小雀の集いの中に玉座あり

 紅藤の一番弟子である萩尾丸は、研究センターの主力メンバーの一人である。そしてその一方で、彼は対外的に活動する組織を率いる長でもあった。

 くだんの組織の活動は、四方八方に多芸な長らしく多岐にわたっていた。雉鶏精一派の主力製品や新規開発品のルートセールスや繁忙期の補助員と言ったごく普通(?)の業種が多いと思って油断してはいけない。中には敵対勢力への攻撃や悪徳術者へのガサ入れなどと言ったも仕事の一環なのだから。まさに企業戦士の言葉に偽りなしと言うものである。

 普通なのか物騒なのか判然としないこの集団は、大まかに分けて四つのグループが存在するらしい。萩尾丸は丁寧に各グループに名をつけており、下位グループから順に「小雀」「荒鷲」「翁鳥」「金翅鳥」なのだそうだ。構成員の七割は「小雀」と「荒鷲」の下位グループで構成され、残りの二割強が「翁鳥」に、そしてトップクラスの実力を持つ数名のみが「金翅鳥」に所属しているとのこと。敵妖怪や外道術者に対する攻撃任務は基本的に上位グループが出向く事になっているが、頭数をそろえる際は下位グループも駆り出される事もあり、やはり油断は禁物である。

 ちなみに萩尾丸自身は最上位グループの「金翅鳥」に所属し、トップの座を護っているという。そのあたりに彼らしさが滲み出ていた。


「グループ名が全て鳥の名前で統一されているって言う所に、萩尾丸先輩のセンスが感じられますねぇ」


 上階に戻った源吾郎は、対戦相手となる妖怪の説明を行っていた紅藤に対して呟いた。結局のところ萩尾丸の配下の妖怪の一匹と対戦する事になるわけであるが、物のついでという事で、萩尾丸が構成している組織について紅藤は解説してくれたのだ。

 ちなみにグループ名を鳥の名で統一しているものの、萩尾丸自身は鳥妖怪ではない。彼は人間由来の大天狗であり、源吾郎と同じく哺乳類に分類される妖怪である。


「それもそうかもねぇ……『松竹梅』じゃあありきたりだとあの子も思ったのかもしれないわ。金翅鳥は別だけど、後の三つはゴルフにちなんでいるみたいだし」

「ゴルフだったんですね」


 源吾郎は呟き、視線をさまよわせた。彼自身はゴルフをやった事は無いので詳細は知らない。長兄が読んでいたマンガにゴルフものがあった事、次兄が職場のゴルフサークルに勧誘された事をぼんやりと思い出しただけだった。


「萩尾丸先輩は大天狗だけあって慧眼の持ち主という事ですが、どんな妖怪を僕の対戦相手に相応しいと見出してくださるのでしょうか」

「それは会ってのお楽しみってものよ」


 紅藤は笑ってごまかしただけだった。源吾郎は明るく無邪気に笑い返していた。萩尾丸先輩はどんな妖怪を俺の許に連れてきてくださるのだろう……遠足の日を心待ちにする幼子のような無邪気さでもって、源吾郎はまだ見ぬ対戦相手に思いを巡らせていた。さすがに「金翅鳥」や「翁鳥」に所属する妖怪ではないだろうが、少なくとも「荒鷲」とかに所属する、腕の立ちそうなやつだろうな。何せ俺自身は既に中級妖怪の四尾なのだし。


 

 戦闘訓練への打診が行われてから休日を挟んで三日後。とうとう戦闘訓練の時がやって来た。会場は地下の訓練室ではなく工場と研究センターの中間に位置する庭の一角だったのだが、源吾郎がのたりのたりとやって来た時には、既にスタンバイが整いかけていた。

 会場の、あからさまに気合の入ったスタンバイぶりに源吾郎は一瞬面食らった。会場は今なお青々としたイネ科植物たちが生い茂る場所なのだが、視力検査のマークよろしくパイプ椅子が並べられ、その一つ一つにはとうに妖怪たちが行儀よく着席していた。目測で五、六十匹程度であろうか。研究センターの面々も勿論いるのだが、それ以外は九割がた初めて見る顔ぶれだった。彼らこそが萩尾丸の部下たちなのだろう。おおむね人型を保っているが、座席の間から尻尾をはみ出させたり手許や足元から毛皮が顔をのぞかせていたりと、本来の姿がところどころ露になっている。見た目や匂いや妖気を察するに、集まっているのは年若い妖狐や化け狸がほとんどであり、その中に猫又や鼬妖怪などが混ざっているらしい。

