第78話 そのころの妹……

 <妹サイド。視点はルーク中心。>


な、なんだこの可愛い生き物は……。


 冒険者として12のころから男達の間でもまれて生きてきたルークである。

 もっと言えば、父親と肝っ玉母ちゃんとの間に4男の末っ子として生きてきたルークである。

 まぁつまり、なんだ。家庭的にも、男に囲まれて生きてきた。

 唯一親しかった女性と言えば、母親。元冒険者。二つ名持ち。狂騒の月と言われていた、まぁ怒らせちゃ駄目だという種類の人間である。

 次に会話をした数の多い女性は、冒険者ギルドの受付嬢である。

 元冒険者であり、いわば……小型版母親と言えばよいだろうか。

 あいにくと、ルークの生まれ育った町は、過疎化が進み、唯一の産業がダンジョンである。冒険者は多いが、一般人は少ない。

 父母は元冒険者ということもあり、冒険者相手に食堂兼宿屋兼アドバイザーなる仕事をして生計を立てている。

 ……時々ダンジョンに”遊びに”行くこともある。大抵何やら謎のお土産を持って帰ってきている。

 そして、ルークも12歳、冒険者登録できるようになったらすぐに冒険者になった。来る日も来る日も潜率漬けて20歳の誕生日を迎えたこの日。

 ついに、兄たちにもなしえなかった、ダンジョンの86階層単独踏破を成し遂げたのである!

 本来ならば、単純に喜び、人に自慢すべきことを成し遂げたはずだが、今、ルークは戸惑っていた。

 何故なら、今まで見たこともない可愛い生き物が、86階層の転移魔法陣の前に座っていたからだ。

「あなた、誰?」

 可愛い生き物がしゃべった。

 人間の言葉をしゃべっている。

 ぼやーと可愛い生き物を見つめるルーク。

「言葉、通じてる?もしかして、通じないの?」

 可愛い生き物が立ち上がり、スタスタとルークの目の前に歩いてきた。

「おーい、見えてる?私、幽霊とかになってないわよね?」

 ひらひらと、腕を目いっぱいのばしてルークの目の前で手をふるかわいい生き物。

 可愛い生き物が腕を組んだ。

「まてよ。私が幽霊じゃなくって、この目の前の人が幽霊って言う可能性も……」

 可愛い生き物がずさささっと、後ろに後ずさる。そして、そのまま転移魔法陣の上に足が乗る。

「危ないっ」

 思わず手をつかんで転移魔法陣から助け出そうとして、ルークは可愛い生き物と一緒に転移されてしまった。


 ああ、やっちまった。と、ルークは思った。

 86階層にある転移魔法陣は、このダンジョンのボス部屋へとつながっている。

 ボスはSSクラスのモンスターだ。流石に、ルーク一人では倒すことはできない。

 そして、逃げ出すための装備も、不足していた……。

「ちょっと、手、放してよっ」

 へ?

 あ?

「え、ご、ごめん」

 可愛い生き物に言われて初めて、自分がずっと手をつかんでいたことに気が付き慌てて手を離すルーク。

「あーあ、どんな力してんのよ。赤くなっちゃったじゃないっ」

 可愛い生き物……いや、もしかしたら、これが女の子というものだろうか。

 まさか、ボス前の部屋に1人で女の子がいるなんて考えたこともなく、ルークには何か人の形をしたモンスターとか精霊とか別の生き物なのかと思ったのだが。

「っていうか、言葉通じるんじゃない。なんで最初無視したの?」

 可愛い生き物……いや、女の子が頬っぺたぷぅっと膨らませている。

「かわ……い……」

 可愛すぎる。

 10歳くらいだろうか。

「聞こえてる?」

 女の子が首をかしげる。すると、長く美しい黒髪がさらりと揺れた。

「もー、これだから筋肉人種は。脳に言葉が伝達するのに筋肉が邪魔してるんじゃないの?」

 何気に失礼なことを言われていることにも気が付かないルーク。

「あーあ、もう、いいわ。許してあげる」

「ありがとう」

 ふぅと膨らませていたほっぺを緩めて少女が息を吐きだした。反射的にルークがお礼を言う。

 よく考えるのだ、ルークよ。

 お前、何を許してもらったのか分かっているのか。

 そもそも、ボス部屋への転移魔法陣に乗った少女を助けようとして巻き込まれたのはルークのほうである。迷惑をこうむったのは、ルーク、お前のほうなんだぞ!

