第162話 予想されていた一部からの反応

 

 そして、俺達がそんな感じで騒がしくしていると――


「あ、いたぞ! 紫条院さんだけじゃなく新浜って奴もいる!」


 学食の入口から剣呑な声が響き、同時に五人の男子生徒が俺らがいるテーブルへズカズカと近づいてきていた。


 身体がガッチリした運動部系だったり、チャラそうな奴だったりとタイプは様々だったが、そいつらには一つ共通している事があった。


 顔に浮かんでいる強い自信。

 普段から顔つきとして浮き出る『自分は他よりイケている』という確信だ。


「な、なんなんだあいつら? いきなりゾロゾロと……」


「あれは……ああ、多分夏休み前ごろに春華を狙ってた連中ですね」


 目を丸くする銀次に風見原が説明するのを聞き、俺も連中の事を思い出す。


 これは筆橋から聞いた事なのだが……春先から俺が春華と仲良くなっていくのを見て、クラス外のモテ度が高い男子達が『新浜って冴えない奴が紫条院さんと仲良くなれてんのなら、イケてる俺が口説けば一発だろ!』と息巻いたようだ。


 そんでもって夏休み前辺りで『紫条院さん、俺と遊びにいこうぜ!』ラッシュがあったようだが……結果は見事に全員撃沈。


(春華に他の男からアプローチがあったと聞いてあの時はめっちゃ冷汗かいたな……まあ春華としては、よく知らない人達が妙に馴れ馴れしく声をかけてきたのが怖かったらしく、片っ端から断ってくれたみたいだけど……)


 なお、この事により『紫条院さんへの抜け駆け告白禁止!』という暗黙の了解は夏の終わりごろにはだんだん効力を失っていたようで、春華が倒れて学校を一ヶ月以上休む事にならなければ、さらにアプローチは増えていたかもね、と筆橋は述べていた。


「あ、あの、私に何か用事ですか? 今、久しぶりに友達と話しているのでできれば後にしてもらえたら――」


「紫条院さん! そこにいる新浜って奴と付き合いだしたなんて噂を聞いたんだけど何かの間違いだろ!?」


 俺達の前に立った体格の良い男子生徒が開口一番に大きな声で言い、学食いる生徒の全てが大きくザワついて俺達へと注目する。


「なぁどうなんだ!? いや、いくらなんでもそんな事ありえないとは思うけどさ、その辺はっきりして欲しいんだよ!」


 さも当然のように春華に詰め寄るそいつらに、俺はため息を吐いた。

 なんで春華がお前らにそんな事を説明しなきゃならない?


(まあ、春華と付き合い始めたらこういう奴らが出てくるのは予想の範疇だけどさ)


 文化祭や球技大会で絆を深めたおかげで、俺のクラスの連中は俺と春華がどれだけ仲良くなっても特にイチャモンはつけてこないが――クラス外だと春華を彼女にしたい男子は山のようにいる。


 そんな奴らが、『新浜とかいうなんかオタクっぽい奴』と春華が付き合いだしたなんて聞けば、全員じゃなくても一部は我慢ならなくなるだろう。


(そんじゃま、さっさとお帰り願うか。俺達の事を隠す必要はもうないし、大して難しい事じゃ――)


 胸中で呟きつつ、俺が腰を浮かせかけた時――


「――いいえ、その噂は間違っていません」


 問題の男子連中に堂々と向き合い、春華が俺より先に口を開いていた。

 強い意志と言葉で、はっきりと。


「私は、心一郎君とお付き合いさせて頂いています」


 その言葉により、食堂中は極めて大きなどよめきが起こった。


 ただでさえ今日は俺達の油断のせいでそういう噂が広まっている状態だ。

 その中でこの決然とした宣言はある意味皆が最も聞きたかった言葉であり、食堂内のあちこちから困惑の声や悲鳴が上がる。


「ちょ、嘘だろ!?」「マジかよ!?」「そ、そんな……紫条院さん!」「あぁ、あああああああああぁぁぁ……!」「脳が……脳が破壊される……!」と想像以上に阿鼻叫喚だ。 


「は……はあああああ!? なんだそりゃ!? ありえねぇだろそんなの!?」


「そんなモサッとした冴えない奴と!? 冗談はやめろって!」

 

 春華の明確な説明に、男子五人組は揃って声を荒らげた。

 これもまた俺の予想内ではあるが……辟易するのは止められない。


「あ、ありえないってなんだよあいつら……! 新浜がどんな奴かも知らないでよくもあんな……!」


「私も完全に同じ思いですが……ああいう人達にそれを言っても無駄ですよ山平君。自分達が『下』に見ている男子が、どの男子も憧れる春華の彼氏になる――それは彼らの中では許されない事なんです」


 そう、かつて俺と一悶着あった王子様気取りの御剣ほどじゃないが、(なんかあいつは春華にプライドを粉々にされた後で妙に大人しくなったらしい)この五人組どもは学年の男子の中でもかなりの有力者のようで、自分達が『上』である事を強く意識している。


 スポーツが得意な訳でもルックスが特別に良い訳でもない俺が、学校のアイドルである春華と恋人関係になるなど、世の摂理に反しているとさえ思っているだろう。

 

「……モサッとした冴えない奴……。心一郎君が、ですか?」

 

「ああ、そうだよ! ヒョロくて弱っちくてオタクらしいじゃんか! そんなのと付き合うとか訳わかんねえって!」


「俺達をフっておきながらそんな奴と付き合うとか……失礼だと思わねえの!?」


「あ、わかった! なんか脅されてるんだろ紫条院さん! よしよし任せろって! そいつを締め上げて二度と紫条院さんに近寄らないように――」


 好き勝手に喚く連中に、俺も流石に不快感が限界に近づく。


 だがそれ以上に青筋を浮かべているのは同席している三人の級友であり、目が据わった筆橋の「ごめん、もう黙ってらんない」という言葉に風見原が「奇遇ですね、私もです」と氷のように冷たい声で応える。


 喧嘩なんかした事なさそうな銀次ですら「マジで何様だ……! だから見下し野郎は嫌いなんだよ!」と今にも爆発寸前な程に頭に血が上っていた。


 そんな一触即発な空気の中で――


 ダァンッッ!!と耳をつんざくような音が食堂に鳴り響き、騒がしくザワついていた食堂が一気に静まりかえる。


 そして、その場にいる誰もが注目する。

 今しがた両手でテーブルを力いっぱい叩いた、紫条院春華という少女に。

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