第28話 この時間が至福だとは言えない(言った)

※改稿を行いました。(21/1/6 AM1:20頃)

  改稿理由については近況ノートの【「陰キャな人生を~」26話、27話、28話改稿のお知らせ】を一読ください。

https://kakuyomu.jp/users/keinoYuzi/news/1177354055549240881

21/1/6 AM1:20頃以降に初見の方は上記を読む必要はありません。




「それでここの数式に当てはめて――」


「あ、なるほど……それで値が出るんですね」


 放課後の紫条院さんとの勉強会もすっかり恒例となった。

 先生役なんて最初はどうなるかと思ったが、紫条院さんの真面目さもあり、今日まで実に順調だ。


「ふう、それにしても勉強ってどうしてこんなに辛いのでしょう……今から3年生になった時の受験が怖いです……」


 教科書やノートが載った机をじっと見て紫条院さんが呟く。

 どうやら期末テストの追い込みでやや肩が重そうだ。


「でも紫条院さんも世界史や現国は好きだって言ってたじゃないか」


「ええ……歴史を知ったり文章を読んだりするのは好きです。けれど……けれど……数学とかはどうしても辛いんです!」


 勉強のストレスでどうやらちょっとテンションが高めなようで、紫条院さんが頭を抱えて嘆く。


「あー……紫条院さん苦手だもんな理系全般……」


「そうなんです! そもそも化学や生物ならまだしもあの平面ベクトルとか三角関数とか将来本当に使うか疑問です! もう泣いてしまいます!」


 ううむ、相当テンパっている。

 ラノベ禁止令回避のためにずっと頑張ってきたが、最後の詰めにさしかかってちょっと心がお疲れのようだ。


「まあ、工学系とかの専門的な職業だと使うだろうけど……普通の仕事じゃ基本的に使わないだろうなあ」


「え……! やっぱりそうなんですか……!?」


 紫条院さんが衝撃の真実を知ったとばかりに目を見開く。

 

「こんなに苦労して覚えても社会に出た後で活かす機会がないなんて……なら一体どうして私たちはこんなものを学んで……?」


 うん、みんな一度はそこを考えるよな。

 特に数学とか古文とか。

 漢文に至ってはアレもう暗号解読の訓練かと思う。


「まあ、身も蓋もないことを言えば学歴や受験のためだろうけど……どういう意義があるのかと言えば俺は自分を知るためだと思ってる。将来の実用性があるなしに関わらず色んな事を学べば、どの分野が自分に適性があるのかわかって将来の方向性を決めやすくなるし」


「それは……そうですね。私は数学者とかプログラマーとか絶対無理です……」


 俺の平凡な論なんかに紫条院さんは深く納得して頷く。

 素直だ……。

 

 ちなみに偉そうに語っている俺だが、前世の高校時代において勉強は万遍なく苦手で、自分の適性も何もロクに見分けられなかった。


 今にして思えば、母さんが出してくれた学費を無駄にしまくっていたのだと気付いて胸が痛む。


「あとはまあ……一応ここって高校だからな。俺たちは入試受けて授業料を払ってまで中学より難しい教育を受けたいって希望してここにいるから……」


「う……っ、そ、そうでした……別に義務じゃなくて自分たちで望んで入学して中学より上の授業を受けに来ていることを忘れかけてました……」


 いやまあ、そんなに肩を落とさなくていいよ紫条院さん。

 多分ほとんどの高校生がその辺をよく忘れているから。


「はは、俺もしょっちゅう忘れ……っん、む……ぅ……」


 不意に、俺は頭に霧がかかるような眠気を感じた。

 

 睡眠はしっかりとっているつもりだが、やはり自分の勉強と先生役を両立するのはなかなか大変だ。


「あの……新浜君。なんだか疲れてませんか?」


「ああ、いや、全然そんなことはないよ!」


 紫条院さんが心配の目を向けてくれるが、俺は即座に笑顔で元気をアピールした。

 憧れの人に疲れなんて見せたくない。


「でも……なんだか最近とても根を詰めているような……」


「ええと、それは……」


 御剣の奴が言い出したテストの点数比べに勝つために努力中なのだが、その事情を紫条院さんにはまだ話していない。


 元々紫条院さんはお父さんからのラノベ禁止令を回避するために、期末テスト対策を頑張ってきたのだ。


 そしてその仕上げの最中に、『御剣とかいう奴が紫条院さんにご執心で、敵視された俺はテスト勝負を挑まれて、負けたら紫条院さんに二度と近づくなと一方的に言われた』なんていう話をするのは心に不要な負担をかけすぎると判断したのだ。