「ところで、お腹空いたんだけど、なんか持ってない?」

「ごめん、何もない」

 いや、だから、ルーク、お前は謝る必要ないんじゃないのか?

 ちょっとそこへ座れ!

 ん?何?かわいいは正義?

 子供には優しくすべき?

 まて、まて、ちょっとまて。その子、お前より年上だからな!

 という天の声は届くわけもなく。

「そうよね。まさか、こんな岩肌むき出し、薄暗くてじめっとしてて、なんか変な生き物いるところで食事なんてする人がいるわけないものね……。で、あなたはどうしてここに?」

「ああ、俺は冒険者だから、ダンジョンには普通に、その、冒険をするために?」

「うえ、最低」

 少女が嫌そうな顔を見せる。いや、天の声が、少女じゃないぞと言っている。

「さ、最低?」

 ズゴーンとルークは頭を思いきりたたかれたような衝撃を受けた。

「そうよ。そうでしょ?だって、ダンジョンって、信じられないけど、ダンジョンって本物でしょう?」

 本物でしょとはまた変なことを言うと思ったが、ルークは黙って少女の言葉を聞いている。

「それって、危険ってことでしょ?お金のためにっていうなら分かるのよ。だって、人は生きていくためにはお金が必要でしょ?だから、えーっと、ダンジョンで宝箱?か何かを探すためにっていうのはね、危険を顧みずっていうより、危険を気にしてたら食うものも食えなくて生活できないわけでしょ?それは、仕方がないと思うの」

 勢いよく話続ける少女に、ルークはただ、見とれていた。

 いや、ルークは悪くない。単に少女の話をするスピードに頭が理解の域を超えてしまったのだ。

「冒険するためにっていう理由は本当最低。命を何だと思ってるの?あのね、危険をわざわざ自分で作り出すのって、生きたくても生きられない人に失礼だと思わない?日本でもチキンレースとかそんなバカなことしてるのって、大抵男。ほんと男ってバカよね。どうせ、冒険は男のロマンだとかそんなこと言ってるんでしょ?」

 知らず知らずのうちに、ルークは頭を垂れていた。

 どんどんと、垂れていく頭。

「あ、反省したのね?って、何?ちょっと、何?何、何なの、何なの!これっ」

 少女の声が甲高く変わる。

「うわー、うわー、ダンジョンとか本物なのはびっくりしたけど、いや、こういうのもあるのね、ありなのね!うわー、ロマンだわぁ!ロマン、ロマンよぉぉぉぉっ!」

 もふもふもふと言いながら、ルークの耳を撫でまわす少女。

「え?いや、ちょっ……」

 ルークの頭の上にはちょんっと可愛いけも耳が突き出ていた。

「もふもふこそ、ロマン!」

 ルークが目を白黒させる。

 もふもふされ続けることおよそ1分。

 ドシャーという、何か重たいものが地面を打ち付ける音に、ルークは警戒心を取り戻した。

「ドラゴン……」

 ボス部屋、SS級のモンスターはドラゴンだった。

「へ?あ?うわぁ、ちょっと、アレ、ドラゴンって嘘でしょ?ね?あれ、ドラゴンとか、マジで言ってるの?」

 少女を背にかばい、ルークが剣を構える。

 正真正銘のドラゴンだ。

 ドラゴンと呼ばれる種族には色々と種類がいる。

 そのどれもが牛よりも大きな体と、長い首と羽を持っている。

 今回ルークたちの目の前に現れたドラゴンは、牛よりも大きく羽をもち、長い首のある正真正銘ドラゴンだ。

「違うでしょ、あれ、どう見ても、どう見ても、羽のついたなめくじっ!」

 少女がルークの背から顔を出してうえーっと嫌そうな顔を見せる。

 嫌なら見なきゃいいのだが、逆に怖い物見たさが過ぎる少女(本当は大人)である。

「なめくじ?」

 ルークの世界にはない単語だ。

「そうよっ、あの、ぬめぬめっとした質感の肌。軟体っぽい動き、ああ、動きが遅いから、こうして会話してられるのはラッキーね。あんだけ動きが遅いとすぐ倒せるんじゃない?ほら、倒してきてよっ!」

 と、背中を押されるルーク。

「いや、動きは遅くとも、相手はドラゴンでレベルはSS級だ。どんな攻撃を仕掛けて来るかもわからないから、簡単に突っ込んでいくわけには……」

「脳筋のくせに、考えてる……すごい」

 失礼なことを言う少女である。

「ありがとう」

 いや、まて、褒められてないからな、ルーク!

