第63話 ジェラシー対象に入れないで!


 ふと美月を見ると『どうして心が痛むのかわからないって……もしかして本気で言っているんでしょうかこれ……?』とアイコンタクトを送ってきたので私は微かに頷いて『うん、絶対マジで言ってるよ……』と伝える。


「あー……その、春華。私たちも考えてみるからちょっと時間を貰うね?」


「ええ、お二人に考えて貰えたら嬉しいです……」


 しょぼんとした春華の了承を得て、私と美月は春華に背を向けて顔を近づける。

 ちょっとこれは一人の判断では回答し難い。


(ど、どうしようこれ……答えなんてわかりきってるけど私たちが言っちゃっていいの!?)


(それはちょっと……こればっかりは新浜君が言うか春華が自分で気付くかするべきなのでは……?)


 私たちは春華に聞こえないように小声でヒソヒソと囁き合う。


 私が知る前から美月は新浜君が春華にご執心なのを知っていたらしく、話が早くてとても助かる。

 そしてその意見は私も確かにその通りだと思う。


 私たちがここで『それって嫉妬だよ。つまり春華は新浜君が――』なんて言うのはとても無粋な気がする。それを友達が教えないといけない状況もあるとは思うけど、少なくとも今じゃない。


(ところで一緒に歩いていたっていう女の子の件だけど……美月は新浜君が他の子に心変わりしたとかあると思う……?)


(は? あるわけないじゃないですか。新浜君ときたら春華至上主義者みたいな男ですよ? 他の女の子に目を向けたりなんかしませんって)


(だよねー……)


 私は深々と頷いた。

 新浜君の気持ちに気付いてから改めて彼を観察していると、普段から春華に対して大好きオーラが出まくりなのがよくわかった。


 春華から聞いた話を総合してみると、そもそも新浜君が文化祭で死ぬほど頑張りまくったのも全部春華のためだったっぽいし、あの馬車馬みたいに動けるエネルギーの源が全部恋の力なら、その想いは生半可なものじゃない。


(それだけ一途に想われているって羨ましいなあ……私も私のためにどこまでも頑張ってくれる彼氏欲しい……)


「あ……そう言えばこういう気持ちにちょっと憶えがあります。その時はこんなにも強く心が痛んだりしなかったですけど……」


「そうなんですか? 参考までにどんな時にそうなったか教えてくれます?」


 ふと思い出したように言う春華に美月が続きを促す。

 以前にも嫉妬を憶えたことがあるってことだろうけど……一体誰にだろ?


「はい、文化祭の時ですね。美月さんと舞さんが新浜君と一緒にいるとどうにも心がざわざわして……心が痛くなったりはしませんでしたけど感情の方向性はとても似ている気がするんです」


「はい!?」

「ふぇ!?」


 何気なく言われたそれに、私たちは揃って素っ頓狂な声を出した。

 わ、私たちまでジェラシー対象に入ってたの!?


(う、うーん、それを私たちに直で言っちゃうあたり本当に自分の感情の名前がわかっていないんだね……)


 痛みに耐えるように胸に手を置く春華に聞こえないように、私たちはヒソヒソ会議を再開する。 

 

(多分……今までの人生で他人を妬んだ経験が少なすぎて自分の感情の正体がわからないんだと思います。新浜君からちらっと聞きましたけど、春華の美人さを妬んだ女子が絡んでくる動機も理解していなかったらしいですし)


(ええ……聖女すぎない……?)


 私なんておっぱいの大きさで春華をめっちゃ嫉妬したり、新浜君が期末テストで一位取った時なんか『ズルいいいい! 脳みそ交換してええええ!』とか心で叫んでいたのに……。


(私たちの場合は文化祭のためだとわかっていたからさほどダメージがなく、今回の場合は見知らぬ女の子と一緒に歩いていたという情報のない状態だから想像力が働いて心が痛んでいるんでしょう。あと好感度がそれだけ進行したというのもあると思いますが)


(おお……なるほど……美月ってもしかして恋愛経験豊富だったり?)


(いえ、恋愛に憧れて少女漫画を読みまくった結果脳内恋愛シミュレートが上手くなっただけです。まあ、生かせる機会は全然こないですけどね!)


 いや、そんな悲しいことをドヤ顔で言わなくても……。


(というか私たちが新浜君と……なんてそんな心配しなくてもいいのにね)


(…………ええ、そうですね)


(ちょっ美月! 今の間は何なの!?)


(ふふ、何でもないですって。それより舞も『ない』んですよね?)


(え……あ、うん、そうだよ)


(ほら、舞だって答えるのに間があったじゃないですか)


(た、ただ滑舌が悪かっただけだもん! 本当に何でもないって!)

 

 新浜君は確かに一番親しい男子ではある。

 他の男子とはひと味違う変わった人で、あの今生きている時間を全力で突っ走っているスタイルは……うん、まあ、見ていて好ましいとは思う。


 けど新浜君の魅力であるあの心のパワーは、紫条院さんがいるから燃えているのだということを、私は二人の近くにいてよくわかった。

 春華が大好きなことが、新浜君という男子を形作っているのだ。


 だからまあ、カッコイイと思う気持ちがゼロと言えば嘘になるけど、あるかないかだと『ない』になる。さっきのやりとりを聞くに、美月も同じような気持ちなんだろうと思う。


(まあともかく……穏便な方向で春華のメンタルをフォローしますか)


(うん、そうだね。というかこれってほぼ間違いなく春華が心配しているような案件じゃないし……)


 いくら人の心は変わるものとはいえ、こんな短い期間で『紫条院さん命!』の新浜君が心変わりするなんて考えられない。というか絶対ない。


 真剣に悩んでいる春華には悪いけど、結局この件って取り越し苦労なんだろうなぁ……と私はぼんやり思った。

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