 源吾郎自身は観衆の大半を占める獣妖怪の少年少女にはさほど関心を向けなかった。初めて見る顔であるし、彼らから感じ取る妖気も、あれだけの数が集まっているから濃密に感じただけに過ぎない。源吾郎と互角になりうる妖気の持ち主はいないどころか、下級妖怪かそれよりも弱い弱小妖怪ばかりだった。

 それよりも気になる相手の方に視線を向けた源吾郎の耳には、ざわめきのように彼らの声が入り込んできた。


「見ろよ、あいつが雉仙女様の弟子だって」

「確か本物の玉藻御前の末裔なんだよな……地味じゃね? オレの方がよっぽど玉藻御前の末裔っぽくね? 金髪の美少年だし」

「自分で美少年とかよう言うわ。しかも元々はキツネ色だったのに脱色して金毛にしただけやろ」

「せやせや。しかもあんた、玉藻御前の末裔やって名乗り出て、DNA鑑定されて国産のホンドギツネだって正体暴かれたって言ってたやん。で、めっちゃ凹んでたやん」

「……玉藻御前の子孫と言えば、ちょっとおっかない術者の男がいたよなぁ。ニヒルでイケメンだけど、触ると火傷しそうな奴で」

「え、玉藻御前の子孫で術者って女の子じゃなかったっけ。ほっそりした、いかにも清楚な美少女でさ」

「どっちもいるのよ。あの二人は兄妹なんですって。元々はニコイチで活動してたみたいだけど、方向性の違いとかで分裂したみたい」


 さざ波のような妖怪たちの呟きが不意にやんだ。源吾郎が注視していた、明らかに玉座にしか見えない部分のすぐ傍で、一人の妖怪が立ち上がり源吾郎の許に歩み寄ったためだ。


「ごきげんよう、島崎君」


 気取った様子で話しかけてきたその妖怪は、言うまでもなく萩尾丸だった。今日も今日とて仕立ての良いスーツに身を包み、寸分も隙のない様子でそこにいる。スーツの襟元にまるいバッジが留められているのを源吾郎は見た。切手よりも小さなそのバッジの表面に、金色の翼を拡げる大きな鳥の紋章が精緻に刻み込まれていた。


「みんな集まっているからびっくりしてしまったかい?」


 いえ……首を振らずに源吾郎は応じた。妖怪たちが集まっているというプレッシャーは彼の中には無かった。源吾郎の眼には、パイプ椅子に腰を下ろし互いに寄り集まって源吾郎を表する連中は、有象無象の雑魚妖怪としか映らなかった。彼らが、萩尾丸に仕える妖怪たちだという事実を差し引いても。


「初めての戦闘訓練という事だから、今の君の実力に見合う相手を『小雀』から選び出していたら、他のメンバーも見学したいって言いだしてね……丁度いい機会だから連れてきたんだ」


 気軽な調子で語る萩尾丸の言葉に源吾郎はわずかな違和感を抱いた。しかし相手はそれを言及させる暇を与えはしなかった。彼は芝居がかった様子で首を捻り手を伸ばし、源吾郎に注目すべき場所を示した。


「僕の部下たちはさておき、今日は君の闘いぶりを見るために、わざわざ本部から頭目の胡琉安様と第一幹部の峰白様もお見えになってるんだ。ささ、挨拶をするんだよ」


 萩尾丸に指摘されずとも、源吾郎は胡琉安と峰白が来ている事には気付いていた。母親に譲りの胡琉安の妖気には覚えがあったし、何より胡琉安だけはパイプ椅子ではなく、玉座としか言いようがない豪奢な椅子に腰かけていた為だ。センター長にして雉鶏精一派最強の紅藤も、胡琉安の一番の腹心で義理の伯母にあたる峰白でさえパイプ椅子に着席しているというのに。

