第62話 紫条院春華の嫉妬


 私は紫条院春華。

 最近毎日が楽しくて浮かれている平凡な女子高生だ。


 今は私は、スカイブルーのTシャツとベージュのプリーツスカートという服装で街を歩いていた。日差しはとても強いけど私の足取りはとても軽い。


(ああ……女の子だけの集まりなんてとてもワクワクします)


 『夏休みですし、カフェでお茶でもしませんか? 我々三人はどうもそういうキャピキャピ分が足らないので、たまにはツルんでダベるという女子高生の仕事をすべきかと』


 風見原さん……もとい美月さんのメールに、私は一にも二にもなく賛成した。

 そして、今はその約束の場所であるカフェへ向かっている途中だ。

 

 ちなみに名前呼びについては舞さんが『ねえねえ、いい加減に名字呼びだと他人行儀すぎない?』と提案してそういうことになった。


 昔から名前で人を呼ぶことに慣れていない私は『筆橋さ……あ、いえ舞さん……』とフレンドリーな呼び方に恥ずかしくて頬を染めてしまい、二人からは『さすが春華……なんとも破壊力の高いあざとさですね』『うわあ……ドギマギしながら名前を呼ばれると同じ女の子でもクるものがあって危険だよこれ……』とかよくわからないことを言われてしまった。


(ふふ、名前呼びというお友達のステップを踏んで、今日は女の子同士のお茶会……本当に幸せです。今の私はとても女子高生らしいです!)


 本当に……こんな幸福な状況になるなんて、二年生になったばかりの頃は想像していなかった。


 思えば、私はいつも青春を逃して寂しい思いをしていた。


 小学校・中学校の時は、私と向き合ってくれる人はいなかった。

 不自然なほどにおべっかを使う人、敵愾心を燃やして私を攻撃する人、私と関わることを怖がって必要最低限の関係だけに留めようとする人――女子はおおむねそのいずれかに別れていたと思う。


(私はただ普通に……友達と一緒に他愛ないお喋りをしたり、一緒に遊んだりしたかっただけのに……)


 そうして青春を諦めつつあった時に、私に転機が訪れた。

 ある日突然明るくなった新浜君とよくお喋りするようになり、そこから様々なことが変わっていった。


 その中でも一際大きかったのが文化祭で、あれは新浜君がいなければあんなにも思い出に残るようなイベントにはならなかっただろう。


 そして、その中でのトラブルや苦労を通して私にも友達が出来た。

 クールに見えて割とお茶目な風見原美月さんに、いつも明るくて笑顔が可愛い筆橋舞さん。

 二人とも私をごく普通に扱ってくれるのがとても嬉しい。


(本当に新浜君には感謝してもしきれません……一度家でお礼のおもてなしをしましたけど、あれでも全然足りないと思います)


「でも新浜君が喜ぶものって一体……え?」


 ふと視線の先に見つけたのは、私服姿で汗をぬぐいながら歩く新浜君だった。


 その瞬間、私の心がぱあっと明るくなる。

 夏休みに入ってさほど日数が経っているわけではないのに、まるで何ヶ月も会っていなかった家族に会ったみたいに気持ちが弾む。


「新浜君! 奇遇です……ね……?」


 呼びかけようとした声は、尻すぼみになって消えていった。

 何故なら、新浜君は一人じゃなかったからだ。


 その隣を歩いているのはツインテールが似合っているとても可愛い女の子だった。年齢は私より1、2歳下くらいで……新浜君とその子は気軽に談笑しており、とても親密な関係なのは一目でわかった。


「………………」

 

 それを見た瞬間、何故か私の身体は凍りついた。

 呼吸が苦しくなり、血の流れが止まったみたいに体がどんどん冷たくなっていく。


 私が呆然としている間に二人は雑踏に溶け込んで見えなくなる。

 けれど依然として頭の中が整理できない。

 

 全身が鉛になったように重くなって、心に鋭利な刃物が刺さったみたいに痛む。


(な、なんなんですかこれ……? ただ新浜君と他の女の子が歩いているのを見ただけでどうして……)


 自分の心がわからない。

 どうしてこうなっているのかが把握できない。


 締め付けられる胸を抱え――新浜君と女の子が消えていった方向を見つめたまま、私はその場にしばらく立ち尽くしていた。




 私は筆橋舞。

 身体を動かすことが趣味の陸上部女子だ。


 今日はクラスの女子三人揃ってのお茶会で、私はとっても浮かれていた。


 部活仲間とだとどうしてもお腹にたまる買い食いとかがメインなので、こういういかにも女子っぽい催しはとっても新鮮で今ドキの女子高生になったような気分になる。


「やっほー! 春華も美月も早い……ね……?」


 待ち合わせ場所のカフェに入って席に行くと、もう二人は席に座っていた。

 けどなんだか様子がおかしい。


「ちょ、ちょっどうしたの春華!? なんかこの世の終わりみたいな顔をしているけど!?」

 

 テーブル席に座る春華は、いつもの天真爛漫な笑顔が消えてどんよりと暗雲を背負ったように落ち込んでいた。

 目が死んでおり、身体中から生気がなくなっちゃってる。

  

「それが私にもよく……ここにやってきた時からすでにこんな状態だったんです」


 どうやら美月も事情を知らないらしく、困惑した様子で言う。


「ええ……? 春華ってこの集まりをあんなに楽しみにしていたのに……」


 美月がこの提案をした時、春華は『ぜひぜひぜひやりましょう!!とっても楽しみです♪』と返信するほど乗り気だった。

 それがどうしてこんな株で財産を溶かした人みたいな顔に……?

 

「ああ……美月さん……舞さん……来てくれたんですね……」


 うなだれていた春華が泣きそうな顔をよろよろと上げる。

 

「……すいません……突然ですけどお二人に相談したいことあるんです。聞いてもらえますか……?」


「ほほう、相談したいことですか? もちろん私は全然OKですよ」


 メガネをクイっと上げつつ美月が言う。

 普段は真面目な見た目でクールに見えるけど、美月は割と好奇心旺盛だ。

 しかも友達に頼られるのが嬉しいタイプなので、ちょっとテンションが上がってるっぽい。


「うんうん! 私も何でも相談に乗るよ! それで何があったの? 親と喧嘩でもした? それとも携帯で電話しすぎて二万円くらい請求されちゃった?」


「はい、それが――」


 そうして春華はこのお茶会に来る途中であったことを語った。

 街中で偶然にも新浜君を見つけたこと。

 その隣にはすごく可愛い女の子がいてとても親密そうだったこと。


 そして、その光景を見た春華が原因不明の心の痛みに苛まされているということだった。


「新浜君が誰とどうしていようと自由なはずなのに……何故か私はとても心が痛むんです。もうわけがわからなくて……」


「「………………」」


 真剣に悩みを訴える春華に対して、私と美月はなんとも言えない微妙な顔で沈黙した。

  

 ええと……どう答えればいいのこれ……?

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