史実と真相のはざま――三妖妃の履歴 ※猟奇的表現あり
「そういえば」
さて源吾郎がおのれの血統、白銀御前やその異父姉の玉面公主に思いを馳せていると、何かを思い出したかのように王鳳来が声をあげた。
「玉藻御前の姉様はわたしたちといっしょにいておもしろおかしくやっていたけれど、子供運にはめぐまれなかったって今でも思うの。最初にできた子供たちは皆殺しにされてるし、あとの子供たちもきちんと育てられなかったでしょ?」
確かにそうかもしれない。源吾郎は王鳳来の指摘にひっそりと同意した。
文献では、蘇妲己として活躍していた頃の玉藻御前には、四十匹弱の子孫がいたらしい。しかし彼らは金毛九尾の眷属である事が知られ、ねぐらを焼かれて皆殺しにされた挙句、毛皮で無事だったところをファーコートにされるという始末である。
ずっと後に誕生した玉面公主と白銀御前は今も健在であるが、彼女らは玉藻御前の手許から離れ、それぞれ思い思いに生きている。大伯母の玉面公主はおのれの生家を繁栄させる事に腐心していたようだが、白銀御前はその真逆、むしろおのれの血を残さずにひっそりと生きようと思っていたようだ。さもなくば、平安時代に生まれた老齢の妖怪であるのに、祖父に出会うまで子供どころか結婚経験もないというのは不自然だ。
もっとも、今こうして源吾郎がここにいるわけであるから、当初の思惑はさておき白銀御前の血脈も続いているという事であり、今後はさらに繫栄するという事になるだろう。
源吾郎はそれから、白銀御前がそもそも結婚した事のきっかけや、封神演義にあった三妖妃たちの行状などに思いを馳せていた。
――ああ、実に因果な話だ。思い出した事を頭の中で整理して比較していた源吾郎は、そう思わずにはいられなかった。
「あれ、源吾郎君、いまさっきなにか言ったかな?」
「ひっ、えっ……」
どうやら自分の思っていた事は、独り言として音声になっていたらしい。しかしそれに他ならぬ王鳳来が喰いついてきた。彼女は濃い
驚いた源吾郎は周囲にさっと視線を走らせたが、すぐに観念して今一度王鳳来に向き直った。源吾郎の独り言を聞き取ったのが王鳳来だけだったのかは解らない。だが彼女の問いかけにより、源吾郎が次に何を言うのか、皆が興味を持っているのは明白だった。
「いえその……玉藻御前様の曾孫で白銀御前様の孫である僕が申し上げるのもアレなのですが……」
前置きをへどもどしながら告げ、一呼吸おいてから源吾郎はおのれの考えを述べた。
「玉藻御前様がかつて蘇妲己と名乗って行っていた行状と、後の子供たちとの関係ですとか、僕の祖母の境遇を思うと、どうにも因果が巡っていると思った次第なのですね。
記録では曾祖母は妊婦の胎内にいる子供の性別とか頭の向きを言い当て、紂王にそれを確認させるよう仕向けたと言います。そうして無闇に子供の生命を奪ったから、自分が苦労して得た子供を手許で育てられなかったり、育てたとしても若いうちに仲違いされたりしたのではないかと思ったのですね。
それに僕の祖母を付け狙い、仔を生ませて道具にしようと画策した輩もいたそうですから。その辺りが、何とも……」
王鳳来の熱烈な視線に気づいた源吾郎は、最後まで言い切らずに言葉を濁した。考えてみれば、王鳳来も蘇妲己の傍にいたわけである。暗に王鳳来をも糾弾している事になるのではないかと不安になってしまったのだ。
「興味深い考えね、島崎君」
源吾郎の主張にまず応じたのは、王鳳来ではなくあるじの紅藤であった。陰惨な話を聞いた直後であるにもかかわらず、その表情に陰りはない。
「確かに玉藻御前様と、ご息女の一人である白銀御前様がそれぞれ自分の子供の事で困ったのは事実ね。けれど、その事とかつての玉藻御前様……蘇妲己様の行状が因果関係として繋がると断定するのは難しいかもしれないわよ?
