第30話 かくて決着はつき勝者は決まる


 期末テストの成績表が貼り出された廊下は大いに賑わっており、成績優秀者上位100位以内に自分の名前を見つけて快哉を叫ぶ者もいれば、がっくり肩を落として帰って行く奴らもいる。


「しかし御剣の王子野郎は全然お前に接触してこなかったな……てっきり『お前がいくら努力しようと無駄だゲラゲラ』みたいなイベントが一度はあるかと思ってたのに」


 人の多さでなかなか前に進めない中、銀次が呟く。


 そこについては俺も多少は警戒していたが、確かにあいつは俺に一方的に勝負を言い渡したあの日から特に姿を見せなかった。


「多分……この勝負は御剣にとって紫条院さんの周囲からうるさいハエを取り除くだけの『作業』に過ぎないんだよ。俺の事なんて勝ち確定の敵キャラAくらいにしか思ってないから嫌味を言うほどの関心もないんだと思う」


「マジか……勝つのが常識って奴の頭は俺にはわかんねえな」


「俺もだよ。特にあの王子サマは自分をマジで貴族か王族だと思い込んでるから……おっ、やっと成績表の端っこが見えてきたな」


 押し合いへし合いしている生徒達をかき分けて進むと、成績表の一部が見えてきた。そこには大きなフォントで各科目及び総合平均点が記載されており、多くの生徒はそれを見に来ているのだ。

 

「……今すぐトラックに轢かれて異世界に転生したい」


「おいおい、いきなりなんだよ銀次」


「元々100位以内に入ってるなんて夢にも思ってねえし、俺に関係あるのは平均点だけだったんだけど……俺の自己採点よりかなり高いんだ……」


「それは……うん……」


 かける言葉なんてあるわけがない。

 時間があったら今度はこいつの勉強も見てやるか……。


「――おい、そこのお前。こっちを向け」


「……っ、御剣……!」


 声の方向に振り返ると、長身のイケメンが偉そうにふんぞり返っていた。


 御剣隼人。『王子様』なんて呼ばれているチョモランマ級のクソ男だ。

 

「名前は……新浜だったか? 俺との勝負は忘れていないだろうな。これでようやく春華の周りからお前を排除できると思うと清々する」


 こ、この野郎……!

 自分で勝負なんて言い出しておきながら俺の名前すらうろ覚えかよ!


「あの時も言ったけど、俺はそんな勝負を受けた覚えはないぞ。お前が勝手に言っているだけだろ」


「学習能力がないのか? 以前に言ったとおり俺が決定したことをお前に拒否する権利なんてない。このテスト勝負の敗者は二度と春華には近づかない……俺が決めた以上それがルールだ。お前の意思がどうあろうとな」


 決まりきった常識を語るかのように、御剣は小学生のたわ言にしか聞こえない理論を口にする。


(もうある意味すげえなこの腐れイケメン……大量のイカれクレーマーを相手にしてきた俺でもここまで頭がイッてる逸材はなかなか見たことがないぞ)


「お、おい、話には聞いていたけど……マジかこいつ……? 頭おかしいにも程があるだろ……」


 俺の隣にいる銀次が呆然となりながら俺に囁く。

 

 ああ、お前の感覚は正常だよ銀次。

 こいつは何をどう見ても頭おかしい。


「ふん、この俺が相手をしてやるんだ。無駄な努力くらいはしてきたんだろうな?」


「……そういうお前は自信たっぷりだな。よっぽど勉強したのか?」


「いいや? 地を這う亀を相手に飛び方の練習をするハヤブサはいないだろう。あの程度のテストなら地力で1位が取れる。必要以上の時間を割くほど俺はヒマじゃないんだ」


 馬鹿なことを聞くな、と言わんばかりの御剣が吐き捨てる。

 

 自分をこの世界の最強系主人公とでも思っているかのようなその態度は、大人の経験を持つ俺には殊更にイタい。


「では、さっさと終わらそう。おい、お前ら成績表の前からどけ!」


「はぁ? なんだよお前って……御剣!? は、ははっ、悪い悪い! 邪魔になっちまってたな!」


「ご、ごめんね御剣君! ほらみんなどこう! 御剣君が成績表見たいって!」


 御剣が偉そうな一声をかけると、男女問わずその道を譲りだす。

 誰も彼もがこいつの言葉を無視できない。


 イケメンな顔、運動神経、学力、親の社会的地位――そんな人間にとって本来オプションパーツでしかない要素がこいつに王子様としての権力を与えているのだ。


(大人の世界でも少なからずそうだけど……学生の時って特にそういうオプションパーツのデカさを人間の価値と混同しがちなんだよな。別にイケメンでモテる奴とかスポーツで活躍している奴とかが無条件で偉い訳でもないのに……)


