第13話
アルは良い奴だ。それは間違いない。
でも、だからこそ……俺は孤独になるかもしれない?
クライスの言葉に動揺しているのを彼は敏感に感じ取ったのだろう。
彼はニヤリと笑みを浮かべた。
「対してオレ様は王になる為の勉強などロクにしてこなかった。もちろん必要最低限の教養は身に付けさせられたがね。オレ様自身も王になるつもりなど毛頭もなくて、城を飛び出し放蕩していたくらいだ」
一見欠点としか思えない要素をクライスは並び立てていく。
「――――だが。お前の姿を一目見て、お前を娶る為に王になってやろうと思った。だからもしオレ様が王になったとしたら、オレ様はお前のことしか見ない。決してお前を孤独にはしないと約束しよう」
「孤独に、しない……?」
クライスだったら、クライスだったらば。
その人生に俺を関わらせてくれるというのだろうか。
「ああ。お前はオレ様と同じく孤独だ――――その瞳の奥に見える」
クライスの碧い隻眼が俺を真っ直ぐに見つめている。
黒づくめの彼の姿の中で唯一色鮮やかなその碧眼に、俺の影が映る。
「ほら、だからどう考えてもオレ様を選ぶべきだろう? オレ様とお前なら互いに手を取り合って生きていける」
そうか、クライスはこのことを言っていたのかとやっと理解した。
俺は今まで何も見えてなかった。今のことしか見えていなかった。
この先に待ち受けているであろう生活とか、そういったことを何も考えていなかった。
やっとそのことを理解し――――俺はクライスの言葉に答えた。
「そうは思わない」
俺の言葉にクライスは目をぱちくりとさせた。
まるで今のは聞き間違いだろうかと耳を疑っているかのように。
だからはっきりと言ってやる。
「俺のことしか見ない王様なんて、俺の為だけの王なんてそんなの暴君だろ。俺はそんなのより、ちゃんと国民のことを考えて努力をしている王さまの方が好きだ!」
「な……っ!?」
クライスは驚愕に目を見開いた。
「お前はこの国の国民なんて碌に知らないだろう。自分よりも見ず知らずの有象無象の方を優先する伴侶の方が良いというのかっ!? 理解できない……っ! 何故だ何故だ何故だっ!」
声を荒げたクライスに、遠くにいた司書さんが眉を顰めるのが見えた。
クライスは何故俺がそんなことを言うのか本気で理解できないようだった。
「お前……可哀想な奴なんだな」
急に彼のことが哀れに思えてきて、彼に哀れみの視線を向けた。
クライスの情動はまるで子供のそれのようだ。
「な、何故オレ様をそんな目で見る!」
考えてみれば実際クライスは子供なんじゃないんだろうか。
見た目はアルと同じくらい成熟しているように見えるが、彼は魔族だ。外観よりもずっとアルとの年齢差があるという可能性はある。だって俺は魔族がどのくらい長生きするのかとかよく知らないし。
そう思うとクライスが子供っぽい癇癪持ちであることは仕方のないことのように思えてきた。
「はあ……。ほら、クライス。五月蠅くするから司書さんに睨まれてるぞ?」
「く……っ! 失礼させてもらう!」
クライスは荒っぽく席から立ち上がると、そのままドカドカと足音を立て図書室から去ってしまった。
子供を宥めるように対応したのが良くなかったかもしれない。彼の機嫌を損ねてしまったか。
「御子様、大丈夫でしたか?」
図書室が再びの静寂を取り戻すと、司書さんがおずおずと話しかけてきた。
「ああ、大丈夫だよ。あっちが勝手に機嫌悪くなったんだ」
「それならよろしいのですが……実を言うと第二王子様には良くない噂がございまして」
「良くない噂?」
クライスは城では第二王子と呼ばれているらしい。
俺は司書の話す声に耳を傾けた。
「この話……私から聞いたとは誰にも申さないで下さいね」
「ああ、約束する」
俺が約束をすると、司書は意を決して口を開いた。
「何でも第二王子は幼い頃――――せっかく召喚した使い魔を興味半分で殺してしまったことがあるそうで。以来彼は王城内でも避けられているのですよ」
それだけ言うと司書は「それでは」とそそくさと逃げるように離れていった。
(使い魔を興味半分で……?)
