最終話 二人の死

 のぶおの旅の目的が魔王と倒すことであるのなら、一刻も早く魔王の城へと向かうべきでしたが、のぶおは魔王の城に近づくことはあっても、中には入らず、神殿と魔王の城の周辺を往復するばかりでした。そうやって、強烈に強いモンスターを相手にトレーニングとしての戦闘を繰り返しながら、珍しいアイテムをイルバートに盗ませたり、戦闘が終わって後に、モンスターの死体からかっぱらったりしていました。

 人間の能力には成長できる限界というものがあり、戦闘のための腕力や魔力、あるいは体力や打たれ強さなども、どれだけ激しく、長い時間鍛えてみたところで、ある一定以上には伸びないのです。のぶおたち四人は、この地の常軌を逸した環境で、あまりにも多くの戦闘を繰り返した結果、ついに、成長の限界に到達しました。自宅を出て、アレフガの北門をくぐった時を1とし、99段階で例えるなら、今はもう99段階目まで来てしまったのです。もう次の踏面がないところまで階段を上りつめてしまったのです。


 持てるアイテムの数にも限界を迎えてしまった四人は、いよいよ時は満ちたと判断し、魔王の城へ向かうことを決意しました。エリクシールやアイテールも潤沢に持ち、神殿を出発した四人は、今の強さでもまだ苦戦してしまうモンスターを倒したり、時には走って逃げたりしながら、ついに魔王の城へと足を踏み入れました。

 魔王の城の中に入ると、いきなり廊下が左右二手に分かれていました。あたりは薄暗く、殺気や呪詛による冷気が漂っていました。当て推量で左へと進んでいくと、いくつもの小部屋や、枝分かれした廊下が続いていました。見た目は他と同じ黒いクリスタルの壁が、実はすり抜けられる隠し通路になっていたり、透明な鏡のような空間を通り抜けると全身に激痛が走る罠があったりしました。城の中の小部屋や奥まった空間、廊下の袋小路などには宝箱が全く置かれていないことにのぶおはがっかりしました。こんなややこしい建物の中を手探りで迷いながら歩いているというのに、得るものがないもない事への苛立ちでした。

 うっかり踏んでしまった落とし穴のせいで、城の外にはじき出されたのぶおは、その時始めて城の中にモンスターが現れない事に気付きました。こんなに鍛えて、アイテムも準備万端にしてきたというのにどういうことなのかと思い、宝箱がない事と同じぐらいに苛立ってしまいました。

 もう一度城に入りなおしたのぶおたちは右側を探索することにしました。やはりモンスターは出現せず、宝箱もなく、ただひたすらにややこしい構造の廊下と小部屋と、真っすぐには進めない様々な仕掛けがのぶおたちの侵入を拒みました。城の中でありながら、鍾乳洞のようであったり、宇宙空間のようであったりと部屋ごとに変化し、見た目の派手さには事欠きませんでしたが、面倒くさいだけだなという声をのぶおは聞いた気がしました。

 すっかり道に迷って、自分がどこにいるのかも把握できないまま歩き続けていると、体が瞬間移動する床に乗ってしまい、のぶおは城の入り口とよく似た場所に飛ばされました。石でできた大きな扉を開くと、広い空間がありました。

 その部屋の奥には大きな四匹のモンスターが立っていました。部屋のどこからともなく、「あわあわあわ」という男の声がしたような気がしました。のぶおは無防備に近づいていき、そのモンスターに話しかけると、会話など何もなく戦闘が始まりました。

 四匹のモンスターはジェイマ、ゼットマ、ケイマ、ティーマという名前でした。長い刀や宝珠や、鉾、綱などをもっており、のぶおよりもはるかに大きく、筋骨隆々の体躯と恐ろしい形相をしていました。

 のぶおが行動を開始するよりも早く、ジェイマが長い剣で薙ぎ払うように斬りつけると、のぶおたちは大ダメージを負いました。たった一撃で瀕死の状態になり、周囲が真っ赤に見えました。なんとかマリのフルケアで回復することができましたが、戦闘は防戦一方で、ゼットマの鉾で滅多刺しにされ、ケイマの魔法が地獄の業火で全員を焼き、ティーマの念力は骨を粉にし身を砕きました。のぶおやヨハンの攻撃が当たることは全くなく、あっという間にイルバートとマリの魔力も、持ってきた回復アイテムも尽きて、全員は死亡しました。