 そして、俺と御剣はモーゼの十戒のように割れた人垣の中を進み、すべての結果が記されたその場に並び立つ。


「さて、では勝負だ新浜! 自分の雑魚さをたっぷり噛みしめろ!」


 わざとらしい大声で御剣が宣言し、周囲の奴らは『勝負……?』『なんだなんだ?』『御剣とあの新浜って奴がテストの点数を競うってことか?』とざわめく。


 なるほど……「教育してやる」とか言っていたし、こうやって周囲に『勝負』の図式をアピールすることで注目を集めて俺の敗北感を増幅させる気か。


「ふ……普段なら上から見るところだがお前がどこまで食い下がったか見てやろうか。50位以内に名前があったら褒めてやるぞ」


 御剣はニヤリと笑って指を100位からツーっとなぞっていく。


 おそらくこれも周囲の目を集めるパフォーマンスであり、俺を少しでも苦しめるための前振りだろう。


「おやおや、まったく名前が見つからないな? それとも多少は上に行けたのか?」


 期末テストは全10教科で、ここに記載されている順位はその総合点だ。


 つまり最大点数は1000点であり、御剣の言う勝負とは俺たち二人の内どちらがよりそこに近いのかを競うことにある。


 そして……御剣の指は進む。

 周囲の生徒達も御剣が成績優秀者の名前をなぞっていくのを興味深そうに見ており、俺は大量の視線に晒されているのを感じた。


「とうとう10位以内だぞ? 9位……8位……7位……6位……はははははははは! なんだ結局ランク圏外か!」


 御剣が俺を嘲笑する。

 なぞる指が昇っていけばいくほど、その笑いは大きくなる。


「なんだ結局勝負する価値すら……なに……?」


 御剣の指がぴたりと止まる。

 そこに記されていた名前とランクは――


 総合成績 2位 御剣隼人 959点


 うわぁ、勉強せずに平均95点越えかよ……頭がいいのはマジなんだな。


「馬鹿な……俺が2位だと……? なら誰が1位に……」


 御剣が顔を仰ぎ成績表のトップにある名前を見た。

 周囲の生徒達も同様にその一点に視線を集中させた。


 そして、そこに記されていた名前は――



 総合成績 1位 新浜心一郎 971点



「や……やったぜ新浜ああああああああああああ! ほれ見ろよマジ1位だ! ははははは! すげえ……マジでやりやがったぜこの野郎ぉ!」


 興奮しきった銀次が絶叫し、俺を成績1位の『新浜』だと認識したその場の生徒達全員が驚愕の表情で俺を見る。


「そんな……ばか、な……こんな、こんなことはありえない……」


 御剣は茫然自失といった様子で、俺という『下』が自分という『上』を上回った結果を凝視していた。


 まあ、俺を雑魚認定している御剣にとってはアイデンティティが揺らぐほどのショックだろう。


 しかし――本当に俺は勝てたんだな。


 勝ち組を負かして、俺が上回ったんだな。


(……いよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおしっ! 勝った……勝ったぞぉぉぉぉぉ! ざまあ見ろこの腐れイケメンが! その吠え面を俺は見たかったんだよ!)


 俺は表面上は平静を装いつつ、胸中では喝采を上げた。

 正直このクソ王子には相当ムカついていたので、爽快感が半端ない。


「なにが……どうなってる。どうして俺が……あんな雑魚に……」


 御剣がまだ現実を受け入れられない様子で呟くが、まあ要因は色々ある。


 まず第一に、俺は前世のようなブラック企業に入社する未来を回避するために学力が必要だと痛感しており、今世では勉強に力を入れてきた。


 学生の頃は苦行だった勉強も今世ではその価値と楽しさを知り、中間テストではすでに10位になるほどの実力を培っていたのだ。


(けど、なんと言っても最大の要因は他ならぬ紫条院さんだな)


 ラノベ禁止令を回避するために期末テスト対策の勉強を教えて欲しい――紫条院さんからそう頼まれた俺はその喜びと使命感から完璧を求め続けた。


 紫条院さんから聞かれた質問に『わからない』などと言いたくなかったため、あらゆる教科の教科書をほぼ丸暗記し、授業内容はもちろん各先生の出題傾向まで抑えた『真・完璧ノート』を作成し、果ては問題の作成まで行っていた。


 勉強会自体は週に数度だったが、俺はプライベートの時間も使って絶えずその仕込みをやっていたのだ。 

 

 そしてその活動は、中間テスト直後から文化祭を挟んで現在に至るまでずっと続いていた。何せ、やればやるほど紫条院さんの期待に応えられて、ついでの自分の学力も上がるのだ。こんなに美味しい話はない。


(前世で同じテストを受けてたのもプラス要因だったな。当然14年前に受けたテストの内容なんて忘れてるけど、実際に授業を受けてたら段々記憶が蘇ってきてどの辺りが試験に出たかは多少思い出したし)


 そしてそういった諸々の要素の結果――俺は試験範囲を網羅していると言ってよいほどに習熟した。おそらく、この期末テストをここまで偏執的に対策した奴は俺以外にいないだろう。


「ずっと言ってるとおり、俺はお前との勝負なんて受けていない」


 圧倒的な自負心を失ってフラつく御剣に、俺は言葉を投げる。


「けどどうしてもお前が点数の比べっこがしたいのなら、あえて言ってやるよ」


 そうして俺は口にする。

 負け続けた前世では終ぞ使わなかった勝利者の言葉を。


「俺の勝ちだ――御剣」


 ざわめく大勢の生徒たちに囲まれる中で、俺は宣言した。

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