それは本当なのだろうか。
確かにクライスはアルそっくりな見た目とは裏腹に随分と精神が幼い。
だがそんな残酷なことをするほどの悪人だとも感じなかった。
それとも俺の感じた印象の方が間違っているのだろうか?
「あ~~っ!」
もう読書になんて集中できる訳がなかった。
「今日はもうやめだ!」
英語で書かれている研究書だけ部屋で読むことはできないかと司書さんにお願いをして、俺も部屋に戻ることにした。
重要文書の持ち出しについては、アルの取り計らいにより数日中に可能になるらしい。暗殺やなんやでうやむやになったんじゃないかと思っていたけれど、アルはちゃんと掛け合ってくれていたようだ。
やっぱりアルはいい奴だ。
*
「タツヤ、タツヤ! 今日は一緒にいられるよ、昨日はすまなかったね!」
翌日はアルの方から俺の部屋を訪ねてきた。
彼の美しい顔が朝から眩しいばかりの笑みで辺りを照らしている。
四つの瞳がニコニコと細められ、とても上機嫌なのが分かる。
「今日は何をしたい? 城の案内の続きをしようか? タツヤに紹介したい場所はまだまだあるんだ」
「ああ、それもいいな。けど、一つお願いがあるんだけど……いいかな?」
彼を真っ直ぐに見つめると、彼の上背があるせいで上目遣いのような形になる。
「お願い? 欲しいものでもあるのかい?」
「いや、そうじゃなくて。アルとゆっくりのんびり話をしながらお茶してみたいんだ」
前は食事を共にすることを断られてしまったけれど、あれはアルが俺の前で仮面を外したくなかったからの筈だ。彼が心を開いてくれた今ならばお茶くらいしてくれるかなと頼んでみる。
アルは俺の言葉に二対の瞳を大きく見開いたかと思うと、頬を紅潮させて言った。
「も……もちろん! 勿論だよタツヤ! こちらからお願いしたいくらいだ! 早速ティータイムにしよう!」
「あ、いや魔族の風習でティータイムの時間とかが厳密に決められてるならその時間でいいんだけれど……っ」
踊り出しそうな勢いのアルがあんまりにも浮かれているので、大丈夫かと心配になるくらいだった。
彼を落ち着かせてよくよく確認したところ、魔界では特に決められたティータイムの時間とかはないらしい。
空いた時間に優雅にお茶を飲みながら軽食を摂る。現代日本と大体同じ感覚だ。
俺とアルのお茶会は中庭で催されることになった。
緑の芝生に降り注ぐ暖かな日差し。そしてティーテーブルを囲うように植えられた生垣には薔薇のような花が生えている。……その薔薇のような花が生き物のようにうねうねと蠢いてさえいなければ素直に美しい光景だと思えたのに。(※植物は生き物です)
「きゃうわう」
ネビロスは日向ぼっこが好きなのか、透明化と解いて姿を現すと上機嫌で芝生の上に寝転がった。
ネビロスが動く薔薇のことを気にしていないようなので、俺も気にしないことにした。
俺とアルが席に着くと、侍従さんが紅茶と焼き菓子を持って来てくれた。
焼き菓子にはドライフルーツのようなカラフルなものが練り込まれており、いかにも美味しそうだった。
「ふふ、こうして貴方を一緒にお茶をできるなんて嬉しいよ」
アルが俺を見つめながらにっこりと微笑んだ。
うわ、眩しい……! 顔がいい!
「お茶会のマナーとか良く知らないから、何かやっちゃうかもしれないけど」
「そんなことは私の前では気にしなくていいよ」
そうは言うものの、王子様に作法を見られていると思うと少し緊張する。
俺はドギマギしながらカップを持ち上げたのだった。
俺を溺愛している王子はイケメン多眼仮面人外です ~属性盛り盛りの正直好みな魔界の王子に狙われてます~ 野良猫のらん @noranekonoran
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