 強いモンスターと戦闘し、敗北したとしても、それは悪夢であり、眠りから覚めればまた挑戦し、何度も諦めずに戦い続けることで、これまでのどんな戦闘にも最後には勝利を収めてきたのぶおたちですが、魔王の城の中での敗走は、夢の中のひどい出来事ではなく、実際の死亡でした。あるいは、覚めることのない悪夢へと閉じ込められて、永遠に出られなくなりました。

 のぶおは最後まで気付くことがありませんでしたが、これまでずっと、のぶおが母に旅立ちを告げて、ダイニングの椅子から立ち上がった瞬間からずっと、自分の意志で冒険をしていたのではなく、のぶおが住む世界とは違う、外側の世界にある別の意思が、のぶおを操っていたのです。それはイルバードもヨハンもマリも同じことでした。のぶおに出会って共に旅をし始めてからの彼らは自分ではない何者かによって操られ続けていたのです。

 しかし、今、その意思はのぶおを操作することをやめてしまったのです。操られることで生を全うすることを運命づけられた四人にとって、操作されなくなるということはもう戦えない、魔王を倒せない事と同じでした。

 ジェイマの攻撃に弾き飛ばされて、床に突き刺さったエクスカリバーは、まるで、のぶおの墓標のようでした。のぶおの冒険はここで終わりました。GAME OVER。


 * * *


 忠実なる臣下としてカールに仕え、支えてきたジェイマ、ゼットマ、ケイマ、ティーマとは一体何者なのか。ザラが見抜いたその秘めたる力とはどれほどのものであるのか。まもなく勇者と相対することで、ついにこのRPGの表舞台に登場することになる四匹のモンスターに関してまったく何も描かれないまま、勇者はもうすぐこの根城にやってくることになる。


 ――今は昔、この世界の「古代」と呼ばれている時代、四つの部族が数多のモンスターの頂点に立ち、お互いに争いを繰り広げていた。すなわち、北方を治めるジェイマ族、南方のゼットマ族、西方のケイマ族、そして、東方のティーマ族である。彼らの力は互いに拮抗しており、長らく局地的な紛争を繰り返しながら、いずれに偏ることなく戦力は均衡を保ち続けてきた。当時の世界はモンスターが支配しており、無力な人間はモンスターの横暴から逃れながら、なんとか命をつないでいた状態であった。

 岩陰に隠れ、森に身を隠し、草むらに潜み、生きながらえるだけで精いっぱいの毎日を過ごしながらも、人間は少しずつではあったが、文明を発展させ、やがて高度な技術や機械、道具を駆使するようになっていった。機械の力によって、人間はモンスターに対して防戦一方であった関係から脱却し、徐々に居住地域、領土を広げていくようになった。

 自分たちのテリトリーが人間に侵略され始めたことをきっかけに、均衡していたパワーバランスが崩れ、人間に対する警戒が高まり、四つの部族は大規模な戦闘を行うようになっていった。対人間の戦況を優位に進めるためには他の部族の領土を奪う必要があったのである。しかしながら、実力の拮抗した部族同士であるから、戦闘は長期化し、決着のつかないまま、段々とどの部族も疲弊していった。モンスターの弱体化に反比例するかのように、人間はさらに世界を制覇していき、世界は人間と機械による支配が進んだ。

 ある時、四つの部族の長のもとに謎の人物、あるいはモンスターかもしれないが、文字を持たぬモンスターの古い出来事であるから、何者かとしか言えない何かが現れて、ある提案をした。このままではモンスターは互いに殺し合い、力を失い、数を減らし、やがて世界は人間に支配されることになるであろう。そして、全てのモンスターは人間に隷属することになるであろう。そんな未来だけは何としても避けなければならない。そこで、この何者かは、自らの力を用いれば、それぞれの部族のモンスター全員が融合し、絶対的な力を持った一匹のモンスター融合体を創り出すことができる。四匹の融合体が共闘し、圧倒的な力で人間どもを殲滅させてはどうかと、言ってきたのである。

