終
……風邪薬を大量に飲んで死のうとした。
どうしてこうなっちゃったんだろう。
湯島先生とは、進路の相談を何度もしているうちに、いつの間にか『そういう仲』になった。
「千紗が卒業したら、うちに来るといい。自然がいっぱいで良い所だよ」
勝手にわたしの将来を語る先生に、わたしは怖くてなにも言えなくなる。
コイビト……じゃない。絶対、キスされると、おぞましくて、気持ち悪くて、死にたくなるくらい惨めになった。
カッちゃん。助けて、カッちゃん……。
保健の先生に相談したら信じてもらえなかった。
気持ち悪いものを見る目でわたしを見て、友達にも相談することが怖くなった。
母さんに相談したら、バカにさるだけでおしまいになる。
カッちゃんには頼れない。
いやだいやだ、助けて、助けて。
母さんに見つかって、台所でいっぱい吐かされた。
訳を訊かれても、怖くて何も言えない。答えることができない。
そのまま学校に行けなくなって、だんだん食べることも寝ることも、起き上がることもできなくなって、わたしは、今、芋虫みたいにベッドの上でボーとしている。
次に目を覚ました時、カッちゃんが目の前にいればいいのに。
『千紗を見つけてくれたら伝えてくれないかしら。いい加減素直になりなさい。どーせ、私の言う通りになるんだから』
遠くで母さんの声が聞こえた。
『あなたみたいな判断力のない、流されっぱなしの甘ったれが自立なんて出来るわけないでしょうが。周りにどう思われても、克弥くんとくっついちゃえば良かったのよ』
高校受験をする時に、母さんに言われた言葉だ。
そうだ。わたしはずっと流されてきた。母さんに、カッちゃんに、キモイと言ったクラスメイトに、そして湯島先生に。
坂道を転がるように、自分から最悪の事態に転がり落ちてしまった。
『安心しなさい。克弥くんは少ないヒントでも、絶対あなたを見つけてくれる。あれだけ不信感を煽ったんだもの、きっと食いついてくれるわ。二度もあなたの危機を救った克弥くんは、あなたの一生を守る忠実な王子様になる。私は今からあなたを監禁して狂った母親を演じるわ。刑務所に入るかもしれないけど、あなたのためだから……。なにがあったのか分からないけど、克弥くんがずっとあなたを守ってくれるわ。ぜーんぶ泥をかぶってあげるから、もう彼を二度と離さないで――』
そうか、そうだったんだ。
お母さん、ありがとう。わたしはカッちゃんが。
「千紗、千紗、かわいそうに」
わたしを呼びかける優しい声に意識が浮上する。
目の前にいたのは。見つけてくれたのは。
「千紗、もう大丈夫だよ」
「……っ」
なんで、湯島先生が。
「あ」
ドアの前で母さんが頭から血を流して倒れていた。
なんで、どうして。
混乱するわたしに湯島先生が笑う。
「君の幼馴染が教えてくれたんだよ。話を聞けば、以前も君を虐待していたみたいじゃないか。まったく、悪い母親だね。だから、おしおきをしたんだよ」
上機嫌に語る湯島先生に、目の前がくらくらした。
頭の中が真っ白になって、わたしの中からサラサラとなナニかが零れ落ちていく。
まさか、こんなことになるなんて。
「もう君を離さない。一生大切にするからね」
いやだ。
これは夢なんだ。悪い夢だ。
「そうそう、もうすぐ警察と救急車が来るよ。全部、僕にまかせてくれ」
もう、なにも聞こえない。分からない。
カッちゃんは、絶対助けに来る。それまでわたしは、サナギのように眠りにつこう。
「愛してるよ」
タスケテ。
【了】
お蛹馴染(おさななじみ) たってぃ/増森海晶 @taxtutexi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます