第160話 学び舎で級友たちと
時は昼休み。
多くの生徒がひしめく学食のテーブルでその会は始まった。
「ではここに! 海行きメンバーによる春華の復帰祝いを会を始めたいと思います!」
見た目は真面目委員長だが、中身は超マイペースなメガネ少女――風見原美月が号令するままに、俺を含めた面子はパチパチと拍手した。
「ああもう、こういう日を迎えたいってずっと願ってたんだからね春華ぁ! ひぐっ……ホントによがっだよぉ~~!」
「ええと、退院おめでとうな紫条院さん。休んでる間、ここにいる面子だけじゃなくてクラスの奴らもかなり心配してたぞ」
いつも元気な笑顔が眩しいショートカットのスポーツ少女――筆橋舞が瞳を潤ませて喜び、俺のオタク仲間であり女子に免疫がない童貞の鑑――山平銀次が労るように言った。
「皆さん……本当にありがとうございます! わ、私……学校を休んでいる間に皆に忘れられているかもって少しだけ不安だったんですけど……うぅ、本当にみんなと友達で良かったです……!」
ずっと友達がいなかった春華にはこの筆橋発案の復帰お祝い会は相当に嬉しかったようで、若干涙目になっている。
(この場所に春華を戻す事ができて、本当に良かった……)
優しい青春の空気にもらい泣きしそうになりながら、俺は今朝の教室での事を思いだしていた。
春華の入院中はリハビリや家族との時間でスケジュールがほぼ埋まっていたため、俺と同様に風見原と筆橋も病院への見舞いを自粛していた。
なので、風見原と筆橋は今朝教室で久しぶりに元気な春華と対面する事となり……二人ともワンワン泣いた。
二人は俺と同じく精神崩壊状態だった春華を見ている分、涙が止まらない様子であり、周囲の生徒達もかすかに瞳を潤ませていた。
(友達が自分のために泣いてくれているのを目の当たりにして、春華もボロボロと泣いてたな。……春華と友達になってくれたのがあいつらで本当に良かった)
それから午前の時間割が終わって、こうして昼食がてらにささやかな春華の復帰祝いが開催されたという次第だ。
食堂のテーブルで弁当や学食を囲み、ジュースやお菓子を摘まむだけの催しだが……春華には何よりも嬉しい事だろう。
「いやしかし、本当に紫条院さんがいるといないとじゃ大違いだな……特にこの三人がいつもの調子に戻ってマジで良かったよ」
「え……? 私がいない間、三人がどうかしていたんですか?」
しみじみと言った銀次に、春華が不思議そうに尋ねる。
「ああ、そりゃもうな……。風見原さんも筆橋さんもすっかり落ち込んでて無口になっててさ。まあ、それ以上にヤバかったのはもちろん新浜だけどさ」
「ああ、うん。私達もかなり暗い顔になっていた自覚はあるけど、新浜君はそんな私達でも心配しちゃうレベルだったもんねー。なんというか、もう死相?」
「最初の数日に至ってはゾンビになったみたいに顔色が真っ青でしたからね。今だから笑えますが、その時は冗談抜きでコロッと死んでしまいそうだとハラハラしました」
「そ、そうだったんですか……!?」
その時の事を語られると恥ずかしいが……おおむねその通りである。
春華が倒れた直後はずっと深い崖から落ちているような終わらない絶望だけが胸を占めており、クラスの皆や家族を随分ギョッとさせてしまったものだ。
「そりゃ、さ……とにかく心配だったから……」
「心一郎君……」
気恥ずかしさを感じながらそう告げると、春華は嬉しそうに微笑んだ。
心配してくれてありがとう――そう告げるようなその笑みはあまりに愛らしく、俺はますます頬の赤みを増してしまう。
「しかし、話は聞いていたけど二人とも普通に名前で呼び合ってるんだな……一応他の奴らの前では隠してるみたいだけど」
「ああ、山平君は初めて見るんですっけ。何でも、あの海の時にそうなったらしいですよ。つまり、我々の戦果という事です」
「なんかもう、お互いに名前呼びがしっくりきすぎて名字で呼んでた時期を忘れてそうだよねー」
揃ってニヤニヤと生暖かい視線を送ってくる三人に、好き勝手言いやがって……とは思ったが、同時になんだか懐かしい感じもした。
こんなふうに学校に全員揃っていて、こいつらに茶化されるのは……本当に久しぶりだ。
「さて、本来ならこの会では春華の入院中の様子とか、お休みの間にクラスであった事とかをワイワイ話す趣旨でしたが……どうやらそれは全部後回しにするしかないようですね。どう考えても真っ先に議題としなければいけない事があります」
「へ?」
風見原が唐突に告げてくるが、その意図がよくわからない。
だが銀次と筆橋はその言葉をむしろ当然と捉えているようで、揃ってうんうんと頷いていた。
「という訳で、新浜君と春華がどうやってゴールインしたのかを聞きたいのですが」
「ぶふぉっ!?」
「ふぇ!?」
突きつけられた風見原の言葉はまるで予想外であり、俺と春華は揃って狼狽してしまった。
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