 なぜそこでお礼を言ってしまったのだ!

「頑張って倒すよ、危ないから隅の方にいて」

 そして、やる気を出すルーク。剣を振り上げなめくじドラゴンに突っ込んでいった。

 ルークの振り上げた剣は、あっさりなめくじドラゴンをとらえる。

 ……突き刺さったが。

「うわー、ダメージゼロっぽい」

 少女は壁のくぼみに身を潜めて見ていた。

「頭に剣が突き刺さったのに、無反応とか……」

 ルークの叫び声が上がった。

「うわぁーっ!」

 何が起きたのか、少女は流石に少し青ざめた顔をしてルークに視線を向ける。

 ルークは、バタバタと先がなくなった剣を持って少女の元へとやってきた。

「溶けた……」

 柄しかない剣を向けられた少女が眉を顰める。

「困ったわね……」

 少女は、すぐに倒せないんじゃ、お腹が空いて死んじゃう、困ったと思った。

「そうだな」

 ルークは、剣がきかないどころか剣を失ってしまって困ったと思った。

「どうしよう……」

 ちらりと少女がルークの顔を見る。

 せっかく、人に会えたというのに、食べ物にありつけそうにない。パンの一つも持ってないなんて役立たずめ!

 などと、悪態をつかれていることもルークは気が付かず。

 かわいい。

 かわいすぎる。困った顔もかわいいから、困る。

 どうしよう。どうやったらこのかわいい少女を助けることができるだろう……。

 困った困ったとルークが思っていると、少女がふっと笑った。

 うわー、かわいい。笑うとかわいさが百億倍くらいになるっ!とルークの心臓がバクバクし始める。

 一方少女だが……。

 困った……熊耳男……熊耳がくまってる……困ったと熊とかけたダジャレ。

 くまってる、くまってる……うぷぷとか考えて笑ったのである。

「まぁ、溶けた剣は戻らないから、それより、逃げたらいいんじゃない?こっちから攻撃したけど、反撃しようとのろのろ近づいてきてるだけでさ、飛び道具?とか、なんか毒をこっちに吐いてくるとかなーんもないみたいだし」

 少女が、じりじりとなめくじのようにゆっくり這いずって近づいてくるドラゴンを見て口を開く。

「あー、まぁ、確かに逃げれるなら逃げればいいんだけど、あいつボスだから、ボス部屋は、ボスを倒さないと出られないから、逃げ出せない」

「はーっ、どうすんの!」

 このままこの部屋にいたらご飯が食べられないじゃない!どうすんのぉぉぉ!飢え死にするっ!

