第166話 いつでも、触れてくれていいんですからね?
「その……送って頂いて本当にありがとうございます」
「ふん、さっさと行きたまえ。春華を待たせないようにな」
目的地に到着すると、時宗さんは俺を降ろして早々に去って行った。
あの人の娘ラブ度から考えれば、これから春華がデートだなんて実際は心中が乱れまくっているだろうが……それを表に出さないのは、それだけ俺を信用してくれているからだと思いたい。
(それにしても……この場所か)
俺は周囲を見渡して感慨に耽った。
都心部から離れた場所にあるこの臨海公園は――未来の春華と訪れたあの場所に他ならなかったからだ。
今回のお目当てはこの公園自体ではなく、園内に存在する大規模な水族館だ。
俺がリサーチした候補の中から春華が選んで決めたのだが……未来で行ったこの場所に『今』もまた訪れるというのは、何だか妙な感じだった。
「あ! こっちです心一郎君! こっちでーすっ!」
声の方角に振り返ると、そこには天使がいた。
(か、可愛い……!)
何度となく春華の私服姿を見ている俺だが、今回もまたその愛らしさに魅了されてしまった。
ベージュのフリル付ブラウスは彼女の清楚な雰囲気を引き立てており、胸元で揺れるリボンも愛らしく、淡いブルーのスカートがフワリと揺れる様は男心をくすぐる。
腕に下げた薄桃色のショルダーバッグや、服の色と合わせた白色系のパンプスなどもよく似合っており、まさにお嬢様という印象を与える華やかかつ上品なコーデだった。
(こんなに可愛い子が今は俺の彼女なんだよな……俺の、彼女……)
「? どうしたんですか心一郎君? なんだかぽやーっとしてますけど」
「あ、いや……春華があんまり可愛くてびっくりしてた……」
「ふぇ!? も、もう! 今日はただでさえ興奮気味なのに、これ以上私の胸をドキドキさせないでください!」
春華は照れながら可愛く文句を言ったが、本気で天使としか良いようがないのだがら仕方ない。
代わり映えのないシャツと綿パン姿で来た俺が恥ずかしいくらいだ。
「けど早かったな春華。まだ約束の二十分前だけど……」
「その……デートで待ち合わせなんて、初めての体験だったので……なるべく早く来て心一郎君の事を考えながら待っていようかなって……」
「ふぉぅ……!」
そんなとんでもなく可愛い事を、春華は照れ笑いを浮かべながら口にした。
あまりの破壊力に、思わず変な呻き声が出てしまう。
「本当に初めての事なので至らない事もあるかもしれませんけど……今日はよろしくお願いしますね!」
「あ、ああ! 俺も初めてだからお互い様だけど……こっちこそよろしくな」
まるで中学生同士のカップルのように、俺達は初めてのデートという状況を前にあまりにも初々しく緊張して赤面していた。
お互いの家にすら行った事があるのにおかしな話かもしれないが、それでもお互いに想いを確かめあって共に過ごす休日は、やはり特別なものなのだ。
「それじゃ……行くか」
「はいっ! 行きましょうか!」
そうして俺達は連れ立って歩き出した。
俺達の新しい関係において重要な意味を持つ、大切な一日のスタートを。
■■■
「わぁ! 見てください心一郎君! このお魚さん達とってもカラフルです!」
愛らしいミニマムな熱帯魚だけが入っている水槽を見て、春華は素直な気持ちで喜んでいた。
(良かった……楽しんでくれているみたいだな)
この水族館は人気のデートスポットだけあり、展示もかなり大がかりであり工夫を凝らしてあるのがよくわかる。
なので多くの人が楽しめるスポットなのだが、春華のはしゃぎっぷりは予想以上だった。
「おお、ペンギンまでいるのか……まあ海の生き物って言えばそうだもんな」
「あ、本当です! わ、わぁ、よちよち歩いてるのがとっても可愛いです!」
ペンギンは確かに愛らしかったが、ガラスに両手をくっつけて興奮気味に魅入る春華こそ可愛いが過ぎた。
すでに館内では沢山の生き物を見てきたが……そのたびにこうやって目を輝かせては夢中になってくれるのだから、見ているこっちも心が温かくなる。
「お、こっちは全周囲ビューの部屋とやらがあるらしいな。行ってみるか」
「ええ、どんどん行きましょう! まだまだ見てない所ばかりですから!」
俺の言葉に春華が上機嫌で応える。
その天真爛漫な笑顔が向けられるたびに、俺の笑みもまた自然と深まる。
「あの、ところで心一郎君……まさか今朝にお父様と会ったりしてないですよね? デートの事を話したら、『じゃあ私が迎えに行ってやるか。話したい事もあるしな』なんて冗談を言ってたのを思いだして……」
