第130話 オレンジ色に染まった世界で手を取り合って
「ふう、それにしても本当に溜まりすぎです……」
「へ……溜まりすぎ?」
天使の微笑みを浮かべていた春華は、ふと何かを思い出したかのように困ったような声を漏らした。
「それはもちろん、お返しについてです。ただでさえ心一郞君には色んな事でお世話になっているのに、最近はアルバイトでも助けてもらっています。その上こんなプレゼントまでもらってしまって……このままだと私の気が――あっ!」
俺としてはお返しなんてまるで想定していなかったが、真面目な春華はうんうんと唸って真剣に考え始め……そして突然にパッと明るい顔を見せる。
「私、今とってもいい事を考えつきました! 今夜は家族で誕生日パーティーをする予定だったのですが、是非心一郞君も招かせてください!」
「えっ!?」
そのあまりにも突然すぎる提案に、一瞬俺の思考が飛んだ。
た、誕生日パーティーぃ!?
それってどう考えても紫条院家のお屋敷でやるんだよなっ!?
(紫条院家のお屋敷で開かれる春華の誕生日パーティーとか、流石に敷居が高すぎる……! 突然の乱入者である俺にピキピキした時宗さんの隣でバースデーソングを歌わにゃならんだろそれぇ!?)
「あ、いえ……すみません。私ったらつい勢い任せな事を言ってしまいました……。いきなり今夜に招待するなんてどう考えても迷惑ですし、心一郞君のお家の都合もありますもんね……」
数秒前までは『我ながらとってもナイスアイディアです!』と言わんばかりに目をキラキラさせていた春華だったが、すぐに都合の問題を口にして気落ちした表情を見せた。
「ごめんなさい、お返しは別の形で考えます。このまま心一郞君がウチに来て誕生日を祝ってくれたら、夢みたいに嬉しい……そんな私の願望が漏れてつい考えなしな事を言ってしまいました」
「…………」
さきほど誕生日パーティーへの招待を提案した時の弾ける笑顔とはほど遠い、頭を下げる春華の表情には、楽しみにしていた散歩がフイになった子犬のような寂しさが滲んでいた。
俺が今夜のお祝いの席にいない事を、そんなにも惜しんでくれているのだ。
それを知覚してしまったら、もうダメだった。
その言葉と表情の破壊力は、春華至上主義である俺に烈火を宿らせるのに十分なものだったのだ。
「……行く」
「え……?」
唐突にそう宣言した俺に、春華の反応は少し遅れる。
「迷惑じゃないなら、是非招待を受けたい」
「えっ!? ほ、本当ですか!」
俺が言うと、春華は驚きつつも喜色を見せる。
そんな少女の愛らしさが、俺の決意をますます強固にしていく。
「ああ、本当だ。叶うのなら俺を春華の誕生日パーティーに出席させて欲しい」
「わ、わあああああ! ちょ、ちょっと待っていてください! もしもしお母様ですか!? 実は今夜――」
春華が携帯を手に勢いこんで話し始め、その電話口の向こうから、秋子さんの『ふおおおおおおおおぉぉ……! マジなの!? テンション上がってきたわ!』などとセレブが出しちゃいけない声や、家政婦である冬泉さんが『グッジョブですお嬢様……!』とか言っているのも漏れ聞こえてくる。
よし、じゃあ……俺も今の内に自分の親へ電話しておくか。
「ウチのお家は大丈夫です! 思ったとおりお母様は大歓迎だから是非にと言っていました! あと、もしお父様がうるさく言ったらとっちめるそうです!」
「ウチもOKだ。母さんはかなりびっくりしていたけど、迷惑にならない程度で帰ってくればいいってさ」
「わ、わ! じゃあ、本当にいいんですね! うわあああああ……!」
まるで遊園地行きが決まった子どものように、春華は溢れる喜びを隠さなかった。
俺なんかが誕生日を祝う席に参加する事を、こんなにも喜んでくれている。
だからこそ決断に後悔はないのだが――内心は相当に冷や汗をかいていた。
(ふ、ふふふ、脳みそがべらぼうにヒートアップして反射的に招待を受けてしまったぞぉ……! はははは! 絶対にいるであろう時宗さんと顔会わせた時の反応がこええええええええ!)
頭のまだ冷静な部分による未来予知により、俺の頬に一筋に冷たい汗が流れる。
あはははははは! いやホント、あの過保護社長にどんな顔で挨拶するつもりなんだろうな俺!
(まあでも仕方ないよな! 春華にあんな寂しそうな顔をさせるなんてありえないし、俺自身が春華を祝う席にいたいって気持ちもある……! うん、仕方ない仕方ない!)
ビビってるのは本当だが、それでも春華に歓迎されている限り俺の意志は揺るがない。何か言われたら開き直って『いやぁ、どうもこんばんわ! 春華さんからお誘いを受けてお邪魔しています!』と最高の笑顔で挨拶してやろう。
「それじゃあ、このまま一緒にウチまで行きましょう心一郞君!」
そばにいる春華が、ウキウキした声で俺へと呼びかける。
浮き立った心のままに、輝くような笑顔で。
「お父様はちょっと遅れるみたいですけど、パーティーの準備はもう万端みたいです! 夕方なんてすぐですし、ちょっとでも一緒にいるために急ぎたいです!」
嬉しさに満ちあふれた春華は、俺へとその白い手を差し出した。
俺はしばしその白魚のような手を眺め――やがて若干の気恥ずかしさを感じつつもその手を取った。
「ああ、じゃあ……行くか春華」
「はい! 善は急げです!」
あまりにも滑らかな春華の手に引かれ、俺は笑顔に満ちた少女と走り出した。
すっかりテンションがあがってしまった春華に、グイグイと引っ張られる形で。
触れ合う指はお互いのパーソナルスペースが消え失せているかのように絡み合い、今この時においてそうなっているのが自然だった。
そうして、俺と春華はまた新たな思い出を刻むべく街中を駆けていく。
オレンジ色に染まった世界で手を取り合って――お互いにその熱を感じながら。
【読者の皆様へ】
作者の慶野です。
これにてバイト編は終了です。
さて次の最終章(多分)についてなのですが……作者にとってかなり悩んできた難しい話なので、破綻なく最後まで書き上げてからの投稿を考えています。なので少々時間がかかりますことをご承知おきください。
なお、作者はハッピーエンド至上主義者である事は明言しておきます。
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