第31話 普段の行いって大事だな


「ウソだろ……新浜がマジで1位だ……」


「あいつそんなに頭が良かったのか……?」


「え、何? 俺の勝ちって……あの新浜って人と御剣君がテストの順位で勝負して御剣君が負けたってこと……?」


「おいおい……御剣の奴、めっちゃショック受けてるぜ。普段死ぬほど偉そうにしてる割にざまぁないな」


「ぷ、くく……! ご、ごめん笑いが……! 御剣君さっきまであんなに自信たっぷりで順位を数えてたのに……あの目をむいて魂が抜けちゃったみたいな顔……!」


 俺の勝利宣言を聞いた周囲の奴らが、ざわざわと騒ぎ出す。


 御剣が衆人環視の中で勝負の結果を明らかにしようとしたのは、俺に赤っ恥をかかせて身の程をわきまえさせるためだったんだろうが……そっくりそのままお前に返ってきてしまったな?


「お前……! おまえええええええええ! 何か不正をしただろう! そうでなければ俺が負けるはずがない! 俺が、負けるはずが……!」


 敗北のショックで固まっていた御剣が吠える。

 おうおう、怒りに震えているな。


 まあ、今のお前の状態は大体予想できるよ。


 勝ち組のお前は勝つことが当たり前で、それがねじ曲がったプライドの基盤でもある。俺に負けたこと認めたら、自分というものが崩壊してしまいそうなんだよな。


「不正なんかしてない。俺はただ努力しただけだ」


 人生やり直しによる勉強への意識改革が不正と言えばそうだが、この結果は間違いなく努力によるものだ。


「ふざけるな……! 努力なんかで凡人が俺に勝てるわけがない! 雑魚は何をやっても俺に及ばないくだらない存在だから雑魚なんだ……!」


 なるほど、そういう世界観なんだな。

 自分が労せず蹴散らせる凡人が弱すぎて、同等な人間だと思っていない。

 だからこその雑魚呼ばわりか。


「お前がどう思おうが勝手だけど、事実としてテストの総合成績は俺が勝った。それで……お前さっき何て言ってたっけ?」


 さきほど御剣が俺に言い放った頭がおかしい台詞は、重要な言質になると踏んで全部覚えている。


「『このテスト勝負の敗者は二度と春華には近づかない』『お前の意思がどうあろうとも、俺が決めた以上それがルールだ』って確かに言ったよな」


「な……っ」


 紫条院さんの名前を周囲に聞かせたくないので小声で告げると、御剣の奴はどうやら自分の言葉を思い出したようだった。


「ってことはだ。勝負なんて受けてないっていう俺の意思は一切考慮されず、お前の決めたルールに則って、敗者のお前は二度と紫条院さんに近づいちゃいけないわけだ」


「貴様……! 貴様などが……よくも俺を敗者などと……!」 


「敗者だろ? 周りの目を見てみろよ」


 俺がそう告げると、御剣の奴は初めて周囲の様子を認識したようだった。


 この場にいる大勢の生徒から御剣に集まる視線に同情はない。


 さんざん勝負だと叫び、騒ぎ、俺を煽った末に敗北した王子に向けられるのは、呆れた顔か、小馬鹿にした目か、もしくは失笑だ。


 こいつの味方をしようという奴は、誰もいない。


「お前の決定に勝るものはないんだろう? ならどれだけ悔しくてもちゃんとルールは守れよ御剣」


「何を……! 雑魚が……雑魚のくせにっ……!」


「ま、どう呼んでくれてもいいけど……その雑魚に負けたんだからお前も雑魚なんじゃないか? もしくは下魚(げざかな)?」


「~~~~~~~っ!」


 御剣が屈辱に震えるように歯を噛みしめ、親の仇でも見るかのような視線を向けてくるが、もはやこれ以上付き合うつもりはない。


 俺は話は終わりだとばかり踵を返し、銀次と一緒に教室へ引き上げた。




「おう、お帰り新浜! 1位おめでとうなー! いやお前マジすげーわ!」


「前回の10位も凄かったけど1位は凄すぎだって! どういう勉強したの!?」


「コツとかあんのか!? 正直死ぬほど教えて欲しいんだけど!」


「え、ちょっ……え?」


 教室に入るなり、ツンツン頭の男子生徒である赤崎を始めとして大勢の生徒が祝福の声を上げ、俺はかなり面食らった。


 な、なんか情報早くないか?


