第14話 戦う準備は入念に


「何やってんの兄貴……?」


 ジュージューと美味しそうな音が響く居間で、香奈子が不思議そうに聞いてきた。


「見てわからないのか。タコ焼きを焼いているんだよ」


 そう、俺の目の前にあるのは昔商店街の福引きで当たったタコ焼き機だ。


 安物のわりにそこそこ高性能で、俺がピックで生地をひっくり返すとカリッとした仕上がりを見せてくれる。


「いやそれは見ればわかるけど……なんでまたいきなり? タコ焼きパーティーでもするの?」


「そうだな、一言で言うと紫条院さんのためだ。あの人の悲しみを止めたいんだ」


「は……? タコ焼きで止まる悲しみ……? 何それ紫条院さんって粉モノ食べると元気になるの?」


「そんなわけないだろう。紫条院さんをバカにするな」


「兄貴が圧倒的に言葉足らずなんだって! というか兄貴って紫条院さんが絡むと知能指数が低下してない!?」


 何を言うか。

 そんなことあるわけ…………いや、まあ紫条院さんのことを考えると心が幸せになってやや思考がシンプルになってしまうことはあるかも……。 


「……っと、ちょっとすまん電話だ」


 ガラケーにかかってきた番号は俺の知ったものだった。


「あ、ドーモ! 新浜です! お世話になっております!」


「!?」


 俺が通話を始めると、何故か香奈子の顔がギョッとなる。


「はいどうもお見積もりありがとうございますぅー! それでお値段は……あー、そうなんですねー。すいません、ちょっと予算が足らないのでそれだと他社さんにお願いすることになるかと……ええ、ええ!」


 ああ、なんか懐かしいなこういう商談。

 まあ昔取った杵柄だ。

 もう一押しさせてもらうぞ?


「それでですね! すこぉーしお安くして頂ければ御社の方にお願いしようかなぁーと! あ、そうして頂けますか! いやー、大変申し訳ありません! ええ、それじゃ納期を見越して近日中にまたご連絡します! はい、はい! あ、どうもー、失礼いたしますぅー!」


 通話を切ってカチャンとガラケーを閉じる。

 やっぱ折りたたみ式ってポケットに入れるには便利だなー。


「ふう……これでこっちはよしと。……ん? どうした香奈子」


「どうしたはこっちの台詞だよっ! 何そのコッテコテのサラリーマンみたいな気持ち悪い喋り方!?」


「あ……」


 自分では全く意識していなかったが、商談のこととなると無意識に社畜時代の対社外モードに切り替わっていたようだ。

 魂に染みこんだクセって怖ろしいな……。


 しかし気持ち悪い喋り方と言うが、このフランクさとテンポの良さは結構交渉事をスムーズにしてくれるんだぞ?

 

「いや、その……ちょっと今とある業者の人と話していてな。相手がそんな喋り方だったから合わせただけだ」


「ふーん……ま、愛に目覚めた兄貴の奇行は今に始まったことじゃないからいいけどさ」


「奇行……」


 まあ今のは確かに変な振る舞いだったかもだが……奇行って……。


「まあそれはそれとして……ふふ、それで今度は一体何すんの兄貴? 紫条院さんのために何かやらかそうとしているんでしょ?」


 ちょっ、こいつめ……一転して目をキラキラさせやがって!

 俺のやることを面白がってやがる……!


「あのなあ……俺はお前に面白い話を提供するために頑張ってるんじゃないんだからな?」


「あはははー! だってカツアゲしてくるゴミみたいなヤンキーを怒鳴ってビビらせた話も、嘘告白でマウント取ろうとした万年二軍連中の話もおなかが痛くなるほど笑えたもん! 私さ、すっかり兄貴のファンだよ?」


 にししー、と可愛い顔で笑う妹を前にすれば、兄貴という生き物はやれやれと言いながら妹様のお気の召すままにするしかない。

 まったくもう……。


「まあ、そうだな。今回やろうとしているのは――」


 俺が計画を説明すると、妹はやっぱり腹を抱えて笑った。


「あはははははははははは! マジで!? そこまでやる!? しかももう完全に準備してるとか用意周到すぎてポンポン痛い……! はー、ひぃー苦しい……! いやもう兄貴最高! 私ファンクラブ会長になる!」


「泣くほど笑うなよ……俺は大真面目なんだぞ」


「あはは、ごめんごめん! まあ……でもさ」


 そこで香奈子はなんだか嬉しそうな面持ちで俺を見た。

 

「以前の兄貴なら逆立ちしても出てこない発想だよねー。もう何度も兄貴の想いは教えて貰ったけど……そこまでしようと思えるのは人生で滅多に出会えない大切なラブだからだと思うよ」


 妙に大人びた表情で、幼い顔立ちの妹は語る。


「私とかマジでモテるけどさぁ。いくら男子が寄ってきても『この人好きぃー!』ってラブを捧げる相手が現れなくて空しいんだよねー。ビッチな子とかは『見せびらかす用の彼氏』と『彼氏がいる自分』がだーい好きだけど私はそんな趣味ないし」


 いや、その……お前本当になんなの? なんで中学生でそんなにラブを重く語れるの?