 四つの部族の長は、この提案に賛同し、それぞれの部族のモンスター全てが、この何者かの力によって、一のモンスターに融合された。そして生まれた四匹のモンスターが、それぞれぞれの部族の名をもった、ジェイマ、ゼットマ、ケイマ、ティーマであった。モンスターの頂点に立つ四つの部族のモンスター全員が、部族ごとに一つのモンスターへと融合されたのだから、その力はすさまじかった。高度な機械文明を有し始めていた人間たちも、この四匹のモンスターの襲来にはなす術がなく、世界各地に築かれていた都市はことごとく破壊され、人間のほとんどは、このたった四匹のモンスターによって殺されてしまったのである。

 やがて、世界が恐怖と絶望の真っ暗闇に陥ったころ、四人の人間がこの最強のモンスターに抗すべく立ち上がった。この人間たちはどのようにしてか、手段は一切不明だが、ジェイマ、ゼットマ、ケイマ、ティーマの四匹のモンスターを激闘の末に封印することに成功した。この時の戦闘で使用したのが、のぶおたちが古代都市の遺跡から発掘した伝説の装備である。四匹のモンスターが封印されたことで、世界はモンスターの恐怖から解放され、長い時間ののち、人間は再び繁栄していくこととなった。


 しかし、さらに長い長い時間が経ち、メタモンスターの長であるカールは、この四匹のモンスターが封印されている場所を特定し、その封印を解き放ったのである。長い眠りから解放され、再び横暴の場を与えられた四匹のモンスターは、救い出してくれた恩からカールに忠誠を誓い、そして、最強の臣下としてカールのもとに仕えるようになったのである。

 カールがどのようにして封印の場所を特定し、封印を解いたのか。カールはどのようにしてメタモンスターの長になったのか。カールの事をメタモンスターの長と称しているが、カール以外にメタモンスターは存在するのか。そもそもカールとはどうやって生み出されたのか。四人の臣下は元々はモンスターであったのだから、メタモンスターではないのではないか。カールが封印を解いたことで、四匹のモンスターもメタモンスターとしてのポジションを得たのか。整合性の取れない部分が多くある。それは、この言い伝えが間違っているのではなく、この世界をそもそも創り上げた創造主である神、すなわちこのRPGの開発者の責任である。

 開発者は製作過程において、つじつまの合わない部分を直していかなければならない。それは世界の設定しかり、物語の筋書きしかり、登場するモンスターしかり、手に入れられる道具の種類しかり、この世界の中で起こりうる、そして認知できうる全ての事象は、形而上であれ形而下であれ、開発者が把握し、一切の矛盾なく、説明可能な状態として、存在させなければならない。

 しかしながら、この世界の神=創造主=開発者にはそれが出来ていなかった。神として明らかに力不足であった。本来交わるはずのないモンスターとメタモンスターの間にザラが生まれたことも、神を殺すことのできる言語道断の武器かみごろしのつるぎも、開発者がこの世界に残存させてしまった矛盾すなわちバグであった。

 バグだけではない。のぶおたちの冒険に大した起伏もなく、魔王が冒険の中に顔をのぞかせることもなく、冒険の大義名分もはっきりしない物語。のぶおの冒険の中で、劇的な場面がどれだけあっただろうか。炎上するギジプトはザラの暴走であり、飛空艇の墜落も偶然に噴石が衝突したからであり、開発者が意図的に散りばめたピンチなどではなかった。そんな、不明瞭で不明確な物語が生まれてしまったことそのものが、開発者の力不足のせい以外の何物でもないのである。

 そして、勇者と並ぶこの物語のもうひとつの柱である魔王カールも、そして開発者自身までもがバグによって命を絶たれてしまった今となっては、この世界とこの物語の辿り着く先は、開発者の思い描いた小さな大団円ですらないことは明らかである。勇者が魔王の城に近づけば近づくほど、世界は、表象に顔を出す矛盾によって破綻へと向かい、空の雲は突然消滅し、また現れる。時折姿を現す裂け目は繋がってはいけない世界との接点である。