 ともあれ源吾郎は胡琉安の対面に進み出てその場に跪いた。以前の幹部会議の時と異なり、影武者ではなく本物のようだ。


「おはようございます、胡琉安閣下。本日はお日柄もよく……」


 跪いた源吾郎は拱手の形を取り口上を述べた。拱手の形を知っているのは、無論紅藤から教えてもらったためである。紅藤は日本出身の妖怪であるが、大陸の文化や慣習にも(現代中国と多少異なるとはいえ)精通していた。それはとりもなおさず彼女が大陸式の妖怪仙人に憧れているためであろう。

 顔を上げると胡琉安と目が合った。母である紅藤よりもくっきりとした目鼻立ちの彼は、黒紫の瞳をわずかに見張り、そして困ったような笑みを口許に浮かべた。


「そんなにかしこまって挨拶をしなくとも構わないぞ。九尾の若君よ、わが弟よ」


 源吾郎も顔を上げたまま目を見開いた。ややフランクな頭目の言葉に源吾郎は感激しぶるぶると震えてさえもいた。「九尾の若君」は、まぁ玉藻御前の子孫である事を指すための言葉であろう。それよりも胡琉安に「弟」と呼ばれた事の方が、源吾郎の中では大事だった。

 源吾郎の驚きと戸惑いに気付いた胡琉安は、柔らかな笑みでもって彼を見下ろす。


「私はそなたの事を弟と思いたくてな。わが祖母とそなたの曾祖母は姉妹としての友誼を結んでいたと聞くし、今のそなたは、わが母紅藤の許で稽古に励んでいるという事だから。私には兄と呼べる存在はいるが、弟には恵まれなかった故……如何かな? もしそなたが不快に思うのならば謝るが」

「そんな……滅相もございません、お兄様」


 源吾郎は今一度拱手の形を取り、深々と頭を垂れた。


「胡琉安様ほどのお方に弟として見做していただくとは、これ以上の栄誉がありましょうか……胡琉安様。私の事は好きなように考えてください。弟と思ってくださるならばあなた様の事は兄として敬い、甥と見做してくださるのであれば叔父として慕いましょう」


 源吾郎の言葉に胡琉安は満足げにほほ笑んでいた。玉藻御前の末裔、それも最も妖力のある者がこうして平伏し耳触りの良い言葉を放った事に喜んでいるのか、唐突な弟にする発言を素直に喜んでいるのか、その心中は謎である。少なくともパイプ椅子に座る若手の妖怪たちのみならず、源吾郎も胡琉安の真意がつかめたわけではない。

 ただ源吾郎自身が把握しているのは、先程のおのれの言葉には、胡琉安におもねるニュアンスは殆どないという事くらいだ。観衆たる妖怪たちは、早くも源吾郎が胡琉安に狐らしく媚びたと思ってひそひそやり始めている。しかし源吾郎自身はそういう意図で言い放ったわけではない。日頃より兄や叔父の事を兄上・叔父上と呼び恭しく接する源吾郎にしてみれば、割と素に近い発言だった。元演劇部ゆえにお芝居っぽさにブーストがかかっているかもしれない点は否めないが。


「ありがとうわが弟よ……本部では幹部たちの目があるからそなたの事を大っぴらに弟と呼ぶ事は難しいかもしれないが、そなたの事はいついかなる時も弟だと思っている。

 だからこそ、わが母の教えを受け、兄たちと切磋琢磨して欲しい。そなたはおのれの野望のために強くなる事を望んでいるようだが、私もそなたが強くなる事を望んでいる。そうすれば、いずれは……」


 胡琉安は思わせぶりに言葉を切り、深く息を吐いただけだった。遠い目をする彼を見た源吾郎は、この時初めてという事を意識した。何故そう思ったのかは上手く言葉にはできない。しかしみみっちい言葉や理屈を凌駕する何かが、「血のつながり」なのだろう。


