出した。


それは、勇者の持つ剣よりも神々しく、美しかった。


「スギライト! 深く輝く紫色の光よ、疫病神ロベリアの不潔を消化せよ!」


聖姫は空高く剣を上に掲げ、大声で叫んだ。


その声に反応するかのように、聖姫の胸元にある宝石が強く光を放った。


紫色の光が、閃光のように伸びてゆく。やがて光は、黒いモヤ…否、疫病神ロベリアに巻き付く。


「グルヴァァァ…」


そこでやっと、疫病神ロベリアは呻き声を漏らした。


低く、地を這いつくばる者のような恐ろしい声に、勇者達の顔が歪む。




–––彼女は、こんな化け物を相手にして、怯えることなく勇敢に立ち向かっている。


たった十三歳の年若い少女が、全てを救うために、世界を救うために、ひいては–––自分達のために。



魔術師は、聖姫が成そうとすることに気付き、再び青褪めた。


「ネリ! やめるんだそんな危険なことは!! !!」


魔術師は必死に叫ぶが、聖姫はそれを無視して剣を構え直す。


「ヘマタイト! 全てを包み込むその漆黒の煌めきで、我が同胞を守護せよ!」


また聖姫が先程と同じように構え、言うと聖姫の耳飾りの宝石部分が黒く光り、やがて黒き蝶となって勇者達の周りを優雅に舞う。



◇◇◇



「おいルイ、ネリは何をやろうとしてるんだ!?」


黒髪の騎士は魔術師を問い詰めようと、魔術師の胸倉を掴んだ。


「……多分、元凶である病魔、もとい疫病神ロベリアの魂……即ち、存在ごと浄化させるつもりだと思う」


魔術師は苦虫を噛み潰したような顔をして深刻に告げた。


騎士と勇者は声を荒げた。


「はぁ!? あいつまた懲りずに自分が犠牲になろうとしてんのかよ!?」


「おいそれって、ネリが死ぬんじゃねぇか!?」


勇者の言葉に、魔術師は深く頷いた。


「恐らく。病魔とは言え一応アレは神だ。最上位の存在を浄化するには己の魂を消耗する。そして、厄介な病魔の中でも最大級の強さを併せ持つ疫病神ロベリアが相手だから、ネリでも『魔力』だけじゃ封印がギリギリだ」


「『魔力』で封印がギリギリって、どんだけ化け物なんだよ……ん? 待てよ、『魔力』だけじゃギリ封印しか出来ないんだよな?」


「そうだね。でも、魂を消耗すれば存在ごと消せる」


「魂を消耗って、それをしてしまえば生きることはほぼ不可能ってことじゃねえかよ!」


勇者と魔術師の問答に、騎士は慌てる。


「なんとかしてネリを止めるすべはないのか!?」


「無理だ。ネリの結界が僕らを囲んでいる。ほら、周りに黒い蝶が円状に舞ってるでしょ? それ以上、僕達は動けないも同然さ」


魔術師は深い溜息をついた。そして、鋭く目を吊り上げた。


「ネリは……自分の命が危ういことを覚悟してるんだ。その上で、あのような手段を取った。けど…僕は…」


拳を握り、魔術師は怒りに震えた。


「怒ってるんだ!!」


魔術師の言葉に、騎士と勇者は同意した。


「そりゃあ、俺達もさ。あいつだけ良いところ奪わせてたまるかよ!」


「絶対止めないとな!!」


二人の頼もしい言葉を聞き、魔術師は嬉しそうに笑った。



◇◇◇



一方聖姫は、疫病神ロベリアを睨みつけ、舌打ちをした。


(アイツらを結界で守ったのはいい。けど、問題はコイツだ……)


結界の方で魔術師達がキャンキャン吠えているが今は無視しよう。


聖姫はそう考えた。もうアイツらのことを考えることはない。


今から自分は死にゆくのだから。


(正直、死ぬのは流石に抵抗が『あった』が、私の命と世界を天秤にかけたら世界の方を優先すべきことだ。何より、アイツらを悲しませたロベリアを絶対に許さない!)


そう考えたら、自然と口端が上がっていく。


「死ぬのなんて百も承知よ。アンタを消すために、私はから」


聖姫はポツリポツリと呟く。今、拘束され苦しそうにもがく全ての元凶を見つめて。


「さぁ、時は満ちた。もうアンタはおしまい。一番憎い存在に嘲笑われながら死んでいくの。これ以上ない、とっても屈辱的な死に方でしょ?」


聖姫––––金髪に翠の瞳を持った美しき使徒は、、嗤いながら言った。


「もうお前の愚行はそこまでだ! ネイリィ・ダーヴェストが、女神パパラチアからの命を受け脅迫に従い疫病神ロベリアを浄化するお前を殺してやる!!」


聖姫ことネイリィは、力強く言い放って、剣を天にかざした。


「セレスタイト! 美しき雨のような薄青で、疫病神ロベリアの憎しみを包み込み浄化せよ!!」

 

ネイリィの剣に装飾されている石が、雫のような薄青の光を放ち、ロベリアを包み込む。


「アメジスト、スモーキークォーツ! 神秘たる力を秘めた宝石と、妖しく光り輝く黒よ、悲劇の魔王達に不屈の精神と希望を授けよ!」


そして、またもやネイリィ聖姫が唱えると、聖姫の指先から、紫と黒の光が、交じり合い、魔王を優しく労わるように包み込む。


「ガーネット! 紅に秘めた豊かな生命力を、我が愛おしい世界に注ぎたまえ!」


再び聖姫が唱えると、彼女のドレスに装飾されている色とりどりの石が強く光り、紅い閃光となって空高く天に向かって伸びた。


聖姫が唱える度に現れる光が体に巻き付き、疫病神ロベリアを徐々に蝕んでゆく。


「ダイオプサイド、トパーズ! 深く鮮やかな深緑と、金色こんじきに照らされ光る黄金よ、この世界を導き、そして繁栄をもたらせ!」


聖姫の腰にある飾りから、深緑の光と黄色の光が天に伸びていき、紅き閃光と交じってゆく。



◇◇◇



魔術師達は、結界から脱出しようと、模索した。


しかし、一向に結界から出られる気配がない。


「クソッ! どうなってやがる!!」


勇者は思わず吠えた。いくら攻撃しようと、結界はビクとももしなかったからだ。


「あいつ、神宝しんぎょくを使いやがった!」


騎士はことに気付くと、「チッ!」と吐き捨てた。



◇◇◇



魔術師達は呆然としていた。


今目の前で繰り広げられている光景が、信じられないからだ。


聖姫が言葉を発する度に増えてゆく光、そして、光が増えていく度に苦しそうな顔をする聖姫。


全てが全て、信じられないような出来事だった。


そして、少女の死を目の当たりにする。

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