あのお方は単に『私は胎児の向きと性別が判ります』と仰っただけで、実際に解剖してチェックするという行動に踏み込む事を判断なさったのは、紂王様なのですから」
そうですよね、王鳳来様? 紅藤がそっと尋ねると、王鳳来はこだわりを見せずに頷いていた。
「全くもって紅藤様の仰る通りだと僕も思いますねぇ」
普段以上にねっとりとした口調で同調するのは、一番弟子の萩尾丸だった。
「農夫の足を割って骨髄を調べたのも、胎児の向きと性別をわざわざチェックしたのも、全部紂王が蘇妲己様の言を信じなかったからに過ぎないではありませんか。そりゃあまぁ、蘇妲己様がそれを仕向けたという点では非はあのお方にもあるだろうけれど、主犯はあくまでも紂王であると僕は思いますがね。
まぁつまるところ、紂王はとんでもない間抜けな馬鹿だったという事に過ぎません。蘇妲己様を筆頭とした三妖妃の方々だって、わざわざ忠実な臣下や皇后の言葉を無視してゴリ押しして、宮殿に迎え入れたのですから。
そこまで首ったけになった三妖妃の、不思議な能力に気付けないのはまぁ良いとして、愛しているはずの妃の言葉を信じずに『嘘かもしれないからチェックしーよう』なんて思って民の生命を奪うなんて行為に手を染めるのは、相当な大馬鹿野郎でなければできなかったと思いますよ……そうですよね、王鳳来様?」
ウインクでもしそうな勢いでもって萩尾丸は王鳳来の尊顔を眺めている。昏君と呼ばれた紂王を堂々と大馬鹿と言い放つその態度に、サカイ先輩も雪九郎もたじろいでいた。源吾郎も心をかき乱されたのは言うまでもない。
ところが当の王鳳来は、萩尾丸の言葉に驚かず気を悪くする素振りも見せず、ニコニコしながら首を揺らした。
「そうよねぇ……わたしは紂王様は莫迦だって思っていなかったけれど、姉様ふたりはかげで莫迦にしていたわ。
なにせ紂王様は、わたしたちのお師匠だった女媧様をカノジョにしたいとか、そんなハレンチなポエムを作ってラクガキしたお方だもの」
「ハレンチポエム落書きの件は、僕も存じております」
源吾郎はまだ平常心とは言い難かったが、やはりよく馴染みのある話を耳にしたという事で口をはさんだ。
「確かそのポエムを女媧様が発見し、思い上がった紂王の命運を縮めるべく、あなた方三妖妃が派遣された――そういう事ですよね?」
三妖妃と紂王がどのようにして関わる事になったか。おのれの来歴を知るべく封神演義を読み込んでいた源吾郎はむろんその内容も把握していた。
女媧はハレンチポエムに激昂し、それゆえに三妖妃に任務を下した。しかし女媧自身は高位の女神なので、部下たちの暗躍がバレるとマズいため、敗走し助けを求める三妖妃らを御自ら捕獲し、姜子牙らに引き渡したという――源吾郎が知っている三妖妃の来歴は以下の通りである。改めて確認するまでもない程に、有名な事であると源吾郎は思っていた。
「ううん。確かにわたしたちは女媧様のもとで修行していたけれど、島崎君の話はほんとうの事とはちょっとちがうわね」
ところが、当事者である王鳳来は軽く首を振って源吾郎の知っている通説を否定した。何が違うのだろうか。驚きに瞠目しつつ、彼は静かに王鳳来の言葉を待った。
「たしかに、紂王様が女媧様の社にハレンチポエムをラクガキしたのはほんとうの事よ。だけど女媧様はその事を知っても、そんなに怒らなかったのよ。あのお方に仕えていためしつかいたちはオロオロしていたけどね。
『べつにアホがアホな事を書くのは自然の摂理だし、ほうっておいても二十八年で命運がつきるから、気にするまでもない』とかなんとかいって、みんなをなだめていたのよ」
「それでは、何故……」
源吾郎の問いかけに、王鳳来はいたずらを思いついた童女のような笑みを返した。
「だけどね、お姉様たちは『アホポエムで女媧様を侮辱した紂王を命運より早く破滅させたら自分たちの株も上がるだろう』とおかんがえになって、それで、わたしたちの考えで、紂王様に取り入ったの……結局、わたしたちは命運をちぢめる事はできなかったし、女媧様からも破門されちゃったけどね」
「そういう事、だったんですね」
驚き通しだった源吾郎だったが、王鳳来の語る話こそが真実なのだろうと思い始めていた。神々にも様々な権能や序列があるが、女媧はその中でもかなり高位の女神である。そんな彼女が、王とはいえ単なる人間の言動に腹を立てるとは思いにくい。
それに何より玉藻御前も胡喜媚もそれぞれ野心家だったり享楽を愛していたという。偉大なる、しかし超然とした女媧の許での修行に飽き飽きして、一人の人間を堕落させて命運を縮めるという遊びに手を染めたというのもありそうな話だ。
それにそうなると、封神演義の終盤で登場した女媧の、部下である三妖妃への苛烈な仕打ちも合点がいく訳であるし。
王鳳来はあれこれと三妖妃の事について話してくれた。
そのうちで特に興味を引いたのが、曾祖母たる玉藻御前の出来の真相である。
玉藻御前は世界の陰気が凝り固まって九尾となった存在であるという通説があるが、それもやはり真っ赤な嘘らしい。元々は高貴な血統の胡喜媚の義姉に見合うようにと玉藻御前自身が自称していただけに過ぎなかった。しかし時代が下り、この説を巷の妖怪たち、特に妖狐たちが積極的に採用するようになったのだそうだ。
と言うのも、単なる妖狐が成長して玉藻御前になったというよりも、陰気が凝り固まって玉藻御前になったという説を採用したほうが、妖狐らも風評被害に晒されずに済むと判断したからだった。
それは裏を返せば、玉藻御前の悪名と影響力が、真面目でマトモな妖狐らの中で大きかったという動かぬ証拠と言えるだろう。
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