同じ系譜、異なる境遇
さて現状の空気を打破しようと源吾郎のはとこである
王鳳来などに至っては、既にノリノリと言った様子で雪九郎と源吾郎を見比べている。
「良いよ雪九郎! 雪九郎も源吾郎君もおんなじ玉藻御前のお姉様の血を引いたなかまなんだから、ここで二人ともなかよくなってほしいな」
何とも愛らしい王鳳来のお願いに雪九郎は笑っていた。源吾郎も笑おうとしたが、やはり先程までの緊張が尾を引いているためか、不格好な笑みになってしまった。
頬や耳の先が火照り、赤血球たちが轟音を立てながら血管の中を駆け巡っているのを源吾郎は感じた。そもそも自分は優れた容貌を持つわけではないのだから、様になる言動を取らないとダサいままなのだ。まぁ要するに、初対面の妖怪、それも自分と同じ玉藻御前の末裔を前に照れて顔を赤らめるなどという行為はダサいという事になる。
「……緊張しちゃったかな、源吾郎君」
柔らかな声音で呼びかけられ、源吾郎は顔を上げる。雪九郎は組んだ手の上に顎を乗せ、わざわざ源吾郎と目線が合うように身をかがめていた。やはり玉藻御前と玉面公主の血を引いているだけあってその面は美しい。しかしやはり大陸の出身という事もあり、面立ちはアジア系ながらも若干エキゾチックな感じがした。
「色々と物騒な話が続いちゃったもんね。まだ若いし、怖くなってしまうのも仕方ない事だと思うよ。僕だって、ちょっとどうなるのかなってドキドキしちゃったし」
「あ、はい……確かにちょっと怖かったですね」
半ばどぎまぎしながら雪九郎の言葉に源吾郎は応じた。源吾郎がおずおずと言葉を返すと、雪九郎は笑みを深め、同意するかのように頷いてくれた。
――ああ、はとこの雪九郎兄様って優しそうなお方だな……
憧れの先輩を見つめるかのような眼差しをはとこに向ける中、源吾郎は内心そんな事を思っていた。おのれの知る身内、要するに白銀御前の子供や孫である叔父叔母や兄たちとも大分違っているとも感じていた。源吾郎自身は、別に母方の叔父叔母や兄らに疎まれたり、粗略に扱われた事は一切ない。むしろ彼らは彼らなりのやり方で源吾郎を愛してくれた。だがそれでも、親族としての雪九郎の態度は源吾郎には少し新鮮だった。
ただ単に、どちらもあって間がないからはとこ同士と言えども他人行儀な感じになっているだけかもしれないが。
「故郷から遠く離れた場所にも親戚がいるって、ちょっと驚くけれど本当に嬉しいな。何というか、心強くなる感じがするんだ」
「僕も親族と言えば祖母の系譜だけだと思っていたので、正直な所驚きました。祖母とはまだ数えるほどしかあった事もありませんし、玉面公主様と祖母が姉妹だという事も、少し前に母から聞いたばかりでして……」
言いながら、源吾郎は少し不安が募り始めていた。血統の事についてこの雪九郎に馬鹿にされるのではないか。それが源吾郎の不安である。
祖父と父が人間である事、妖狐の血が四分の一まで薄まっている事は、源吾郎の本性を知っている者たちは周知の事実だ。萩尾丸の部下たちの中には、源吾郎が人間の血を引いていると言ってからかう手合いもいたが、それは彼にとっては問題ではなかった。玉藻御前の直系の曾孫であると言えば、彼らは大人しく閉口するためだ。純血であっても普通の凡狐の血統よりも、人間の血が混ざっていても玉藻御前に連なる血統の方が貴い。この不文律めいた考えが、源吾郎をいわれなき中傷から護ってくれていた。
しかしこの不文律は眼前にいる雪九郎には通用しないだろう。雪九郎もまた、玉藻御前の血を受け継ぐ存在だからである。ついでに言えば雪九郎は人間の血を受け継いでおらず、その上牛魔王という大妖怪中の大妖怪をも祖父に持つのだから。一方の源吾郎は、祖父こそ名うての術者だったとはいえ、血の濃い父親に関して言えば全くの一般人である。玉藻御前の血統を頼りにしてはいるものの、突発的な先祖返りによって曾祖母に似ただけに過ぎない事は、兄姉たちを見れば明らかな話だ。
源吾郎はおずおずと様子を窺っていた。王鳳来も雪九郎も何も言わないが、向こうは既にこちらが人間の血も多分に受け継いでいる事は把握しているだろう。そしてそれを指摘されても甘んじて受け入れるしかないのだ。
奇妙な話だが、人間の血が入っている事をここまで厭わしく、そして恥ずかしく思った事はこれまでに無かった。
「源吾郎君」
「は、はいっ……」
大陸訛りのある声で呼びかけられ、源吾郎は慌てて応じる。やはり声音は上ずり、間が抜けたような感じになってしまった。
雪九郎は相変わらず笑っている。それがどういう意味を持つのかと、ついつい源吾郎は考えてしまった。
「君は相当育ちが良さそうに思えるんだけれど、どうかな?」
雪九郎の言葉に源吾郎は目を剝いた。お坊ちゃま育ちだとか、育ちが良さそうと言われる事には慣れているつもりだった。しかしまさか玉藻御前の末裔、それもそうそうたる血統に連なる雪九郎からそんな事を言われるとは思ってもいなかったのだ。しかも兄弟子の萩尾丸と異なり、その言葉には含みも厭味も無かった。だからこそ、源吾郎の抱く戸惑いも膨れ上がっていた。