「ともかく、今日のそなたの動きを期待しているぞ。もしかしたら兄たちに何か言われているかもしれないが、それでも私はそなたの味方だ」

「……ありがたき幸せにございます」

「わ、私も島崎君の事は応援してるよ、姉弟子として!」


 胡琉安と源吾郎のやり取りはここで一旦締めくくられた。ローブを来た女性に化身したサカイ先輩がおのれの心のままにやり取りに介入し、ついでローブの間から触手をうねらせているが誰もツッコミは入れない。それはあるいは観衆たちの忖度かもしれない。

 研究センターの面々は、センター長を筆頭に空気を読まないか読めないメンバーで構成されている。とはいえ空気を読めなかったからと言って彼らは凹む事は無い。そもそも彼ら彼女らはおのれの欲求(研究を進める事とか)で頭がいっぱいで、他の面々がどう思っているのかという事などそもそも問題視していない。世の中は妙に上手く回るものである。

 さて源吾郎は軽く礼をして立ち上がると、今度は峰白に視線を向けた。彼女は前に会った時とは異なり、ロングのワンピースに薄水色のカーディガンを羽織った、まことにカジュアルで婦人らしい装いであった。胡琉安を挟んで向こう側に座る紅藤も、カーディガンの色味と模様が違うだけで、ほとんど似た装いである。いわゆる姉妹コーデと呼んで遜色ないだろう。

 源吾郎はぎこちない動作で拱手した。おかしな話であるが、源吾郎は胡琉安と相対した時よりも緊張し、どぎまぎしていた。前に見た隙のないかっちりとした衣装と異なり、今のカジュアルな衣装は露出こそ少ないものの、彼女の肉体がむっちりと健康的である事を示していたのだ。峰白の華やかで明瞭な美貌も相まって、今の彼女からは強烈な「女性性」が放たれているように感じ、戸惑っていたのだ。お年頃である源吾郎は確かに異性に対して大きな関心を抱いている。しかしだからと言って師範の義姉であるメス雉の妖怪に色目を使うほど愚かでもない。いくら妖怪が異種族婚の融通が利くと言っても、鳥類と哺乳類のカップルでは繁殖はほぼ不可能だ。それに――それに源吾郎は峰白がただ美貌を持つだけの存在ではない事をよく心得ていたのだ。


「お、お久しぶりです峰白様……」


 我らがマッドサイエンティスト・紅藤が義姉と慕い敬う峰白に対する源吾郎の挨拶は、実に簡素なものだった。緊張し、ついで奇妙な感情が渦巻き合いぶつかり合うものだから、しろどもどろに話す事しかできなかったのだ。

 峰白は黄褐色の瞳で源吾郎を睥睨し、にこりとほほ笑んだ。脅威たり得ぬものに対する冷ややかな笑みだった事は看破してしまったが、それでも源吾郎は安堵した。


「あらあら、随分と緊張しているみたいじゃない。やっぱり初めてだから?」

「は、は、は……まぁそんな所ですね」


 心中には楽しみも喜びも無かったが、開いた源吾郎の唇からは笑い声が虚しくすり抜けていった。


「ま、今回のあなたの活躍には私も期待しているわ。なんせ、可愛い可愛い義妹が、かれこれ三百年近く熱望してようやっと手に入れた、金毛九尾の末裔なんですからね。今回の試合で、敵となる妖怪をぶち殺す感覚と快感を覚えると良いわ」

「は、はい……」


 なかば反射的に返事をしてから、源吾郎は周囲の空気が一変した事に気付いた。練習試合で相手の妖怪をぶち殺す。考えなしに源吾郎は、この超ド級の爆弾発言を肯定するかの如く頷いてしまったのだ。

 その時にはもう観衆たる弱小妖怪たちは騒ぎ始めていた。視線と妖気が源吾郎に向けられ、また口さがなく声高に話し始めているではないか。

 話が違うじゃないか……そのような想いを込めつつ源吾郎は峰白を見やった。いつの間にか峰白さえも非難する内容までもが飛び交うヤジを聞きつつも、彼女は涼しい顔で笑っている。ああ、彼女は空気を読まない存在なのだろう。というか胡喜媚様の存在に傾倒しすぎて、それ以外の事は些事にしか見えない手合いだし。