「ああ、会ったぞ。というか車で俺の家まで迎えに来てくれていて、この場所まで送ってもらったんだ」
「え、ええええええ!? ま、まさか本当に……! な、何か失礼な事を言われたりされませんでしたか!?」
どうやら春華は知らなかった事らしく、相当に驚いていた。
まあ確かに、あの人が娘のデート相手である俺を迎えに行くなんて冗談にしか聞こえなかっただろうが……。
「いや、全然。むしろ俺の事を認めてくれて、春華との交際を許してくれた感じだったよ」
「そ、そうなんですか!? 私が交際の事を伝えた時なんて泡を吹いて気絶してしまって、しかも目が覚めたら何時間も号泣していたくらいなので、ちょっと信じがたいですけど……」
夏季崎さんから聞いてはいたが、想像以上の荒れっぷりである。
車の中では比較的穏やかだったが、あれもかなりの葛藤を経て辿り着いた精神状態だったんだな……。
「でも、そうなら本当に嬉しいです……もし大好きな人を認めてくれなかったら、きっとお父様相手でも大喧嘩しちゃうでしょうから」
「……っ」
ごく自然に俺を『大好きな人』だと言う春華に、俺はドギマギしてしまう。
包み隠さないその純粋なる好意が、あまりにも胸に染みる。
「っと、この部屋か? お、これは……」
「わ! 凄いです……!」
短い階段を上ると、お目当ての『全周囲ビューの部屋』はあった。
まず驚いたのは、視界の全てが青い水と色とりどりの魚たちに覆われていることだった。
ドーム状の大きな水槽の中心部に人が入れるスポットがある作りのようで、まるで自分が海中にいるかのように錯覚してしまう。
人間が立つスペースは小さめのエレベーター程度の広さだが、幸い他の客はいないようで、二人っきりで堪能できそうだ。
「綺麗ですね……薄暗い中で水槽だけが光って、なんだか文化祭のプラネタリウムを思い出します」
「ああ、俺にとってはずっと忘れられない思い出だよ。あの時も今と同じく……とにかく楽しかったから」
鑑賞スポットの面積は四、五人で満員になるほどしかないが、幸い今は他の客はおらず俺達は二人っきりだった。
「ええ、私もです。でもあの時の心が躍る感じような感じとはちょっと違っていて……ずっと嬉しさが止まらないんです」
多くの魚が優雅に泳ぐ水槽の天井部を一緒に見上げながら、春華は言葉を紡いだ。
「こうやって心一郎君と一緒にお出かけをしていると……私は一番好きな人の恋人にしてもらえたんだって強く思えて、とにかく心がわーっと熱くなってフワフワするんです」
喜びが滲む声でそう告げられた俺は、もはや多幸感のあまり脳みそが破裂してしまいそうになる。
こんな事を春華に言ってもらえる日が来るなんて――
「だから、その……つい、こうやって触れたくなってしまうんです」
「おわっ!?」
不意に、背中に人の体温を感じた。
春華が俺の背後にぴたっとしがみついており、自らの額を俺の背中に触れさせている――そう理解するのに数秒かかった。
「は、春華……」
「わ、私……お付き合いするのが初めてですから今まで知らなかったんですけど、多分普通の人より想いが深いんじゃないかって……」
天然な春華も、流石にこの行為には少なからず気恥ずかしさを感じているようで、声は少し上ずっていた。
「でもこうやって気持ちが盛り上がると、つい心一郎君に触れてみたくなって……ご、ごめんなさい、なんだかはしたないですね私……」
「い、いや、ちょっとびっくりしたけど俺は全然嬉しいから! 俺なんかでよければいつでも触ってくれていいから!」
「そ、そうですか……? そんな事を言ってしまったらすぐベタベタしてしまいますよ?」
(そんなの俺が得するだけだよ……!)
今こうして背中に春華の身体が触れているだけでも、天にも昇る多幸感が俺を包んでいる。
伝わってくる少女の柔らかさと体温が官能的すぎる……!。
「その、もし心一郎君も、私に触れたいと思ってくれているのなら……」
薄暗く水槽の内のライトだけが光源の部屋で、春華は俺の背後から囁くように悩ましく言う。
「いつでも、触れてくれていいんですからね?」
「~~~~っ」
天使のように清純な声で、小悪魔のような囁きをする恋人に俺は悶絶する。
ああ、もう本当に……この天真爛漫な少女には、一生勝てる気がしない……。
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