第44話 社長、怒られる



「ところで、学校での春華はどうなんだ? 上手くやれているように見えるか?」


「そうですね……やっぱり美人すぎて女子からのやっかみはありますけど、最近はトラブルもなく行事とかも笑顔で楽しんでます」


 まるで予想していなかった圧迫面接という嵐が過ぎ去り、俺と時宗さんは揃って部屋を出て、リビングへと移動しているところだった。


 普通の家庭ならすぐの距離だが、こうまで家が広いとまるで移動教室である。


「そういえば……文化祭で一緒に食事した時は焼きソバが好きだって言ってましたね。小さい頃に両親と縁日に行った時に食べた思い出の味だからって」


「……そうか。あの頃に寂しい思いをさせてしまったからこそ、数少ない思い出が輝いているとすれば手放しには喜べんが……ん? いや待て『文化祭で一緒に食事した時』……? 君と春華の二人で?」


「おっと、やっとリビングに到着ですね。いやあ、道に迷いそうでした」


「誤魔化すな貴様ぁ! 私の目の届かないところで何をやった!?」


 短い時間ながら濃厚に本音をぶつけ合ったせいか、俺も時宗さんも何か殻がとれたようにお互いへの接し方が変わっていた。

 

 これはおそらく良い変化なのだろう。少なくとも、時宗さんは俺という存在を認可してくれているのだから。


「あ……新浜君!」


 リビングに入ると、すぐに紫条院さんが駆け寄ってきてくれた。


「大丈夫ですか!? お父様に何かひどいことを言われませんでしたか!?」


 俺と時宗さんの話し合いの間ずっとここで待っていて、俺を心配してくれていたのだろう。その優しさに面接で酷使した神経がじわりと癒やされる。


「いや、大丈夫だよ。心配するようなことは何もないって」


「そんなに服を汗で湿らせていて、何でもないわけないです!」


 あー……確かに最後の方まで汗ダラダラだったもんな。

 シャツとかまだ微かに透けちゃってるか。


「お父様!」


「お、おう……何だ春華?」


 矛先が向き、時宗さんが後ずさるような声を出した。


「小一時間も新浜君を閉じ込めて一体何の話をしていたんですか!?」


「い、いや、彼とは男同士の話し合いを……」


「それにしても長過ぎです! あと、さっき帰ってきた時に『なんだお前は』なんて失礼なことを言ってしまったのはちゃんと謝ったんですよね!?」


「それは、その……」


 流石の社長もプンプンと可愛く怒る娘の前には形無しだ。

 そしてその様を俺が興味深く眺めていると、時宗さんが小声でボソボソと話しかけてきた。

 

(おい、助けろ新浜君……! ここで私に恩を売っておくのが賢いぞ!)

 

(いえいえ、父娘のコミュニケーションを邪魔するのは悪いかなって)


(き、貴様……! さっきまで汗ダラダラだったくせに急に図太くなりおって!)


(はは、時宗さんが俺の肝を太くするほど威圧してくれたおかげですよ)


 俺個人としてはあの面接自体は父親のサガとして仕方ないとは思うが、家に招待した友達を急に連れて行かれた紫条院さんの怒りももっともだ。

 そこはきっちり受け止めてもらおう。


「何をボソボソと言っているんですか! ちゃんと答えてくださいお父様!」


「いやあの……しかし春華お前、本当に怒るようになったんだな……」


「もう、誤魔化さないでください!」


 紫条院さんは今まで家の中でも怒りを露わにしたことがなかったのか、時宗さんは目を白黒させている。もしかして紫条院さんがこんなに父親に強く出るのも初めてなのだろうか。


「新浜君、お疲れ様。うちの人が本当にごめんなさいね」


「いえ、そんな……」


 そして俺は秋子さんに労いの言葉を貰っていた。

 どうやらこの人も娘と一緒にずっとリビングで待っていてくれたらしい。

 

「それでその……君のその晴れ晴れとした顔といい、あの人と気さくに話していることといい……もしかして……?」


「ええ、なんとか友達として春華さんのそばにいる許可は頂きました」


「ウソぉ!? い、一発でOKが出たのぉ!?」


 時宗さんが面接に走ることを見通していた様子の秋子さんだったが、この展開は予想外だったのかとても驚いた顔を見せた。


「い、一体どうやったの? あの人のことだから大人げなく超圧迫面接モードだったんでしょう!? 私としては今回は怖くて何も喋れなかったとしても、『春華と仲良くなりつつ徐々に攻略していけばいいわよ♪』って慰めるつもりだったのに!」


「はは……心臓が口から飛び出そうなくらいビビりましたし色々とダメ出しもされましたけど、無我夢中で言葉を尽くしたらギリギリで……」


「はぁぁ……春華が連れてきた子だし、ひょっとしたら一発でいけるかもとは思っていたけど……本当に凄いのねぇ君は。本当に高校生なの?」


「う……まあ、フレッシュさがないとは時宗さんにも言われました……」


 すいません。心の年齢は肉体相応の16歳だがメンタルはおっさんです。


 というかあの圧迫面接を突破するには、そんなチートでもないと普通の高校生じゃ無理ですから! 


「新浜君! これからティータイムの予定だったのですけど……ここにいたらお父様がまた変なことを言い出すかもしれませんので場所を移しましょう!」


 時宗さんに怒っていた紫条院さんが、突然俺へそんな提案をした。

 ちなみに娘に糾弾された時宗さんは、その背後でしょぼんと悲しそうな顔でうなだれている。


「あら春華。それはもちろん構わないけど、どこの部屋を使うの?」


「はい! せっかくだから私の部屋に案内しますね!」


「「えっっ!?」」


 笑顔であっさりと言う紫条院さんに、俺と時宗さんの驚愕の声がシンクロする。


 わ、私の部屋……!?

 私の部屋ということは……いつも紫条院さんが着替えたり寛いだり就寝したりしている部屋ということ……か……?


「ま、待てええええええ! 何言っているんだ春華!? というかお前ももう高校生なんだからいい加減無邪気な行いも自重しろ! 男を部屋に連れ込むなんて許されるわけうぶぅ!? ん゛、うむぅー!?」


「ふふ、ちょっと黙っておきましょう時宗さん」


 時宗さんの背後から秋子さんの腕がすっと伸び、顔面締めによってそれ以上の発言が封じられる。


「この人は私がこうして押さえておくから、二人とも早く行きなさいね~。あ、冬泉さん! 春華の部屋にお茶とお菓子を!」


「承知しました奥様」


 ギリギリと顔面をホールドされた時宗さんが「ん゛ん゛ん゛ん゛! ん゛ん゛ー!」と呻く中、部屋の端に待機していた若い家政婦さんが眉一つ動かさずに頷く。


「ありがとうございますお母様! さあ行きましょう新浜君!」


「あ、ああ……」


 妻のホールド技を食らって呻きまくっている大会社の社長を見て、俺はなんとなくこの家における真の力関係を理解した。


 例えどんなお金持ちや名家だろうが人類普遍の法則として――女は、強い。

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