「おのれの正義を貫くために、邪魔になる存在は害される前にぶち殺す。これこそが淑女のたしなみですわ」


 峰白の物言いは、不思議と上流貴族か高貴な姫君のようだった。内容の物騒さと物言いの優美さが互いに際立ち、絶妙な不気味さを伴っている。ツッコミも忘れ、喜悦を示す峰白の顔を源吾郎は見つめていた。


「峰白殿。わが弟は淑女ではなくて紳士ではないかね」

「あらそうでしたわ胡琉安様。私とした事がうっかり間違えてしまったかしら……だけど、淑女のルールが紳士にも適用されるから問題ないわね」


 胡琉安の謎の指摘を受けながらも、峰白は何も問題はないと安心した様子でいる。いやいや紳士淑女の問題以前に大問題を抱えているじゃあないか。源吾郎は決意を固め、峰白を正面からしっかと見つめた。峰白に、師範の義姉にして胡琉安の伯母にあたる彼女に進言するのは正直恐ろしい。しかし源吾郎は、彼女の言に矛盾がある事に気付いてしまった。


「峰白様! 峰白様は以前、自分は平和主義者で無駄な争いは好まないとおっしゃっておりませんでしたか? その、先程の、淑女と紳士のたしなみとやらは、先程の平和主義とは相反する考えと思うのですが、そこはいかがお考えなのでしょうか?」


 源吾郎のとつとつとした問いが終わる頃には、弱小妖怪のざわめく様子も聞こえなくなっていた。固唾を飲んで様子を見ているのか、意識を峰白に集中しすぎているだけなのか源吾郎には解らない。

 峰白は左手を口許にあてて、ふっとほほ笑んだ。先程の笑みとは何となく違う、感心したがために思わずこぼれた笑みのようだ。


「狐って頭が良くて口が良く回るって萩尾丸から聞いていたけれど。私が筋の通っていない考えをしているとでも思っているのね……

 だけど私が平和主義なのは本当よ。大衆が胡琉安様と私たちに平伏してくれる光景こそが、私の望む平和に違いないわ。ええ、その平和を護る為には、胡琉安様を害そうとする画策する輩はさっさとこの世から退場させているわ。

 それに争いって言うのはこちらがデメリットを被ったり傷ついたりする可能性があるでしょ? 私は争いにも勝負にも興味は無いの。潰すと決めた相手は必ず叩き潰したいから」


 源吾郎はそう暑くない天候なのに額や背中に冷たい汗が走るのを感じた。峰白はかつて「争いを好まぬ平和主義」であると称し、今しがた「敵はぶち殺せ」と言い放った。普通に考えれば両者は相反する思想である。しかし峰白は、この二つの思想を矛盾なく自分の胸の中に抱え込んでいる事がこの度判明した。ついでに言えば彼女が聡明で弁論術に長けている事にも気付いたが、そんな事はやはり些末な内容である。特筆すべきはそこではない。紅藤とは全く別のベクトルのヤバさを彼女が抱えている。その事こそが重要だった。


「そう言えば……萩尾丸。今回闘ってもらう妖怪はあんたの部下って事だけど、別に死んだり腕の一、二本がもげても問題ないでしょ?」


 峰白の物騒な問いかけに、萩尾丸は眉一つ動かさず頷いた。この兄弟子は「天狗になる」所がままあるだけの存在かと思ったが、そっち方面のヤバささえ内包しているらしい。さすがは紅藤が一番弟子に据えた男だ。


「大丈夫ですよ峰白様。一応僕の組織に所属する面々には、誓約書を書かせています。そこで死亡・損傷時の対応について、皆には了承してもらっているので……」

「それなら安心ね。あなたなら大丈夫だと思っていたけれど。ええ、伊達に義妹の一番弟子をやっていないわね」

「お褒めに預かり光栄です」


 恭しく慣れた様子で頭を下げた萩尾丸は、頭を上げた時には源吾郎の顔をちらと見ていた。


「さて島崎君。そろそろ君の対戦相手を紹介するよ――準備は良いね、野柴珠彦君」


 萩尾丸の呼びかけに呼応し、パイプ椅子の集団の中でかすかな音を立てながら、野柴珠彦なる妖怪が立ち上がったようだった。


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