「ふふっ。少し馴れ馴れしくしてしまってすまないね。いくら親族、はとことはいえあんまり詮索するのは野暮だったかな。気を悪くしたなら答えなくても大丈夫だよ」
「そんな、滅相もございません!」
丁寧に謝罪する雪九郎に対して、源吾郎は半ば食い気味に切り返す。
「玉藻御前様の曾孫で、尚且つ孫悟空の義兄である牛魔王様の血筋でもあらせられる雪九郎お兄様に較べましたら、僕は単に玉藻御前様の血を引くだけの存在に過ぎません」
源吾郎はここで言葉を切り、一度深々と深呼吸をした。言うべき事は既に決まっているが、心の準備が必要だった。
「それにお気づきかと思うのですが、僕は人間の血も引いているのです。祖父はまだ地元では有名な術者だったそうですが、父は全くの一般人でして、学者として論文を書く事でどうにか糊口をしのいでいるような存在に過ぎないのです。僕自身は性質も能力も母方の先祖に似ており父に似た所は少ないのですが、容姿だけは完全に父の生き写しなのです。ですから誠に――」
「それでもさ、君はご両親から大切にされて育ってきたんじゃあないかな?」
源吾郎はまだ話の最中だったが、雪九郎はその源吾郎の言葉を遮る形で問いかけてきた。思いがけぬ言葉に源吾郎が呆然としている間に、雪九郎は言葉を続ける。
「源吾郎君、君はお父様が人間である事を気にしているようだけど、その割にはお父様の事を説明するとき、とても楽しそうだったよ」
「…………」
すっと目を細める雪九郎の瞳の奥に、何か複雑な光を感じ取った気がした。その光が何であるか戸惑った源吾郎だったが、それでも雪九郎の言葉に素直に頷いた。
源吾郎は父に似た冴えない容姿の事を気にしてはいたが、父親の事そのものは疎んではいなかった。学者として頑張っている事を知っていたし、一般人と言いつつも半妖を妻にした上で異形の血を引く子供らを受け入れる度量の深さは、成程普通の一般人とはいいがたいのかもしれない。
「確かに僕は、両親から、特に父親に可愛がられて育ちましたね。僕は末っ子で父には他にも子供がいたのですが、一番僕の事を気にかけていたみたいなのです。歳を取ってからできた子供だからなのか、見た目だけでも自分に一番似ていたからなのか、その理由は解りませんがね」
源吾郎の身に流れる妖狐の血と野心に注目し警戒していた母や叔父たちとは異なり、父の幸四郎は末息子である源吾郎に結構甘かった。父も多忙ゆえに母や兄姉ほどの頻度で源吾郎に構う事は無かったが、それでも休みの日とかは遊びに付き合ってくれたし、少し甘えれば小銭とかちょっとしたおもちゃとかおやつの類を買ってくれるような優しさを源吾郎に見せてくれた。
(余談だが、小銭の類は貰うとすぐに源吾郎は兄姉らに見せびらかしてしまうので、長兄や長姉に没収されてしまうのだが)
幸四郎自体は子煩悩な良き父親であり、もちろん他の子供らの事も愛していた。しかしそれでも、他の兄姉らに接するときに較べて父は優しく、末っ子たる源吾郎のワガママを聞いてくれたのだった。
ちなみに、他の家庭では父母が末っ子をひいきする事で兄姉らがひがんだり末っ子を攻撃するという悲劇が発生しがちだが、源吾郎はそういうケースに悩まされる事は無かった。年長の兄姉はむしろ源吾郎の保護者に近い立ち位置だったし、誠二郎や庄三郎もそこそこ歳が離れていたので、幼い末弟が甘やかされているのを黙認していたためである。
ともあれ、源吾郎は父親に大切にされていたのは事実であるし、源吾郎自身も父親とは何だかんだと言いつつも良好な関係を築いていたと言えるだろう。
「お父さんに大切にされているって、本当に良い事だと思うよ」
雪九郎が静かな声で呟いた。相変わらず笑みを浮かべているが、何処か物憂げな笑みだった。
「僕の母は第一夫人で実力も血統も申し分なかったんだけど、父との間には中々子供が出来なかったんだ……結婚後百何年も経ってから、第一夫人の長男として僕は生まれたんだけど、その頃には父の関心は第二夫人や第三夫人の方に向けられていて、義母たちの間にも既に子供らが大勢いる形だったんだ。しかも、異母兄たちは祖父の牛魔王様に似て牛らしい頑健さが出ているのに、弟の僕は祖母に似て狐の特徴が強いからね……お祖母様は可愛がってくれたけれど、やっぱり父の黒孩童子は祖父に似た異母兄らを優遇するし……あ、でも心配しないで。異母兄らにいびられたとか、そういう事は特になかったかな。一応第一夫人の息子だしね。ただまぁ、父も母たちも兄弟たちも近い所に住んでいたから、ちょっと肩身が狭く感じていたんだ。そんな折に丁度いい塩梅に王鳳来様と知り合って、以来行動を共にしているって感じかな」
ごめんね、湿っぽい話で困るよね。雪九郎は丁寧な言葉で話を締めくくった。思いがけぬ雪九郎の来歴と境遇を聞いて、思わず真顔になってしまった源吾郎であった。
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