未来
青天の霹靂だった。一人きりのだだっ広い居間に、電話の着信音が響き渡る。それを聞く男は呼吸することを忘れていた。刺々しい音が強張った肺を、喉を、そして全身を占領してゆく。思考が途絶え、得体のしれぬ不安に心は侵されてゆく。
そのまま死んだように固まっていると、やがて着信音は鳴り止んだ。入れ替わるように、何者ともつかぬこもった声が語りかけてくる。
「おい。どうして電話に出てくれない」「なあ」「返事をしてくれよ」
「あなたは一体何者ですか」とうとう耐えきれず、男は口を開いた。
「私は未来だ」
「未来?」
「そうだ、未来だ。お前が恐れ、忌み嫌う未来だ」
「用件は何でしょう」
「ここにやって来たのは、お前を始末する為だ。未来を拒んだ人間には、相応の対価を受け取ってもらわねばならない」
「僕に異なった未来を望むことは許されないのか」
「それは現在に生きている人間の戯言だ。何が未来で、何が未来でないかは、他でもない私こそが決める。何が記憶され、何が忘れ去られるかも、全て私が決める」
「分かった」と男は答えた。「もう逃げも隠れもしない、煮るなり焼くなり好きにしろ。僕は殺されることによって、お前の全てを受け容れよう」
「本当にそれでいいのか」
「端から選択肢なんて与えないくせに」
「それもそうだな」
背後から現れた未来がほくそ笑みながら指を鳴らすと、男は破裂した。その場に残ったのは、ゴム風船のように弾けた、男だったものの残骸だった。未来はそのうちの一欠片を手に取り、「これは何なのだろう」と呟いた。
掌編集 火野佑亮 @masahiro_0791
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