漫画版1巻発売記念番外編:甘さに砂糖を吐く教室で
【※注意 WEB版25話までか小説1巻まで既読推奨】
私の名前は田中良子。
普通すぎて逆に覚えにくい名前とか言われてしまう私は、顔も背丈も成績も友人関係もおしなべて平均的なフツーの女子高生だ。
そして、私の属するクラスもまた、それなりに普通だと言えるだろう。
男子が騒がしかったり、お洒落な女子が目立っていたり、大人しい子が仲間内だけで楽しそうにしていたり……そんな当たり前の教室だ。
……ただ、それは以前までの話。
文化祭を終えてしばらく経った最近では、このクラスの空気は普通でない時が増えてしまった。
(具体的に言うと……毎日不意に甘ったるさが襲ってくるんですけどぉ……)
その原因は言うまでもない。
学校で最も有名な女子と、最近やたらと目立ち始めた男子のせいである。
「あ、新浜君。さっきの数学の授業の事なんですけどちょっとノートを見せてくれませんか?」
「ああ、もちろん。あんまり綺麗な字じゃないけどさ」
「いいえ、そんな事ないですよ。新浜君の人柄が表われた丁寧な字です」
私の視線の先にいるのが、問題の二人だった。
男子の方は新浜心一郎。
元は地味で口数の少ない性格だったけど、ある時からメチャクチャ明るくて頼れる感じに変身して別人説すら出ている男子だ。
女子の方は紫条院春華。
この学校で最も有名な女子で、とにかく『同じ人間なの??』と思える程に美人さんだ。おまけに家は大金持ちというなんで普通の高校にいるのかわからない程のお姫様で、当然ながら男子の憧れの的になっている。
「げ、ここ板書できてないな。なんて書いてるか自分でもわからん」
「ふふ、新浜君、ちょっとだけ居眠りしていましたもんね」
「き、気付いてたのか? うわぁ、恥ずかしい……俺、ヨダレとか垂らしてなかったか?」
「いいえ、そんな事はないですよ。新浜君の寝顔はとても可愛くて気持ち良さそうで……つい眺めてしまったくらいです」
(ぶほぉ……っ!)
紫条院さんがピュアな笑顔で新浜君にそう告げるのを目の当たりにし、私は口から砂糖を吐いてしまったような錯覚に襲われた。
なお、あり得ない事なのだけど、この二人は付き合っていない。
繰り返すが、この二人は付き合っていないのだ。
(ああああああぁぁぁもぉおおおおおお! その糖度の高い台詞が恋愛感情抜きでただのピュアピュアな好意だっていうのはもうクラス全員知ってるけどさぁ! いくらなんでも罪作りすぎじゃない!? ほら、新浜君がまた真っ赤になって呼吸音が変になってるじゃん!)
今私を悶えさせているのは、現在このクラスが抱える特別な事情だった。
この二人が、不意打ち気味に甘さを振りまいてくるのである。
(大体問題なのは紫条院さんなんだよね……)
紫条院さんはどれだけ箱入りなのか、超ド天然で恋愛感情に疎すぎる妖精みたいな女の子だ。
ほわほわしていて誰にでも優しいので、あの美貌も相まって色んな男を勘違いさせてきた罪深い美少女でもある。
(けど最近は新浜君にべったりで、接し方も明らかに違うし! ことある事にああやって新浜君に『かっこいいです!』とか『素敵です!』とか『可愛いですよ』とか……! あれを無自覚でやってるってマジ!?)
というか、そもそも笑顔からして違う。
あたしらと話す時は『にこっ』って感じだけど新浜君の時は『ぺかーっ』ってなっててワンコよりわかりやすい。
そんなわけで文化祭以降、無自覚にイチャつく付き合ってない(笑)二人が醸し出す空気に、クラスの面々は苦笑いしている状況だった。
「良子ー、何見てんの? ……って、ああ、あの二人かぁ。もうなんかもう、甘いよねホント」
側にやってきた友達が、私の視線を追ってやれやれと言った様子で言う。
別の彼女の読みが鋭い訳ではなく、二人の事はクラスの共通認識なのだ。
「まあ、でもさ。新浜もやるもんだよね。あんな状態なのに、クラスの男子達は嫉妬で突っかかったりしてないし」
「うん、それは本当にそう思う」
友達の言葉に私は深く頷いた。
紫条院さんは学校中の男子の憧れの的だ。
けどあまりにも人気がありすぎて、『抜け駆けアプローチをした奴は吊し上げる』という暗黙の了解が男子の中で出来ている事は私達女子も知っている。
そんな中で、元々内気でこれといった強みがない新浜君が紫条院さんと接近しようものなら、まずクラスの男子から叩かれそうなもんだけど――
(新浜君ときたらあれこれと活躍していつの間にかそれが許される雰囲気を作っちゃうし……本当に何があったの彼? 愛の力で覚醒したにせよ人格変わりすぎじゃない??)
最も大きな契機は文化祭だろう。
あの時、実質的にクラスのリーダーを担った新浜君に対する批判は、紫条院さんと仲良くし始めた事への嫉妬も多分に交ざっていた。
けど、新浜君は謎の企画力と指導力でぐだぐだが不可避だったクラスの出し物を大成功に導き、その過程でアンチ新浜と言える勢力もうまくいなしたり懐柔したりして沈静化させて、最終的には誰もが一目置く存在となった。
(それだけじゃなくて、常日頃から紫条院さんにベタ惚れなのがバレバレだからねえ……とにかく真剣ってのがわかるから、半端に憧れてる程度じゃ物申せなくなるよねそりゃ)
結果として、今ああして、紫条院さんとベタベタしても誰もが文句を言わなくなった。クラス外だとまだまだ紫条院さんを狙う人はいるけど……このクラスは殆どの人が応援モードか諦めモードだ。
だからさっきからさんざんブツブツ言っている私も、あの二人の事は進展してくれればいいとは思っているのだけど……。
「ふふ、居眠りで思い出しました。文化祭が終わった後、ここで新浜君が眠ってしまって、私が膝枕を――」
「ちょっ……!? す、ストップだ紫条院さん!? それは教室では絶対言っちゃ駄目だからっ!」
(応援はしてるんだけどさぁ! いい加減、恋人ナシな私達に毒なイチャイチャを見せつけるのやめてよもぉぉぉぉ! ていうか膝枕って何!? 文化祭終わった後にあんたら一体ナニしてたの!?)
ああもう! これでまだ友達の関係とか本当にヤキモキする……!
「いいからはよ付き合えっての……!」
つい漏らしてしまった声に、周囲のクラスメイト達がこちらに視線を向け――
『わかる』とばかりに皆一様にコクコクと深く頷いた。
【読者の皆様へ】
■陰リベコミックス1巻が昨日5月25日に発売されました!
人生初の漫画版発売に感涙しています……! 伊勢海老ボイル先生に感謝!
続巻が許されるか否かは発売後1~2週間ほどの売上げが重要ですので、恐縮ながらお手に取って頂ければ幸いです……!
また、ニコニコ静画とブックウォーカーで連載中のWEB版をお気に入り登録して頂けると連載が続きますのでどうかよろしくお願いします!
■陰リベ小説4巻が6月1日(木)に発売です!
漫画版と併せてこちらもどうかお手に取って頂けますようお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます