第64話 女の子はスイーツで出来ている


「ええと、コソコソ話していてごめんね春華。それでその気持ちが何かだけど……きっとそれは怖さだと思うよ」


「怖さ……ですか……」


「そ、最近は私や美月とも喋るようになったけど、春華が一番親しいのって新浜君でしょ? それで彼と学校で会わない時間が続いているところに自分の知らない人が隣にいるのを見て、一番の友達を取られるかもって不安になっちゃっているんだよ」


 ラブ的な要素を友情に置き換えてるけど、説明としては間違っていないと思う。

 とりあえず『一番の人が取られそうで怖くなってる』という点だけわかってくれればいい。


「それは……確かにそういうことはあると思います。新浜君が文化祭の準備にかかりっきりだった時は一緒に勉強したりする時間が減って不安な気持ちになりましたし……」


「でしょう? そして解決策はマジで簡単です」


 春華が自分の状態を理解したところで、美月が美月が身を乗り出して言う。


「この話の中心である新浜君を電話なり呼び出すなりして『一緒に歩いていたあの子はだれ!?』と聞くんですよ」


「そ、それは……確かにそれはそうですけど……もしあの女の子がすごく親密な人で、もうあんまり私には構えないとか言われたら………」


 美月が提示した解決策に怯える春華に、私たち二人は揃って『んなわけないでしょ……!』みたいな顔になった。

 

 あーもー! 自分にどれだけラブ矢印が向いているか全然わかってなくてなんとももどかしい……! 


「聞きにくいなら私か舞が聞いておいてもいいんですよ? 夏休み直前にみんなでアドレス交換会はしましたし」


 そうそう、今すぐこの場で新浜君に電話をかければそれでおしまいだ。

 何ならこの場に呼び出すのもアリだ。


「……それは……いえ、自分で聞きます。気遣ってくれるのは本当に嬉しいんですけど、なんとなく私自身が聞かないといけないような気がするんです」


「春華……」


 未知の感情に怯えながらもキッパリとそう言った春華に、私は少なからず感心した。


 春華とこうして仲良くなる前も何度か喋ったことはあるけど、その時は天真爛漫さとお嬢様らしいたおやかな物腰が印象深かった。


 けど今の春華はそこからさらに芯の強さが加わったように見える。

 もしかしてこれも新浜君の影響なんだろうか?


「なるほど、春華の意志はわかりました。では……そうと決まれば景気づけですね!ちょうどスイーツも来ましたし!」


 話に区切りがついたそのタイミングで、店員さんが「おまたせしましたー」といくつものお皿を運んできて私たちのテーブルに並べていく。

 どうやら美月が先に注文していたらしい。


「わぁ……!」

「おおー!」


 春華と私は感嘆の声を上げた。

 

 目の前に輝いているのは絢爛なパンケーキだ。

 白くてフワフワなのが三段重ねになっており、シロップ、フルーツ、生クリームがたっぷり乗せてある。


 他にもカラフルなマカロンが山と積まれた皿に、ミニサイズのケーキやスコーンのアラカルトが可愛く同居している皿もあり、私も春華も自然と目が輝く。


「意気消沈しまくっていた春華のために勝手ながらどっさり頼みました! 落ち込んでいる時はとにかくスイーツ! 身体が砂糖で出来ている女の子にこれ以上の特効薬はありません!」


「おお、美月ナイス! やっぱりいっぱいのスイーツは正義だよね!!」

「た、確かに甘い物を食べると問答無用で元気が出ます……!」


 力説する美月に私と春華は全力で同意した。

 男子にはわからないかもしれないけど、女子高生という生き物には燃料としてのスイーツが必要なのだ。


「紅茶もポットで頼んでいるので一緒にガンガン食べましょう! というか私はもう我慢できないので食べます!」


「は、はい……! 私も食べます!」


「待てないのは私も同じだってー! いただきまーす!」


 そうして私たちは揃ってパンケーキに取りかかり――


 その場に乙女三人の笑顔が咲いた。


「はああああああ、美味しい~~! パンケーキってただのホットケーキじゃんとか思ってたけどフワフワさが違うね!」


 厳密に言えばホットケーキもパンケーキもただ呼び方が違うだけらしいけど、まあそういうことはどうでもいい。美味しくてオシャレであればそれが女子の正義なのだ。


「ええ、食感も最高で生クリームが良く合いますね。シロップもあるのでべらぼうなカロリーを含んだ罪の味でもありますが」


「ちょおおおおお!? スイーツを食べる時の最大の禁句を口にしちゃダメー!?」


「ふふ、そういう反応が見たくてつい言ってしまいましたが、考えてみれば運動部の舞より運動大っ嫌いな自分の方が絶対に体重増えると気付いて、今密かに胸が苦しいです」


「何やってんのもう!? 美月ってたまに馬鹿になってない!?」


 スイーツを挟んで私たちがそんなじゃれ合いをしていると――


「ふふ……あははは……」


 春華が笑っていた。

 面白くて仕方が無いというふうに。


「ごめんなさい、お二人のやり取りが面白くて嬉しくて……」


 普段に近い調子を取り戻した春華が、パンケーキをさらに一口パクっと食べる。

 スイーツはやっぱり偉大のようで、染み渡る甘さに春華の顔がほころぶ。


「お二人にも少し話しましたけど……私ってずっと友達がいなかったので、こういう女子の友達同士の集まりなんて初めてなんです」


「春華……」


 実を言えば、こうして仲良くなる前は私も春華を特別視していた。

 ものすごい美人で私とは違うハイクラスな人なんだから、恋愛経験もすっごい豊富で友達なんて一大グループが出来るくらいにいるだろう――そう勝手に思い込んでいた。


 だから春華が交友関係の少なさをカミングアウトした時、私はとても勝手なイメージで春華を見ていたことを恥ずかしく思い、同時に『この子に友達らしいことをいっぱいしてあげなきゃ!』と心に誓ったのだ。 


「私なんかの悩みをちゃんと聞いてくれて、励ましてくれて、一緒にお菓子を食べて……本当に幸せです……お二人と友達になれて良かったです……!」


 瞳を微かな涙で潤ませて、春華はぱああっと歓喜の笑顔を浮かべる。


 そのどこまでも清らかで綺麗な笑みの破壊力はものすごく、一瞬意識が飛んでしまったばかりか同性なのに完全に見惚れてしまった。


(か、可愛すぎ……! や、ヤバイってこれ! 女の子同士なのに頭がボーッとしちゃうとか!)


 今更だけど、本当に春華ってあらゆる意味で美少女すぎる……!


「……こんな天使みたいな子を嫉妬だけであんなに落ち込ませるとか……新浜君は一度爆発した方がいいのでは?」


 美月のぼそりとした呟きに、私は心の中でめっちゃ頷いた。

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