第161話 もしかして:バレバレ


 ど、どういう事だ!? なんでそんな見透かしたような台詞が出る!?

 登校途中は早朝だったから人なんていなかったのに……!


「ま、ままま、待て待て! 一体全体何の事だ!?」


「あー……、この反応って事は本当にバレてないって思ってたんだね」


「みたいだな……正直マジかよって感じだ」


 ひとまず皆が何を察しているのかを探ろうとする俺を見て、筆橋と銀次が呆れたような声を出す。


 いや、だから……! なんでお前らそんなに確信を持ってるんだ!?


「いや、そりゃあね、朝に春華と顔を合わせた時は胸がいっぱいになって全然そんな事は気付かなかったよ。春華の復帰を歓迎して盛り上がっていた他のクラスメイトのみんなもそうだったと思う」


 露骨に狼狽してしまっている俺と春華に、筆橋が落ち着いた様子で語り出す。


「けどさあ……ちょっと落ち着いてみれば、どう見ても二人がおかしいんだもん」 


「お、おかしい……ですか?」


 純粋な春華はやっぱり隠し事は下手なようで、さっきから動揺しまくっていた。


 そもそも春華は風見原と筆橋に俺との交際を近い内に伝えるつもりだったようだが……まだ何も言っていないのに看破されつつあるこの状況が不思議でたまらないようだ。


「授業中に隙あらばお互いに視線を交して、二人ともちょっと照れ臭そうにしながらも幸せそうに微笑み合うのを一時間に十セットくらいやってました」


「以前から距離が近かったけど、もう今日は二人で話をするたびに一ミリでも近くにいたいって感じで肩やら腕がずっとくっついたままだったぞ」


「自販機に二人でジュース買いに行った時さ、新浜君が落ちた小銭を春華に渡すついでに手をギュッとしてたよね? それで春華も顔を赤らめながら新浜君の手をフニフニと握り返してたし」


「「!?!?!?!?」」


 し、してた……!

 言われてみれば、確かに今言われた事は全部してた……!


 恋人同士になれた春華と学校で一緒にいられるのがとにかく嬉しくて、今日は常に春華を見ていたい、春華に触れたいという想いでいっぱいだったのだが……それがどうやら無意識に行動に出てしまっていたらしい。


(け、けど、それにしたって人前で堂々とやってた訳でもないのに、どうしてそこまでバレてるんだ!?)


「え、二人ともまさか……あれでひっそりやっているつもりだったの!?」


「マジか……そういうのに疎い俺だってすぐ気付くレベルのバレバレさだったし、クラスの奴らだって『あー……』みたいな顔で全員察してたぞ」


「廊下とかのクラス外でも同じ調子だったので、今日は春華の復帰以上にその事が校内で噂になりまくっているのに気がつかなかったんですか?」


「「……………………………」」


 立て続けてに並べられる客観的な視点から見た俺達の姿に、俺と春華はただ絶句して固まってしまう。


 少なくとも俺はボロを出していたつもりはなかったのだが……どうやら春華という世界一の天使が恋人となった事に浮かれ過ぎて、普段は作動している世間体センサーが軒並みダウンしていたようだ。


「それで……実際どうなんですか? 今回ばかりは雰囲気がマジすぎて、私もかなり興奮に震えてますが」


「ど、どうなの? 正直そこんとこを気になって今日は全然授業に身に入らなかったんだけど!」


 風見原と筆橋は、絶対に逃がさないとばかりに俺達二人にずいっと顔を近づけてくる。興味津々というレベルではなく、瞳にはワクワクと興奮が溢れている。


(まあ、周囲にはともかく、この三人にはすぐに話すつもりではあったけどな……)


 隣に座る春華と目を合わせ、俺は『これ以上は秘密にしなくていい』という意を込めて大きく頷く。

 それで意を察してくれたようで、春華もまた頬を淡く染めながら頷き返した。


「は、はい……実は今……心一郎君とお付き合いしているんです……」


「「「お……おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!?!?」」」


 春華は照れ臭そうに白状すると、三人は驚嘆と喝采が混ざった大仰な絶叫を上げた。声があまりにもデカくて、学食中の注目が集まってしまう程だ。


「え、え、え、え!? マママ、マジですか!? 今まで何度もそういう事あってそのたびに肩すかしだったので、今回も死ぬほど思わせぶりなだけかもと思ってたんですけど!?」


「お、おめでとうぉぉぉぉ!! す、凄い! 凄いよ新浜君! とうとう春華の天然ボケバリアを貫通して恋愛感情を自覚させたんだね! なんかもう、感動のあまり泣けてきちゃった……!」


「とうとう……とうとうやったんだな新浜……。なんだろう、以前のお前を知っている身としてはその飛躍ぶりにマジで涙が出そうだ……」


 三者三様の表情を見せつつ、席を同じくする友達たちは俺達の事を祝ってくれていた。他人の恋愛事でこうまで感情を露わにできる辺りが正に高校生って感じだなぁと、俺はやや恥ずかしい思いをしながら胸中で呟く。


「そ、それでそれで!? いつどんなふうに告白したの!? 二人でバイトしている時? それともやっぱり誕生日プレゼントを渡した時!?」


「新浜君からアプローチしたのは確実ですが、春華の反応はどうだったんですか!? というかもの凄い過保護っていう春華のお父さんは知ってるんですか!?」


「今までで一番目を輝かせてんなお前ら……」


 芸能人の結婚報告会に集まった記者みたいになった風見原と筆橋を見て、俺はちょっと疲れた声で言った。


 この二人はずっと春華をかなり大切にしてくれているから、熱を持っちゃうのはわかるけどさぁ……。


「ええと、はい……ふふ、心一郎君から言ってくれたのはその通りです。場所は私の部屋で――」


「いや、春華!? あんまり赤裸々に語られたら俺の心が持たないからな!?」 

  

 もじもじしつつも、なんだか全てを口にしたそうな春華に俺は慌ててストップをかけた。まあ、風見原と筆橋になら言っても構わないが、さっきからすっかり注目を集めてしまっているこの学食じゃ流石に俺がキツイ。


「しかしまあ油断してたな……最初は秘密にしておこうと思ったけどバレバレだったか……」


「そ、そうみたいですね……でも、私はこれで良かったかもしれません」


 もう隠さなくよくなったためか、春華はホッとした様子で言った。


「心一郎君が好きだからずっと側にいたいんです。ですから、私が彼女だって皆にちゃんと知っていてもらえば、それも当たり前だって認めてもらえ……あれ? 皆してどうしたんですか?」


 ド天然のままにさらりと口から出来た台詞の破壊力に、当事者である俺はもちろん、さっきまでワイワイと騒がしかった級友三人も一様に顔を真っ赤にして言葉を失っていた。


 そっか……そうだよな……。

 交際が始まってもその天然さは健在だよな……。


「く、口の中が砂糖でいっぱいになる……! うぅ……春華の天然さを見くびってたよもぉー……」


「ぐふぅ……恋人なしに対する破壊兵器ですねこれ……もしや我々はパンドラの箱を開けてしまったのでは……?」


 なにやら心にダメージ受けたらしき女子二人が苦悶を訴え、銀次は土嚢一袋分の砂糖を口に流し込まれたような顔で撃沈していた。

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