第165話 初デートに彼女の父親が迎えに来た
肌寒い朝に起床した時点から、俺はとても浮かれていた。
なぜなら本日は、俺と春華の初デートというスペシャルビッグイベントが行われる日だからである。
『で、出かけ……そ、それってデートというものですか!? あ、あわわ……い、行きます行きます! どうか連れていってください心一郎君!』
先日の俺のお誘いに、春華は驚いたり顔を赤くしたりと百面相をしながらも、愛らしい笑顔でそれを受け入れてくれた。
そして本日は待ちに待ったデート当日だ。
俺は時間に余裕を持って待ち合わせ場所に行こうとしていたのだが――
(どうしてだ……何かどうなってこうなった!?)
俺は今、走る高級車の後部座席に座っていた。
まるで前後関係のわからない事態に、胃がキリキリと痛む。
「…………………………………………あの」
「どうかしたのかね新浜君」
俺の声に応えた運転手は、あろうことか春華の父親であり全国的な書店チェーンの社長である紫条院時宗さんだった。
「ど、どうして時宗さんがわざわざ俺のために車を? いきなり家の前で貴方が待っていた時は心臓が飛び出そうになったんですけど……」
そう、ウキウキで家から出た俺だったが、そこに待っていたのは高級車に乗ったこの過保護社長だったのだ。
玄関から出たままのポーズで石のように固まった俺は、『春華と待ち合わせをしているんだろう? 送ってやるから乗りたまえ』と言われて今に至るのだが……。
「なに、君とちょっとだけ話したくてな。今日は春華とデート聞いてこうして運転手を買って出た訳だ」
いやいやいや! 買って出たじゃないですよ!
なんなんだこの針のムシロ空間は!?
「最後に君と会ったのは春華が回復したあの夜だったな。あの時は冬泉君から連絡を受けて妻と一緒に急ぎ自宅へと走ったが……」
時宗さんはいつものように怒気を見せずに淡々と話すが……それがより恐ろしくて身体の震えが止まらない。
「いざ帰宅して見せられたものは、元気になった娘と抱き合っている君という構図だ。私は元に戻った春華の姿に感激して泣けばいいのか、両親である我々を差し置いて娘と抱擁を交している君にキレればいいのか、情緒がとんでもなくメチャクチャになったよ」
「そ、それは……本当にごめんなさい……」
こうして時宗さん視点で語られれば、確かに感情をどうしたら良いかわからないシチュエーションだったのはその通りであり、謝る事しかできない。
「そして、春華がリハビリも順調に済んで私も心が穏やかになってきたところで、春華が君と恋人関係になったと満面の笑みで報告しに来てな。私はもう荒れに荒れた挙句ウィスキーをラッパ飲みしてむせび泣いた。ちなみに妻は祭り状態になって別の意味で荒ぶっていたが」
「……え、ええと……」
時宗さんの語りが進むたびに、俺のシャツはどんどん冷汗で濡れていく。
うおぉぉ……超逃げてぇ……。
「ところで問題だ。地球より大事にしている娘がのぼせ上がった顔で『明日はデートなんです!』と報告された父親が、そのデート相手とこうして一対一になっている。この状況で父親は何を考えていると思う?」
「そ、その……『やはりお前なんぞに娘はやれない!』とか……?」
「はは、0点だよ新浜君。答えは『こいつどこに埋めてこようか』だ」
「ヒィィィィ!?」
穏やかな口調だけどやっぱりキレてる……!
めっちゃキレていらっしゃるぅぅぅ!
「……春華がな、心を失っている間に夢を見ていたと言うんだ」
「え……」
不意に、時宗さんは声のトーンを低くした。
「別に昏睡状態だった訳でもないのに夢とは変な話だが……ともかくその夢において、春華は大人になった自分と、それを懸命に助けようとしている君の夢を見続けていたらしい」
苦笑を交え、時宗さんは続ける。
「そうして君の姿と声に導かれるようにして深い闇から抜け出せたのだと聞いて、私はガックリきたよ。無意識下で春華が求めていたのは、生まれてからずっと見守ってきた親ではなく、交流を初めてたかだが半年とちょっと程度の少年だったのだからな」
娘を愛する父親の深いため息が、車内に木霊する。
「だが、同時に思った。春華はもう子どもではなく、どんどん家の外へと世界を広げているのだと。結局、何故春華があんな状態になったのかは医者にもわからんそうだが……君がいなければ、春華は元に戻らなかったかもしれん」
バックミラー越しにこちらを見ながら、時宗さんは俺に向かってさら言葉を紡いだ。
「だから、礼を言うよ新浜君。春華を想っていてくれて……ありがとう」
「い、いえ、そんな……」
まさかそんな話になるとは思っていなかった俺は、返答に困る。
そんな俺の姿を見てフッと笑い、時宗さんは次の話を振ってきた。
「なあ、新浜君よ。覚悟は変わらんか?」
「え?」
「君が春華に向ける気持ちは、高校生レベルのお気楽なものではないと私はもう知っている。だが、だからこそ聞く。覚悟は変わらないか?」
口元に笑みを浮かべ、時宗さんが念を押すように聞いてくる。
まるで、俺の答えを確信しているかのように。
「はい、変わりません」
対して、俺はきっぱりとその素直な胸の内を語った。
元より俺は、これ以外の答えを持ち合わせていない。
「俺は、ようやく念願叶って春華さんと一緒に歩けるようになりました。これから先、春華さんに愛想を尽かされない限りは、ずっとそばにいたいんです」
「ふん、相変わらず臆面もなくよく言う。まったく君という奴は、最初に会った時から年相応の可愛げがないな」
言葉とは裏腹に、時宗さんは嬉しそうに笑みを深めていた。
「なら、今後はそれを証明していきたまえ。春華の気持ちを……大切にしてやってくれ」
「え……」
とても穏やかに告げられたその言葉に、俺は目を丸くした。
許して……くれた?
あの娘ラブの時宗さんが、俺という男と春華が歩んで行く事を?
あんなにも娘を愛しているこの人が、波瀾万丈の人生を歩んで人を見る目にかけては誰よりも鋭いであろうこの大企業の社長が――俺にその資格があると、認めてくれた。
その事実に、俺の胸から得も言われぬ歓喜が噴き出す。
俺はとうとう……この人に認めてもらったんだ……!
「~~~~っ! はい! 絶対に春華を幸せにします! そして、いつか時宗さんをお義父さんと呼べるように頑張りますから!」
「はああああああ!? 誰がお義父さんだ!? 気が早いにも程があるわアホぉ!」
理想的な未来像がつい口から漏れ、時宗さんはキレた。
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