「ああ、お前は気付いてなかっただろうけど、あのテスト勝負で騒がしくなったんで、うちのクラスからも結構な人数が来て遠巻きに見てたんだぞ。御剣が成績表を指でなぞり始めたあたりから、負けて大勢の前で赤っ恥をかくまでな」


「え……全然気付かなかった……」


 銀次の説明を受け、俺は頬をポリポリとかく。

 まあ、あれだけ騒げば近くのクラスは何事かと出てくるか……。


「それで……なんで筆橋さんは目をつぶって俺を拝んでるんだ」


「眩しい……! 今の新浜君は私には眩しすぎるの……! 瞼を開けたら学年1位の光で目が潰れちゃうけど、こうして御利益に預かりたいから拝んでるんだよ!」


 手を合わせて拝むな!

 大仏か俺は!?

 

「感謝するぞ新浜! よくやってくれた!」


 ずいっと身を乗り出してきたのは野球部の塚本だった。

 なんだか知らないが、めっちゃヒートアップしてる。


「あの御剣とかいうクソ野郎は、この前俺の彼女があいつの前を歩いていたってだけで『どけ、雑魚女』なんて言いやがったんだ……! その場でぶっ殺してやろうかと思ったけど野球部に迷惑かかるからって彼女に止められて、ずっと悶々としていたんだよ! あいつに吠え面かかせてくれて本当にありがとう!」


「そりゃあまた……災難だったな」


 ロクなことしてねえなあいつ……。


「そうそう、俺の別クラスの友達はあいつに廊下で肩が当たっただけで『俺に触れるな雑魚!』ってキレてめっちゃ怒鳴られたし! 大方お前もあいつから因縁つけられていたんだろうけど、返り討ちにしてくれてスカッとしたぜ!」


「あいつマジでクソだからな! 俺が缶コーヒー買って歩いていたら『ちょうど喉が渇いていた。よこせ』とか言って奪って、俺が呆然としてる間に堂々と歩き去ったんだぞ!?」


 やはりあの王子サマは俺だけじゃなくて、あちこちでトラブルを起こしていたようで、俺と御剣のことも『どうせ御剣が何かイチャモンつけてきたんだろ?』と皆が認識してくれている。そしてそれは普通に正解だ。


 しかしこれだけいざこざがあっても今まで表だってあいつに逆らう奴がいなかったのはスクールカーストの力学と……あとはあいつの家が地元の権力者ってことも関係しているんだろうな。


「1位おめでとうございます新浜君。成績貧民の私は今後貴方のことを成績大富豪の新浜様と呼びますね」


「イジメかっ!?」


 風見原ジョークは笑いどころがわかんないんだよ!


「まあ、それはともかく……あの御剣隼人に絡まれているとは知りませんでした。騒ぎを聞いて教室から顔を出してみれば、ドヤ顔で順位を数えていた王子の表情がベコベコに凹んでいくシーンに遭遇してめっちゃ笑ったところです」


「……お前もそうだけど、なんか女子もあいつが自爆して嬉しそうな奴多いな? あいつて女子人気が高いんじゃなかったのか?」


 そのイケメン王子を負かしてしまったので、俺を恨む女子もいるかもと思っていたんだが……。


「ああ、確かにあのイケメンさと傍若無人っぷりを信奉する子も学年に10人から20人はいますから女子人気が高いというのは間違いじゃありません」


 その子らもあくまで遠巻きで眺めていたい派が多いですけど、と風見原は付け加えて続ける。


「少なくとも私は無理です。人を『おい、そこの雑魚』とか呼ぶのがデフォルトの男子はリアルだとちょっと……」


「だよなぁ……」


 風見原の言葉に他の多くの女子たちもうんうんと頷いており、


「女子にも雑魚とかブスとか言いたい放題だし……」

「話していると3秒で気分が悪くなるもん」

「イケメン無罪にも限度があるっていうか……」


 と口々に言う。


 何というか……当たり前の話だけど普段の行いって大事だな……。


「あ……それと風見原さん。紫条院さんを知らないか? 姿が見えないんだけど……」


「ああ、新浜君にとっては学年1位やら王子様やらよりそっちの方が遙かに重要ですもんね」

 

 小声で聞く俺に、メガネ少女は意地の悪い笑みを浮かべる。

 

 ぐ……俺の気持ちがバレている相手はやりづらい……。


「食堂前の自販機に飲み物を買いに行ったままみたいですけど、そろそろ戻ってくるんじゃないですか? そっち方面にいけば途中で会うと思いますけど」


「そうだな。じゃあちょっと俺はこれで……」


「ええ、二人っきりの勉強会の成果をしっかり分かち合ってきてくださいね?」


 俺の恋愛事情を把握している風見原のニヤニヤ顔に顔を赤くしつつ、俺は皆に断って教室を出る。


 そう、俺にとって御剣のことも学年1位のこともさして重要じゃない。


 今俺の胸を占めているのは、意中の少女の頑張った結果だけだった。

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