 ザラから新たな世界の魔王として命ぜられた四人の臣下は、長らく仕舞っていたかつての装備を再び取り出した。ジェイマは長い剣と宝珠を、ゼットマは鉾と短刀を、ケイマは巻物と太い綱を、ティーマは宝塔と宝棒を。封印を解かれて以降、彼らが全力で戦闘に臨むのはこれが初めてであった。彼らが人間相手に全力を出すということは、勇者たちがどれほどの強さであれ、この世界が再び破滅することを意味していた。勇者たちが身に着けている古代の装備とは、古代の戦闘の時に人間が身に着けていた装備である。しかし、封印のために使った道具ではない。そんなアイテムはこの世界には用意されていない。勇者たちはどうあがいても勝てない。勝つための手段が用意されていないのだから。そんな矛盾を生み出してしまったこともまた、開発者の不備であり、勇者にとっての、プレーヤーにとっての不幸である。

 そんな不遇の勇者たちがもうすぐこの魔王の城にやってくる。世界が永遠の闇に閉ざされる時は近い。


 * * *

 

 フローリング張りの六畳の洋室で、男が座椅子にもたれかかり、テレビゲームをしている。座面はすっかりヘタって、床の硬さが尻に伝わるのか、しきりに姿勢を変えながらも、テレビ画面に向かっているその表情は真剣で集中している。時々、何か独り言を漏らしつつ、手にしたコントローラーで画面の中のキャラクターを操作している。

「面倒くさいだけだな」

 ゲームの中の演出に納得がいかなかった男は、誰に聞かせるわけでもなく、今プレイしているゲームに対して不平や小言を口にする。それでも、ゲームをやめることはなく、もう何時間も夢中でプレイし続けている。休みの日には朝から晩までずっとプレイすることもある。今プレイしているゲームはそんな状態が数か月は続いている。

 このゲームがそんなに面白いかと言われると面白いとは素直に言えない。ストーリーは一本調子で盛り上がりに欠けるし、何に使うのか分からないアイテムが多数あり、敵の強さもバランスがおかしい。それでも、プレイし始めてしまった以上は、クリアするまではやめられない。レベルを上げ、貴重なアイテムを収集し、やっとの思いで、もうすぐクリア出来そうなところまで来た。今、ゲームの中の主人公たちはラスボスが待っていると思われる城の中を探索しているところなのだった。


 他方、新たな神として、開発者の世界に踏み入れることができるようになったザラが行くべき場所はたったひとつであった。画面の向こうの世界、プレーヤーの世界である。開発者の世界とプレーヤーの世界は同じ地平にあり、地続きであるから、その境界を自由に乗り越えられたのである。

 ザラはプレーヤーの目の前に現れた。

 突然、目の前、テレビとゲーム機を隠す位置に怪物が現れて、プレーヤーは唖になった。自分が手にしているコントローラーのケーブルをまたぐように怪物が立って、こちらを睨みつけている。男は口を生開けにして、あわあわあわと言葉にならない音を発した。それでもコントローラーは手から離さなかった。根っからのゲーム好きだった。

 ザラは部屋の中を見回してから、背後にあるテレビの画面を見た。画面に映し出されている映像の中では、戯画化された四人の登場人物が城の中を歩いていた。先ほどまでザラがいたあの場所だった。ザラのいた世界において、その場所は実体を持った空間であったが、プレーヤーにとってのその場所は、細かな光のドットによって表現されたグラフィックの世界であった。

 男が恐怖のあまり操作をやめてしまったせいで、廊下で静止した四人の登場人物はのぶお、イルバート、ヨハン、マリという名前だった。ザラは再びプレーヤーのほうを向いて、言った。

「お前の名前は何というのだ」

 男はおうおうとオットセイのように声を出すので精いっぱいだった。握りしめたコントローラーは汗でびしょびしょになっていた。ザラは再び言った。

「お前の名前は何というのだ」

 男は、失禁した。座椅子を濡らし、床に敷いたカーペットに染みが広がって、全てを諦めてしまった心境になってやっと答えた。

「の、信夫です」声が裏返った。

「そうか、おまえがのぶおか。おれが誰だか分かるか」

「あ、あ、あ、あ、あわか、わかりま、ああ、わかりませせません」

「魔王だ。勇者のぶおが倒そうとしている魔王だ。お前がこれから倒そうとしている魔王だ」

「まおまままおうまおう」

 信夫のグレーのスウェットパンツに小便が染みていく。ザラは信夫の右側に移動した。

「どうした、ゲームを進めないのか。進めろ、先へ進めるんだ、ここはどこだかわかるか」

「しろしろしろしろしろ、城です」

「そうだ、魔王の城だ。魔王の城にいるのに、魔王がここにいる。どういうことか分かるか

「わあわわわわ」

 信夫は少しずつ正気を失い始めていた。それでもコントローラーは離さず、画面の中ののぶおたちは廊下を進み、隠し通路を見つけ、さらに直進し、ワープの床を踏んだ。そして、石の扉の前へとやってきた。

