第15話 社畜のプレゼンテーション


 話し合いの時間の最中、突然起立した俺にクラスメイトたちの訝しげな視線が突き刺さる。

 

 俺はそれを無視し、教室後方の荷物置きに近づいて用意しておいたオフィス用コンテナボックスを担ぎ上げる。


「へ? おい新浜?」


「新浜君……?」


 銀次と紫条院さんの驚いたような声を背中で聞きながら、今度は教壇へ足を進める。


「んあ? なんだよ新浜?」


「ああん? 何やってんだお前」


「その……なんなんですかその荷物?」


 赤崎、野呂田、風見原はズカズカ教壇に上がってコンテナボックスを下ろす俺を訝しげに見る。


「風見原さん」


「は、はい?」


「俺から言いたいことがある。ちょっと場を借りるぞ」


 文化祭の実行委員に一言断りを入れ、しかしその答えを待たずに俺は教卓に手をつく。


 そして俺はクラス全員の眼前で大きく息を吸い――



「こんなアホみたいな会議やってられるかあああああああああっ!!」



 あらん限りの大声で叫んだ。


 当然、俺の横にいる風見原も、自分の席からわめいていた赤崎と野呂田も、その他のクラスの面々も呆気にとられて硬直する。

 

 そこにすかさずたたみかける。


「これ以上の話し合いは何も決まらなくて無駄なだけだ! そこで俺は独自の提案をさせてもらう! それが良いか悪いかクラスに判断してもらうまで、この会議は俺が仕切らせてもらうからな!」


 一瞬、教室全体が静まりかえる

 

 そして――数秒後には予想どおりの反応が返ってくる。


「な……何言ってんだコラ! 新浜のクセにいきなり出てきてふざけたこと言ってんじゃねーぞ!」


「最近調子乗りすぎなんだよお前! デカい面しやがって!」


「何が仕切るだ! 引っ込んでろ!」


(……8:1:1ってとこか)


 クラス全体の反応を見て、脳内で派閥の区分けを行う。


 8割がこの状況に混乱していたり沈黙していたりする生徒。

 俺に対して特に強い反発はなく、おそらくこの停滞した状況を変える力があるなら誰だろうと歓迎するだろう。


 1割は俺に敵愾心を抱いている生徒。

 『オタクで弱っちい新浜』に仕切られることが気にくわなかったり、俺が成績を上げたりして存在感を増してきたことにイライラしている奴らだ。

 以前に俺に嘘告白を仕掛けた土山とかがいる。


 残り1割は展示推し派だ。

 面倒なことは避けたいがために野呂田を代表として楽な案を推している奴らで、俺の提案とやらが面倒くさそうだと反発している。


(8割が歓迎なら一見楽そうに見えるけど、声がデカい反対派が2割いるだけで意見をまとめるのはきついんだよな……)


 そして俺は今から陰キャの対極なことを――クラス全員に意思発信して自分の意見を認めさせるということを達成しなければならない。

 この、明らかな敵対派がいる中でだ。


(いいさ……別に大したことじゃない。ただ単にグダグダやってるより俺の案に決めてしまえばいいじゃんとプレゼンテーションするだけだ)


「それじゃまずこれを見てくれ!」


 ヤジを無視して俺はコンテナボックスから学校の大判プリンターで作ったポスター二枚分ほどの大きさの表を取り出し、黒板に貼り出す。


 「え……なんだあのデカい紙……」とか「まさかこのために用意したの……?」とかいう声が聞こえてくるが無視。


「これは文化祭までの残り作業時間と、各出し物案の平均的な必要準備日数、その他の問題点を示したグラフだっ!」 


 俺は腹に力を入れて大げさなほどに声を張りあげる。


 反対意見持ちがいる会議では特にそうだが、とにかくデカい声と自信に満ちあふれた迫力ほど強い武器はない。

 どんな良案でも小さい声では誰にも届かない。


「今日まで時間を無駄にしてしまったせいですでに無理な案がいくつかある! まずそっから削っていくぞ!」


 授業用指示棒を伸ばし、貼りだしたグラフをパンッと叩く。


「このグラフを見ればわかるようにお化け屋敷は絶対無理だ! 今からすぐ作業できるならともかく、どんな内容にするか話していると絶対間に合わない! 日本庭園も同じ理由で難しい! 流しそうめんは確認してみたけどそもそも保健所の許可自体が無理だった!」


 データとそれを瞭然とするグラフを根拠として候補にペンで×をつけていく。

 口で言うよりも、こうやって視覚化したほうがはるかに納得が得られる。


「今から実行可能なのは『和風喫茶店』と『タコ焼き』の二つだ! けどもうどっちがいいかとか議論している時間はない! なので――あ、風見原さん! これ貼るからそっち持ってくれ!」


「え、あ、はいっ」


 横に立っていた風見原に手伝ってもらい、黒板のスケジュール表を外して別のデカい資料を貼り出す。


「というわけで、この二つを合体させた『和風タコ焼き喫茶』を提案する!」


 資料には図解付きの解説が書いてあり、教室内配置、食べ物メニュー、飲み物メニュー、などの概要がわかるようになっている。


「タコ焼きは味5種類! 飲み物はジュース類多め! 値段は控えめ! 今年は他のクラスで粉モノはやってないから客の需要は間違いなくある! 喫茶店をやるクラスは他にあるけどそっちはケーキ主体で飲み物は紅茶とコーヒー! こっちはジュース主体だからほとんどかぶらない! しかもタコ焼き作りと注文取りの練習をちょっとするだけでお化け屋敷作りみたいに苦労するような要素は何もない!」