 モテるとそこまで恋愛哲学が発達するの?


「だからさあ、紫条院さんは絶対逃がしちゃだめだよ兄貴! そこまで好きになれる人なんてもう二度と出会えないかもしれないし!」


「ああ、わかってる」


 拳を固めてエールを送る香奈子に、俺は強く頷いた。


 妹の言葉はよくわかる。

 俺も前世で社会に出て職場の付き合いなどで様々な女性に出会ったが、その誰にも想いを寄せることはなかった。


 その反面、紫条院さんに対しては過去に戻ってから惚れ直しっぱなしだ。

 女性はたくさんいるけれど、好きになれる相手というのは結構少なかったりする。


「それじゃま、さしあたって明日は計画を発動して紫条院さんの悲しみを払いつつ好感度を上げることにするよ」


「うんうん! わかっているようで大変よろしいよ兄貴! なんかもうテロみたいなこと考えてるのはビビったけど上手くやるんだぞー!」


「おう!」


 ちなみにその日はせっかくだからと、母さんを交えて家族でタコ焼きパーティーをやってワイワイ言いながらめっちゃ食った。


 母さんが嬉しそうな笑顔を見せてくれたので、またやってもいいかもしれないなと考えつつ――俺は全ての準備を終えて明日に望んだ。




 そして――その日もクラスの文化祭出し物会議に一切の進展はない。


「あーもー、いい加減だるいっての! そんなに展示以外がやりたきゃ勝手にやりゃいいだろがよ! 俺ら展示推し派は手伝わねえから!」


「それはダメです! 文化祭の出し物は全員で協力しなければ! ちゃんと話し合ってください!」


「そそ! なんかパーッとした奴みんなでやろうぜ! めっちゃ目立つやつとかよ!」


 相変わらず面倒を避けたい野呂田に、ただルールの優先と話し合いでの合意のみを訴える風見原、何の具体性もないイメージだけのくせに声はデカい赤崎。


 思えば最初に風見原が『多数決はやめてとことん話し合おう』なんて言ったのが諸悪の根源だ。


 そして最初はこの案にしよう、あの案にしようと意見が活発だったが、赤崎が『それじゃ普通すぎて面白くなくね?』と難癖をつけていくうちにみんなウザくなって議論を投げ出してしまったのだ。


 さらに面倒だからさっさと終わらせたいのにグダグダな状況に野呂田がキレて『簡単な展示でいーだろ! 面倒くせーよ!』と連呼し始めて今に至る。


(こいつらわかっているのか? こうしている間にも貴重な準備時間がどんどん過ぎ去っているんだぞ?)


 そして、時間が不毛に消費されていくごとに、クラス一丸となっての文化祭を楽しみにしていた紫条院さんの顔がどんどん曇っていく。


 他の生徒達も疲れ切っており、もう誰もかも「なるようになれ」と状況を見放している。もはやこのグダグダを解消する要素はどこにもない。


 だからこの流れを――俺が変える。


 俺は一息を吐き、席から腰を浮かそうとして――


(…………ん……?)


 何故か動きが止まる。


 その要因は、すぐに思い当たった。

 

 俺の中にいる過去の俺だ。

 俺の陰キャな部分が鈍い痛みとなって俺の行動を拒絶している。


(はは、過去に戻ってからかなり払拭できたと思っていたけど……やっぱまだ俺の中にいるよな。大人になってもずっと陰キャのままだったもんな)


 前世における高校時代の俺は、この自分の席という小さな領土から一歩も外に出ようとしなかった。

 手を挙げて意見を言ったり、積極的に交友関係を広げようとしたり、自分から何か立候補したりなんか絶対にしなかった。

 

 息を殺してとにかく目立たないように振る舞い、誰かから傷つけられることをただひたすらに恐れて震えていた。


(今まで何度か俺を攻撃してくるやつをやりこめたけど、それは自衛のためで、相手も個人だったもんな。今回は自分から能動的に――しかもクラス全体を相手取ろうっていうんだ。俺の臆病な部分が痛みだしもするか)


 けど――俺はもう自分の臆病さに負ける俺じゃない。

 痛みを恐れてこの席からずっと立ち上がらなかった過去は、ここで終わりだ。

 

(さて……それじゃあ行くか)


 椅子をギギッっと引く音が教室に木霊する。


 その場の全員の注目を浴びながら、俺はその場に起立した。

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