「お前がその扉を開けたとしても魔王はもういないのだ。魔王はここにいる。お前が進めてきた勇者の物語は完結しないんだ。わかるか」

 信夫の操作によって、のぶおは重く大きな石の扉を開いた。天井近くの採光窓から差し込む光によって、うっすらと四匹のモンスターが見えた。

「あれは、俺の臣下だ。お前が長い時間をかけて辿り着いたこの城にいるのは、お前が追いかけ続けた魔王ではない」


 信夫はもはや何を言われているのか全く理解できなくなっていた。突然、目の前に現れた怪物が、自分のプレイしているゲームの事を知っていて、そして、そのゲームの中には、いるはずのラスボスがいなかった。

「さあ、戦うんだ。我が臣下たちと」

「あわ、あわわ、わ、わ、あわ、は、はい」

 信夫の操る勇者のぶおとその仲間たちは、ジェンマ、ゼットマ、ケイマ、ティーマという四匹のボスにダメージを与えることすらできずに殺された。ザラは信夫に言った。

「残念だったな。勇者は死んだんだ、この物語はここで終わる」

 恐ろしくて、力の限り握りしめたコントローラーが汗で滑ってしまい、床に落ちて、安っぽい音がした。

「プレーヤーよ、このゲームは面白かったか」

 信夫はほとんど放心状態で返事ができなかった

「面白かったかと聞いているんだ」

「は、は、はい、面白か、かか、かったです」

 否定的な事を言えば殺されると思った信夫は嘘をついた

「本当にそう思ってプレイしていたか」

「あ、は、あ、い、いいいいえ、いいえ、面白く、な、なな、なかったで、です」

「そうだ、つまらんゲームだ。これはつまらんRPGだ。どのあたりがつまらなかったんだ」

「すす、ストーリーとか、ばばばば、バトルとか、ぜぜぜ、ぜん、全部ぶぶう。助けてたたたすけてくださささい」

「そうか、全部か。こんな最低のつまらんゲームが生み出され、お前がプレイし始めたせいで、父は神に苦しめられたのだ。そして、俺は父を殺さねばならなくなってしまった。この出来損ないのゲームのせいでな」

 過呼吸になり、信夫は喉をピーと鳴らし、顔面には脂汗が滲んでいた。

「だが、それも全て変わる。もうすぐ、モンスターにとって最高のゲームに生まれ変われるのだ、あと一人死ねば。誰かわかるな」

「あああ、あとだあとだ誰が死ぬ死ぬ死ぬのですすすか」信夫は泣いていた。ザラは脅すわけでもなく淡々と信夫に話した。

「お前だ。プレーヤーの死によってこの物語を終わらせる。そして、このゲームは、勇者の死とモンスターの勝利で終わる初めてのゲームとなるのだ」

「ぐゃーーー」

 信夫は絶命した。


 ゲームの主人公にとって、行動のすべてを司る神=プレーヤーもまた、ザラのかみごろしのつるぎによって命を奪われたのであった。バグのせいで永遠にクリアできないゲームをプレイし続けた不運なプレーヤーの最後であった。見開いた瞳が死してなお見つめていた画面には『GAME OVER』の文字が表示され、地面に突き立てられた勇者の剣が墓標を模していた。


 あるひとつのRPGの世界とその周辺からすべての神が姿を消した。勇者とプレーヤーの死によって、RPGの世界から勇者は消え去り、勇者を操る意思としてのプレーヤーも消えさった。そして、RPGの世界はモンスターが支配する世界となった。




魔王の匙加減 完


勇者の超自我 へと続く

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魔王の匙加減 @lazymachine

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