 俺が一気にメリットを並べていくと、「へぇ……」「悪くなくね?」「いいかも……」とクラスメイトたちの関心が高まっていく。


「ええ……悪くないけどちょっと地味じゃね?」


 出たなバカの赤崎。悪意はないくせに感性だけで意見に難癖をつけるクセやめろ。

 お前将来就職したら絶対苦労するぞ。


 だがまあ、アクセントが不要かと言われればノーだ。


「ああ、呼び物商品もいくつか考えた! 例えば超ハズレロシアンタコ焼き! 一個だけワサビ入りなのは普通のロシアンタコ焼きと同じだけど、これはハズレに限界までワサビを入れ込んだ大ハズレ版だ! 大人でも絶対泣く!」


「へぇー……いいなそれ。面白そうじゃん!」


 うん、お前って普段周囲とバラエティ番組の話ばっかりしてたもんな。

 だからこういう罰ゲーム的なものは面白いって言うと思ったよ。


「あと、注文を取る係は和風……それも縁日的な要素として浴衣や着流しを着てもらう! タコ焼きを作る係は法被はっぴとねじりはちまきだ!」


「へぇーへぇー! そっちもいいじゃんか! 祭りだもんな!」


「ちょ、ちょっと待ってくださいそんな予算は……!」


「大丈夫だ。すでにレンタル店に値下げ交渉して予算内で貸してもらえる算段はできている。あ、それとこれがその衣装のサンプル写真だから黒板に貼ってくれ」


「そ、そこまで手配しているんですか……? って何で私はさっきから助手みたいに使われてるんです!?」


 やかましいぞ風見原。

 元はといえばお前が最初に『多数決で決めよう』とさえ言えばこんな面倒な事態にはならなかったんだからな!?


 貼り出された浴衣の写真を見た女子の感触は「へー……結構可愛い浴衣じゃない?」「ふーん、レンタルでこんなの借りられるんだ」「確かに縁日っぽいとお祭り感あるよね」とおおむね良好だ。

 

 そして女子だけじゃなく、男子たちも「まあ確かにタコ焼きの服っていったら法被はっぴだよな」「屋台っぽいしいいんじゃないか?」と興味深そうに黒板の資料や写真を眺めており、ほとんどは俺の案に心が傾いている。


(ま、そもそもあのグダグダ会議からの救済を誰もが望んでいたんだから、こうやって選択肢を切り落として、残った候補の折衷案を提示するだけで賛成が得られるは当然だけどな)


 しかし――


「さっきからベラベラと得意げに喋ってんじゃねーぞ新浜! 誰がお前の案なんぞに賛成するかよ!」


「だから面倒だって言ってるだろ! 楽な展示でいいだろうよ!」


 あと二人――偽告白の件でマウントを取りに失敗してから俺を敵視するようになった土山と、絶対に面倒な出し物にしたくないマンの野呂田がヤジを飛ばす。


 他にも俺を敵視している奴と展示で楽したい奴はいるが、クラスの雰囲気を読んで『まあこの感じなら別に新浜が提案した案でいっか……』となっているのに、こいつらは本当に面倒くさい。


 そしてこの最後の反対勢力への対応は――――完全に無視するに限るっっ!


「おいコラこっち見ろや新浜! 無視すんな!」


 うるせえ土山。敵視からくるヤジなんて聞く意味ねえよ。

 そもそも俺はお前らの説得なんて不毛なことをする気はない。


 俺の勝利条件は『空気』の形成。

 俺の案を支持するムードでこの教室内を満たせばいいのだ。

 

 そして――そのための切り札を投入する!


「さてそれじゃ――最後に試作のタコ焼きメニューを試食してもらおうと思う!」


「ほぇ!?」


 こっそりコンセントを挿して暖めておいたタコ焼き器とタコ焼きの材料を教卓の上にドンっ!と乗せると、横に立つ風見原が素っ頓狂な声を上げる。 

 

 驚いているのは風見原だけじゃない。

 いきなり教卓で料理を始めてしまった俺に、誰もが目を丸くしている。


「え、ちょ……新浜お前……教室でタコ焼き器とか先生の許可取ったのか……?」


 はは、バカなことを聞くなよ銀次。

 文化祭準備割り当て時間ならともかく、今はまだ出し物会議中だぞ?


「許可なんか下りる訳ないだろ! 完全に無許可だよ!」


「えええええええええええええええ!?」


 俺がそういう違反行為をするのが相当意外なのか、銀次が叫ぶ。


 そして皆が呆気にとられている間にもタコ焼きはジュージューと焼け、俺が練習で培った技でカリふわに仕上がっていく。


「うお……いい匂い……」

「なんかお腹すいてきたね……」

「昼飯前だと効くわこの音と匂い……」


 そうだろうそうだろう。俺の行動に呆気にとられはしても、この生地が焼ける音とソースの匂いは腹が減るだろう?


「ほい、焼けた! ほら、みんな座ってないで食べにこいよ! これも俺の出し物案の説明の一つなんだぞ!」


 皆の瞳は完全に出来たてのタコ焼きに集中している。

 ゴクリと唾を飲む音があちこちから聞こえる。


 しかし……席を立って目立つのを恐れてか、誰も立ち上がろうとしない。


(くそ……上手くいってたけどここで雰囲気が固くなっちゃったか。どうする……?)

 

 ここで皆が食べに来ればもうほぼ俺の狙いは達成される。

 しかしここからどうやって皆を動かすか……。


 俺がかすかな焦りと感じたその時――


「はいはいはいはいはい! 私食べます! 新浜君のタコ焼き食べてみたいです!」


 紫条院春華という俺の救いの女神が、とびきりの笑顔で勢いよく席から立ち上がった。

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