第60話 今度こそ妹の笑顔を裏切らない②


「あー……暑かった……もう乙女が汗臭くなるなんて……」


 クーラーの効いた喫茶店で俺の対面に座る香奈子が、アイスティーを片手に疲れた声で言った。


「クソ暑い中で馬鹿な言い合いして無駄に水分失ったな……今更ながら日本の夏って暑すぎだろ」


 未来ではさらに夏の最高気温が上がって、無防備だとマジで死ぬ日も多くなると知っている身としてはちょっと憂鬱だ。

 暑さって外回りの大敵だったからなあ……。


「ところで買い物はこれでお終いなのか? 荷物持ちなんて言われたから沢山買いこむのかと思ったらささやかなんだな」


「私もお金があったら服とかアクセサリーとか無限に欲しいんだけどねー。いくらモテ中学生の香奈子ちゃんでもお金はどうにもし難いんだもん……ああもう、世界に私の可愛さを公開してお賽銭みたいに美少女見物料とか取れたらいいのに……」


「おいおい何をアホな――」


 言いかけて、未来では美女やイケメンの動画配信者が自分の容姿を武器にして視聴者から俗に投げ銭と呼ばれる収益を得ていたことを思い出す。

 ……世の中何が実現するかわからんな……。


「でもまー、今日のデートもどきのアレコレはきちんと憶えておいてよ兄貴。いくら男女平等って言っても女の子はやっぱりに男の子に頼りがいを求めるもんなの。デートの時は明るく、優しく、慌てずが基本ね。特に童貞ってトラブルに弱くてアタフタしがちだし」


 アドバイスは受け取っておくけど店の中なんだから言葉を選べ……!

 童貞とか軽く言うなっての!


「まったくお前はいっつも人を童貞童貞と馬鹿にしやがって……」


「ま、私だって男子と手を繋いだことすらないんだけどねー」


「は?」


「へ?」


 顔を見合わせた香奈子と俺が目を瞬かせる。 

 え、いや、ちょっと待て。


「いやいやいやいや! お前ってめっちゃモテるっていつも言ってただろ! 毎回出てくるあのアドバイスだって付き合った経験から来てるんじゃなかったのか!?」


「ああうん、めっちゃモテるのはその通りで今まで十数人に告られて全部付き合ったよ? でも必ず途中で『違うなー』って結論になるから、5分から一ヶ月くらいで全員別れたけど」


「早いなおい!? というか5分の奴は付き合ってないだろ!?」


 ということは……交際人数は多くても誰とも恋人と言えるような関係にならず、お試しみたいな付き合いしかしてないってことか? 


「それでそんな私を見て『男を取っかえ引っかえしている恋愛マスター』って噂が学校に流れて恋愛相談に来る子が増えちゃってねー。それを延々こなしていたら自分の経験+色んな体験談のおかげで色々わかるようになったんだよ。なんかこう、弁護士が大量の離婚相談をこなしていったら夫婦の心理にめっちゃ詳しくなったみたいな?」


 中学生にしてはありえないくらい経験豊富かと思えばそういうことかい!

 どおりで彼氏の影とか全然ないはずだよ!


「ってことは……さんざん人のことを童貞とか言っておきながらお前もウブな耳年増じゃねーか!」


「あ、アドバイス自体は実戦で使えるんだし別にいいじゃん! 兄貴だって妹がビッチじゃなくてちょっぴりホッとしてたりするんじゃない!?」


「うぐ……」


 珍しくたじろいだ香奈子がそっぽ向いて言い返す。

 そしてそれは図星だった。


 香奈子が誰と付き合っていても別に構わないけど……まだ誰かの彼氏じゃなくて俺の妹であることに少し安心してしまった自分がいる。

 つまるところ俺は、今世でようやく仲良くなれた妹をとられるのが嫌らしい。


「ほら、私のことはいいから紫条院さんのことを話してよ! この前はまだアドレス交換ができてないとかほざいていたからちょっと呆れちゃったけど……その後は上手くやったんだよね?」


 俺の恋愛事情を聞く時はいつもそうであるように、香奈子は目をキラキラさせて身を乗り出す。さっきの話から総合するに……こいつって自分の恋愛より他人の恋愛の方がワクワクするだろうなぁ。


「ああ、その辺はちゃんとやった。アドレスも交換したしすでに頻繁にメールを送り合っているんだ……!」


「おおおおお! やるじゃん兄貴! これでまだとか言ったら『このヘタレ童貞ー!』って罵倒してお尻を蹴っ飛ばすつもりだったよ!」

 

 何気に恐ろしいことを考えてやがる……。


「ただ……どうも俺とメールしているのかと父親の時宗さんに聞かれて、紫条院さんは笑顔で『はい、そうです!』と答えたらしくてな……」


「え……父親ってあの過保護社長でしょ? だ、大丈夫なの?」


「ああ、別に俺たちのメールを妨害したりとかそういうことはない。けど……紫条院さんがリビングでメールしているとプルプルして悶え苦しんだり、『うごおおおおお……』とか『ぐううう……』とか変な声で呻いたりしているそうだ。どう考えても『春華とあの小僧が仲良くメールしているとか耐えられるかあああ!』って感じで俺を呪ってる……」


「ぶふ……! ちょ、何それ! パパさんリアクションわかりやすすぎぃ! あははははははは! 相変わらず兄貴の恋愛事情っておもしろっ!」


 人ごとだと思って香奈子はお気楽に笑う。

 まったく……次に時宗さんと会った時のことが俺は今から怖いのに……。

 

 過保護パパの『娘に近づくあん畜生へのムカつきメーター』が夜間タクシーの料金のように日々どんどん上昇していっている様を想像し、俺はげんなりとため息を吐いた。

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