 もちろん、俺がテスト勝負に負けて御剣がそのことで騒ぎ出したりすれば全ての経緯を伝えるつもりだが……少なくとも期末テスト終了までは待ちたい。 


「その、後は追い込みの仕上げだけですし、私に勉強を教えるのが新浜君の負担になっているのならこの勉強会は終わりにしても……」


「いや、全然大丈夫だから! 絶対にやめないでいいから!」


 心配そうに俺を見る紫条院さんに、思わず必死に言った。


 紫条院さんの期末テスト対策として始めたこの勉強会は、俺にとって憧れの人と一緒にいられる大切な時間なので負担どころか至高の喜びとしてやってきたのだ。


 そして、その勉強会を最後まで続けたい理由はそれだけじゃない。


「俺は……ん……む……」


 しかし流石にちょっと休まないとだめかな……なんだか眠さで頭がフラフラして、意識が緩んできたような気がする……。


「……ん……頼むから……続けさせてくれよ紫条院さん……」


「え……?」


 いかん、眠い……さっきおやつを食べて血糖値が上がったせいか、眠くて自分の意識と言葉が今イチ制御できない……。


「俺は……自分は勉強なんてできないと開き直って……高校に入ってからロクな努力をしてこなかった……」


 睡魔に襲われた頭が、ぼんやりとした意識のまま勝手に喋る。


 ああ、そうだ……そのサボりのツケが……あんな酷い未来に繋がって……。


「自分を変えようとして勉強を頑張って……それを紫条院さんが褒めてくれたのは……本当に心に染みたんだ……」


 そう……そうなんだ……。

 俺の変化や努力をいち早く褒めてくれたのは……いつも紫条院さんだった。

 

「しかも勉強を教えて欲しいって……俺を頼ってくれた。こんな俺を認めて、頼りにしてくれた……俺は泣きたくなるほど嬉しくて……だからその信頼に最後まで応えたいんだ……」


「新浜……君……」


 いかん、ねむい。

 ねむくて、あたまがはたらかない。


「それに……紫条院さんと一緒に勉強できるこの時間はとても大切で……少しでも長く続いて欲しいから……」


「え――」


「ん……すぅ……――はっ!?」


 い、いかん、一瞬寝落ちしてた!


(くそ、大丈夫アピールした直後に寝落ちガックンなんて無様な! これじゃ紫条院さんはますます俺の疲労を心配するじゃないか!)


「ごめんごめん、なんかボーッとしてた! さあ勉強を再開……?」


 慌てて声をかけるも、紫条院さんは何故か衝撃を受けたような表情のまま固まっていた。


 な、なんだ? 寝落ちする寸前の記憶が飛んでるけど、まさか睡魔で理性が薄くなった頭が変なことを言ってしまったのか?


「その、紫条院さん……?」


「あ、はい……」


「紫条院さんこそ具合が悪いのか? なんだか頬に赤みがさしてるけど……」


「あ……そうですね……。風邪でもないのになんだか頬がポカポカしてます。私、どうしたんでしょう……」


 紫条院さんが不思議そうに自分の頬を撫でる。


「ふふっ、それにしても……私の図々しいお願いから始まったこの勉強会を、そんなふうに考えていてくれたんですね」


 寝落ち寸前の俺は何を言ったのか、紫条院さんは何故かとても嬉しそうな様子で言った。


「この時間がずっと続いて欲しいと思っているのは……私だけじゃなくて良かったです」


「え……?」


 長い黒髪の少女は、いつもの朗らかな笑顔でごく自然にそう告げてきた。


 天然の本領発揮とばかりにごく自然に紡がれたその言葉に、今度は俺が固まってしまう。


「では改めて……これからもお願いします先生!」


「あ、う、うん! こちらこそよろしくな!」


 やる気に満ちた快活な笑顔を浮かべる紫条院さんに、俺も笑顔を返す。


 ああ確かに……この時間はずっと続いて欲しい。

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