ダークネスワイトの渇望

澄岡京樹

ダークネスワイトの渇望

ダークネスワイトの渇望


 魔王ヘルベルト。最強の闇魔法『暗黒壮絶撃バーニング・ギガレイン』を使い世界を闇のズンドコ……ではなくどん底に突き落とした究極の魔王。世界はヘルベルトに支配されていた。


 そんな彼には暗黒四天王ダーク・クインテットというやはりとても強い部下たちがいるのだが、その中でも特に強い武人がいた。その名はダークネスワイト。漆黒のオーラを纏い、骨のみで構成された闇の戦士である。

 その昏き双眸から感情は窺い知れず、そして冷酷無比なる作戦と攻撃によって人々から恐れられていた。その強さは、ヘルベルトをして「我の後継はダークネスワイトであろう」と言わしめるほどであった。


 で、そんなダークネスワイトをねぎらうべくヘルベルトは暗黒四天王と『漆黒忘年会』を開催しようとしていた。漆黒忘年会はヘルベルト主催の恒例行事で、費用は全てヘルベルト持ちという中々の太っ腹企画であった。他人の出してくれたお金で喰らう魔獣の肉は旨いと魔界では専らの評判であるが、そのお金を出してくれた相手があの魔王ヘルベルトとなれば格別というもの。ゴブリン小隊の戦士長は「というか誉高すぎて食べてる間味しないかもしんねぇ」と感激というか最早畏怖の念で言葉が震えていたほどだ。


 そして、今回の漆黒忘年会は更に特別仕様。ダークネスワイトが騎士団の居城『エクスカリバー城』を魔界不動産と協力して手中に収めたことを祝う会でもあった。ダークネスワイト、お前はすごい。敵味方問わず多くの者がダークネスワイトを称賛していた。騎士団は騎士団で転居先の住居(最高のオーシャンビュー)を提供されたのでわりとご満悦なのだ。


 それだけではない。ヘルベルトに支配された世界に福利厚生を導入したのもダークネスワイト、貨幣制度の見直しを提唱したのもダークネスワイト、とにかくダークネスワイトは世界をヘルベルトのみならず皆にとって住みやすい世界に変えていったのだ。その手腕が恐ろしいという、なんというかそういうニュアンスだった。


 そのような功績が積もりに積もったことによる今回の忘年会。ヘルベルトは四天王のみんなと相談してあることの実行を決定した。


 ——ダークネスワイトにサプライズプレゼントをあげよう!


 というわけで魔王城『ダークリスタル』最上階の『魔王の座』に、ヘルベルトはダークネスワイトを召喚した。……そう、さりげなくほしい物がないか訊くために!


「問うぞ、ダークネスワイトよ。汝の趣向を」

 厳かな口調でヘルベルトは訊ねた。カジュアルに言い換えると「なんか趣味とかある?」とかそんな感じである。


 ダークネスワイトはそれに恭しく頭を垂れ、

「は——その、肉の蒐集が、我が娯楽にて」

「ほう、これはまた、邪悪な」

 あらゆる生命の肉を集めているのだろうか? などとヘルベルトは部下の暗黒戦士ぶりに感心しきりであった。が。


「いえその……正確には私が人間であった頃の肉を探しておりまして……もっともこの姿になったのは幾百年も古のこと。見つかるはずもないのですが……」


「ふむ……人であった頃の姿に憧憬を感じたか?」

 そのようなこともあろう……などと器のデカさをアピールするヘルベルト。だが、


「いや骨だけだと寒くて……」


「あ、あぁ。なるほどな……」


 欠落を埋めたがっていた理由が思ったより庶民的だったので、魔族的にはズッコケそうになった。



 そんなこんなで漆黒忘年会当日。今年の幹事を頼まれていた獄炎竜騎士ヘルファイアはダークネスワイトへのプレゼントが入った『宵闇の紙袋』を携え、魔王城下町前駅の入り口付近で他の者たちの到着を待っていた。今宵の宴は駅前アーケード街の暗黒闘技場を貸し切って行うのだ。参加者はヘルベルトとその四天王、あと回覧板で募集を募った際、参加に丸を付けた市民の皆さんである。


「…………」

 ヘルファイアは困り果てていた。皆から称賛される『獄炎の鎧』も心なしか普段より炎の勢いが小さく見えなくもない。だが無理もない、ヘルファイアが持っているプレゼント、それは肉ではないのだから。


「あったかいセーター……本当にこれでダークネスワイトの欠落が埋まるというのか?」


 ヘルファイアは正直言って自信がなかった。氷結要塞マジツ・メタイ攻略作戦の時も彼はかなり精神的に追い詰められていたがそれでも己の作戦への自信だけは揺るがなかった。だが今回はなんとも言えない「これでいいのだろうか」感に苛まれていたのだ。


 だがそれはヘルファイアだけではなかった。四天王随一のバトルマニアである鉄拳覇王メタリオンでさえ「オレが用意した『手にジャストフィットする手袋』……アイツ喜んでくれるかな……」などと普段の豪快さは何処へやらであったし、四天王の紅一点、雷撃奏者カデンは「一緒に温泉旅行とか行ったら、私で欠落なんて忘れてくれるかも……」などと乙女回路全開で旅行のペアチケットを購入していたし、何より魔王ヘルベルトに至っては「我が、我があやつの懊悩の種なのではないか? 我は……あやつに何をしてやれる……?」などと何も用意できないまま「こうなればせめて、この世界を一刻も早くあやつに譲るしかないか——」と決意を固めるほどであった。


 ……ダークネスワイトは、少なくとも今はかつての肉体を取り戻すことはできなかった。ただ、己の欠落はそれ以外の概念でも埋めることができるのだな、とプレゼントを貰いながら思ったのだった。


ダークネスワイトの渇望、了。

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ダークネスワイトの渇望 澄岡京樹 @TapiokanotC

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