「うーん、ごめん。なんとかする」

 ルークがまた謝っている。

 もとはと言えば少女が転移魔法陣を踏んだせいなのに。

「なんとかって?」

 食べる物なんてないのに、どうするつもりなのっ。と、少女はボスを倒すとかボス部屋を出るとかまで頭が働いていないようである。一方ルークは

「分からない。けど、その、幸いにしてすぐに危険はないみたいだから色々試したり考えたりして……」

 真剣にボス部屋脱出方法を考えている。

 ルークが弱点となるところはないかと、ドラゴンを見たのと、 少女がナメクジって食べられるかと真剣に考え始めたのは同時だ。

「色々試す……エスカルゴって、カタツムリよね。カタツムリが食べられるなら……ナメクジもワンチャン……」

 少女の呟きに、ルークが首を傾げた。

「エスカルゴ?カタツムリ?ナメクジ?ワンチャン?知らないモンスターかな?とにかく、長期戦で、落ち着いて弱点が見つかれば」

「ちょっと、長期戦って、いったい何日を想定してるの?私はお腹が空いてるの。食べないと死んじゃうんだよ?」

 ……少女が支離滅裂な叫びで訴え始めた。

「あ、大丈夫だよ。母さんに人は1週間くらい食べなくても、水飲んで塩舐めてれば生きられるって」

「戦場か!兵が塩だけ持たされて放り出された戦場なの?せめてマヨネーズ持たせてよっ!」

 少女は錯乱中。

「マヨネーズ?よくわからないけど、母さんはその、立派な冒険者だったから言うことは間違いなくて……」

 少女がルークを睨み上げる。

 マザコンかよっ。

「うっ、なんか、ズキューン」

 ルークは睨む少女もかわいいと、胸を打たれた。もうだめだルーク、お前につける薬はない。

「で、水はどうやって飲むの?まさか、岩肌から染み出てる水をなめろとか、そういうレベルの話?」

「あ、ほら、水の魔石があるから、これで【水よ出てこい】」

 ルークがポッケから取り出した小さな貝でできたボタンのような石を指でこすった。

 水よ出てこい?少女が首をかしげると、じゃーと、水がボタンから出てきた。

「うわ、水、何、魔石って言った?魔法の石?なんでもいいけど、ちょっと、水が落っこちてる、飲めないって!頂戴、飲ませて頂戴っ」

 少女が上を向いて口を大きくぱかっと開ける。

「え、あ、えっと……」

 水をちょうだいと乞われ、目の前で無防備に口を開く少女。

 まるでひな鳥が親の帰りを待って巣の中でぴーちく鳴いているようではあるが、20歳のルークには、親心になれなどまだ無理であった。心に色々な思いと欲望が湧き出て、色々な妄想が飛び出し、それはもう、自分が何なのか分からなくなって、ひたすらかわいすぎる、かわいすぎる、むぎゅっとしたい、と、少女に触れたい欲望を抑えていた。

「こ、これ、えっと、指で触れて【水よ出てこい】と言えばその、出て来るから、使って」

 少女に水の魔石を指す出すのが精いっぱいであった。

「ありがとう、えーっと、こうね。【水よ出よ】」

 上を向いて口を開き、出てきた水をごくごくと飲み始めた少女。

 少女の口元から、口をそれて垂れる水がポツリと落ちた。その水滴までもがかわいいと、ルークは思った。

「ぷはー。美味しい。今まで飲んだどんな水よりも美味しい。水の魔石ってすごいね。肉の魔石とかもあればいいのにっ!」

「肉の魔石かぁ、それは確かにあれば便利そうだ」

 ルークが少女の言葉に笑う。

「あ、そうだ。はい。母さんにいつも多めに持たされてるから。水と一緒に塩も必ずなめろと」

 ルークがポケットに手を突っ込んで一つまみの塩を取り出す。

 少女が条件反射で差し出した手の平の上に塩をパラパラと落とした。

「塩?塩?いや、これ、塩?」

 なぜか少女は何度も塩かと確認している。

「うん。そうだよ。毒じゃないから」

 別に少女は毒の心配をしているわけではない。

 目の前のドラゴンと呼ばれる生き物は、少女から見れば、どう見てもナメクジだ。

 ナメクジが目の前にいて、塩が手元にあったら、することは一つしかないだろう。

「ちょっと、ルーク、塩もうちょっとちょうだい」

「え?いや、あんまりたくさん食べすぎても体に悪いからって母さんが」

 マザコンか!と、心の中で悪態をつく少女。

 少女はルークが取り出した塩の入った巾着をひっつかむと、一目散にナメクジドラゴンに向かって走り出した。

 あ、転んだ。

 起き上がった。

 また走り出した。

 と、ルークはただ少女の行動を見守るばかり。

 いや、単に脳みそが情報を処理しきれていないだけなのである。

 少女はなぜ塩の袋をひっつかんで、ドラゴンに向かって走り出したのか……。

「あぶないっ!」

 いくらドラゴンは動きがのんびりで、頭やしっぽ以上に動きがとりにくい腹部分に向かって行ったとしても、あれだけ近づいては危険だ!

 ルークは少女を後ろから抱きとめた。

 お腹に手を回し、その場から回避するために。

「ちょ、何すんのっ!」

 と、文句を言いながらも、少女は塩の入った袋に手を突っ込み、ぎゅっと握りしめた塩をえいっと投げた。

「まさか、相撲取りみたいに塩をまく日が来るとは思わなかったわ……」

 少女は謎の言葉とともに、なぜ塩をドラゴンにぶつけるのか。

 まさか……少女は、敵であるドラゴンにも塩をあげようという優しさが!

