のぼるもの

@nfymt

第1話

大学の近くのマンションに住んでる。

エントランスを抜けると螺旋階段があって、三階に住んでるもんだから運動がてらに毎日上ってたのね。

螺旋階段の一段目、赤い汚れが目についた。クレヨンで書いたような、いびつにくねる線。いつからだろう、二段目にもある、三段目にも。二階を越えて何段目かまで、その線は引かれていた。

何かの印かな、工事でもするのかなって思ってスルーして、四階に住む友達と酒盛りしてた。そしたら偶然やるのよ、テレビで、怖い話を。見るたびに近づいてくる幽霊的な。

鳥肌。あの線ってもしかして。

翌日こわごわ見るじゃない。増えてるの。あの線、たぶん、一段分。これが一日一段、毎日上って、三階までたどり着いた時、三階には何が来るわけ?

とにかく段数数えて、三階に来る日には部屋にいないようにしようって決めていた。

でもそんな時に限って。サークルの飲み会でべろべろ、後輩数人にかつがれて部屋に運び込まれてた。

午前二時。

目を覚まして状況把握、ひく血の気。酔いが醒めた。とにかく息を殺して、玄関の鍵を確かめる。しまってる。ドアに近づいて確かめるけど、チェーンもしてる。ちゃんと閉まってる。大丈夫。何もない。何も。

ふと、玄関の覗き穴に、気がついた。

つい。

見なきゃよかった、よかったのに、つい。

チラ見したら赤い。

覗き穴が赤い。涙が出てきて、怖すぎて膝が笑った。おとなしく布団かぶって寝てりゃいいんだけど、でも今二時だから明るくなるまで何時間もこのまま怯え続けるなんて絶対無理とか変なスイッチが入って、どうにかきっと勘違いなんだって、がっつり覗いた。

「えっ」

ドアを開けた。

廊下の壁も、天井も、全部。

クレヨン色の、赤い小さな梅の花。赤い梅の木。頭上も足下も、めいっぱい埋め尽くして。いいにおいまで。ゆらゆら、散りながら、小さなたくさんの丸い花は、風に揺れて。

外に車の気配がした瞬間に、それらはぱっと、消えてしまった。

サンダルのまま螺旋階段へ走って行くと、四階へ上る階段の一段目に、新しい線が引かれていた。


翌日四階の友達が階段の線について聞いてきたので、『あんたんとこももうすぐ』て答えておいた。


梅のいいにおいを嗅いだせいか、二日酔いはなかった。

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