第13話 会議は踊る、されど進まず


「ふふ、楽しみですね文化祭!」


 実力テストはまだまだ先のことながら、もはや恒例となった放課後の勉強会。

 その休憩時間に、紫条院さんはウキウキした様子で言った。


「文化祭……そうかもうそんな時期か」


 口にしてみるとなんとも懐かしい響きだが、正直あまり良い思い出があるとはいえない。 

 前世においては、毎年銀次と一緒に飲食系出し物の軽食をかじりながらカップルで校内を回る奴らを羨ましそうに眺めていた記憶しかないのだ。


「紫条院さんは文化祭が好きなんだな」


「はい! お祭りは何でも好きです!」


 快活な笑顔で応える紫条院さんは子どものように浮ついた様子で、なんとも可愛らしい。

 こういう純真無垢な表情がこの子にはとても似合う。


「私はその……子どものころはあまり縁日とかそういうものに行けなかったので……」


「そうなのか……」


 紫条院さんのご両親は娘を束縛するタイプではないらしいが、まあ家の事情とか親御さんの忙しさとか色々あったのだろう。


「だからというわけじゃないんですけど、お祭りのワイワイガヤガヤした雰囲気はとても好きなんです。しかも文化祭は学校がお祭りになって、クラスが一緒になって自分たちで楽しさを作るんです! これってすごく楽しいことじゃないですか!」


「…………」


 嬉しそうに話す紫条院さんを眺めつつ、俺はやや新鮮な気持ちになっていた。


 俺の中では、学校行事というものは基本的に苦しいものだった。


 運動会は最悪として林間学校や合唱コンクールも苦虫を潰したような顔で参加していた。文化祭はそれよりマシとはいえやはりウキウキしたりはしなかった。


(学校行事を楽しむ……か。そうだよな。それこそ前回の俺が得られなかった青春の過ごし方だよな)


「うん、なんだか俺も妙に文化祭が楽しみになってきたな。ちょっとテンション上がってきた」


「それは良かったです! どんな出し物になるかわかりませんけど一緒に頑張りましょう!」


 そうして無関心だった俺もすっかり文化祭モードになり、今回はしっかり楽しんでみようと構えていたのだった。


 ――だったのだが。




「だからさあ、もっと派手にしよーぜ! そんなんじゃ面白くねーよ!」


「あーもー! だからだりーのはやめろって言ってんだろ!」


「待ってください! 一人の意見をごり押しちゃダメです! みんなで話し合って!」


 教室の中に多数の声が響き渡る。


 今まさに俺たちのクラスでは出し物を決める会議を開いている。

 一見活発に議論をしているようだったが――内情は最悪だった。


(一体いつまで議論している気なんだ……! もうかれこれ一週間近くだぞ!?)


 そう、最初はこの状況を俺も他のクラスの奴らも楽観して見ていた。


 せいぜい出し物の候補をピックアップして、どんな内容にするのか決定する会議――それが延々と長期化するとは夢にも思わずに。


 その原因は、主に今声を荒げているこいつらのせいだ。


「だからさあ! どの案になってもいーけど普通じゃ面白くねーだろ! なんかこうドガーンってインパクトある奴にすりゃいいって!」


 派手好きだが具体的なことを言わずに引っかき回すバカの赤崎。


「だりーから食い物とかお化け屋敷とかパスパス! テキトーに展示でいいじゃんよ! セコセコ準備するなんてやってらんねーって!」


 面倒くさがってひたすら楽なものにしようと主張する口癖がだりーの野呂田。


「みんな落ち着いてください! 相手の意見もよく聞いて考えて!」


 本人は真面目だが、協調性を重視するあまり何も決められない実行委員の風見原。


 一応出し物候補はある程度絞れてはいるのだが、こいつらが騒ぎまくって全然その先に進まない。


(完全に『会議は踊る、されど進まず』だな……)


 お互いの主張が異なることもあるが――ここまで長期化すると『喧嘩状態』になる。


 前世における会社の会議などでもたまに見られた現象で、相手の意見を吟味して検討することは二の次となり、ただただ自分の主張を押し通すことに固執しだすのだ。


(自分が引いて相手の意見を受け入れることを『敗北』だと考え始めるからな……)


 本来はそうならないように司会が意見の調整を行うものだが、残念ながら実行委員の風見原は「ちゃんと話し合って!」としか言わず調整能力がない。


「くそ……もううんざりだぜ。なんでもいいから早く決まれって感じだよな」


 隣の席にいる銀次がくたびれた様子でボヤく。


 他のクラスメイトたちもあまりに長びく会議にうんざりしており、もはや誰もがぐったりと状況を見ているだけだ。


「なお、おい銀次……今自分の意見ばっか言ってる奴ら以外に誰か発言力ある奴はいないのか? いくら何でもこれじゃ準備期間的に不味いぞ」


「は? いや、そりゃ何人かいるけどこんな状況になったらもう誰も手をつけたくないだろ。今口出ししたらヒートアップしているあいつらの相手をしなきゃならないんだぞ? ならこのまま黙っていて成り行きまかせって感じだろ」


「まあ、そうだよな……」


(だんだん思い出してきた……そういえばこの時って結局グダグダのままでまとまらず、野呂田の主張どおり簡単な展示をしてお茶を濁したんだっけ……)


 当然そんな経緯で決まった展示の質が良いわけもなく、ウチのクラスは閑古鳥が鳴いて終わった。

 それについて前世の俺は「楽になってよかったな」程度にしか思っていなかったが――


 ふと、紫条院さんの席に視線を向ける。


 俺の大好きな女子は、クラスの団結からはほど遠い疲労感漂う会議に明らかに気を落としていた。


 楽しみにしていた文化祭に暗雲が立ちこめてきたことを、悲しんでいた。


「………………」


 このままいけば無気力な出し物に決定し、紫条院さんが期待したクラスで盛り上がるイベントとはほど遠いものとなる。


 ならば……それを払拭する方法は?


(ある……あるにはあるけど……)


 少々準備が必要だが、この状況を打破することはおそらく可能だ。


 だがそれには俺もそれなりに覚悟を決める必要がある。


 前世の高校時代では考えもしなかった行動を起こさないとならないのだ。


(いいさ……俺には選択肢なんてない。このままじゃ紫条院さんの顔がやるせなさに染まる。そんなことは許容できない)


 そうして俺は心を決めた。


 陰キャとはある意味真逆のことを、最後までやりきってみせることを。

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