 とか、馬鹿なことを考え出すルーク。

「危ないっ!」

 ルークは脳への情報伝達は非常に残念な男ではあるが、こと、危険回避能力に関しては頭で考えるよりも体が動くタイプである。

 今までののんびりした動きではなく、急にドラゴンがお腹を中心にして、頭と尻尾を折り曲げるようにして動いた。

 まるで、頭に乗った蠅を叩き落そうとするかのごとく素早い動きで。

 ルークが剣を頭にさした時でさえこのような過剰の反応はなかったというのに。

 ルークは、ドラゴンの頭と尻尾の攻撃を避けるため、少女を抱きかかえたまま、後ろに飛び上がった。飛距離にして4m。

 さすがの身体能力と言いたいが……。

「ちょっと、あれ、効果あるんじゃない?」

 少女がルークの腕を振り払うと、再びドラゴンへと近づいていった。

「ま、まって、危ないからっ」

 ルークが追いついたころには、少女は再び袋から塩をつかんで今度はドラゴンの頭めがけて投げた。

「うおうっ!」

 少女の頭の上を、ドラゴンが口から吐いた謎の液体が通過。

「そういやぁ、ナメクジも塩かけると体から液体出てくるし」

「ナメクジ?いや、それよりも、あのドラゴンは攻撃手段がないと思っていたが、ダメだ。のんびりしていられそうもない」

 ルークが悲壮な顔をする。

「素早い動きもできるし、液体も吐く」

 少女が首を傾げた。

「苦しくて体を折り曲げただけでしょ?お腹痛くなったら、とっさに体折り曲げるでしょ?」

 少女の言葉に、ルークが首をかしげる。

「おなか、いたい?」

「そう。ほら、これ。塩かけるとナメクジは死ぬの……あれ?死ぬんだっけ?水をかけると復活するとか聞いた気も……」

 少女が眉根を寄せて何か考え始めた。

 ルークがドラゴンの姿を見ると、先ほどより明らかに小さくなっている。

「続きは任せて!」

 少女の手から、塩の袋を取り戻し、ルークがドラゴンに近づきジャンプ。

 ドラゴンを飛び越える際に、上から塩を振りまいた。

「おおー、それなら全身にまんべんなくナメクジにかかる!」

 ぱちぱちと拍手をする少女に、照れた顔を見せるルーク。

 少女は塩まきはルークに任せて再びくぼみに戻る。

「うーんと、浸透圧、浸透圧で塩で水分抜けるけど、抜けるけど、殺そうと思うと、ずっとその状況を続ける……相当の塩がいるんだったっけ……?とすると、あの量の塩じゃ足りないよなぁ……」

 どうする?塩、足りなくなったら。頭をひねる少女の元にルークがやってきた。

 手には、すっかり縮んだナメクジドラゴンの羽をつかんでぶら下げている。

「ここからどうしたらいいでしょう、剣はとけてしまうし……」

「なんで、私に聞く?少なくとも水分を与えれば再び巨大になるので絶対にダメだから、逆に、もっと水分抜けたらいいんだけど」

 ルークが少女の言葉を聞いて、ポンッと手を打った。

「母さんが、役立つからアーマーは金属推奨。鎖帷子とか通気性を考えた穴あきアーマーはダメだって」

 と、ルークは胸当てを外すと、魔石をいくつかおいてその上にアーマーを乗せた。

 ……簡易鍋のように見えないこともない。そこに、小さくなったドラゴン投入。

「【火よ燃えろ】」

 ルークが呪文を唱えると、魔石が燃え上がった。

「なんか、便利な石炭ね」

「石炭じゃなくて、火の魔石だよ。こうして、出先で料理ができる」

 ルークの言葉に、少女がジンギスカンが鉄兜を鉄板代わりに肉を焼いたとかいう話を思い出し、おなかがぎゅーっと鳴った。

「……ナメクジは、エスカルゴの仲間……塩味……の焼きエスカルゴもどき……」

 ぶつぶつと何か謎の言葉をつぶやき始めた少女の顔をルークは見ていた。

 だんだんと目がきらきらと輝き始めている。

「火を通せば大丈夫、大丈夫……」

 なんか知らないけど、もう体から何かを溶かす液体は全部出ちゃってるみたいだし。だって、ドラゴンを持つルークはとけてない。

「背に腹はかえられない……十分火にかければ……」

 少女の決意は固かった。

 もう、お腹も減りすぎて倒れる限界である。それに、火にあぶられ焼かれるドラゴンの匂いは、実に……いい匂いなのである。「あ、動きが止まった」

 ルークが持っていたドラゴンの羽離すと、羽も鍋の中に落ちた。

「87、88、89、90、……」

 気がつけば少女が片時も目を離さずにドラゴンを見ながら数を数えている。

「どうして数字を?」

「最低でも10分は焼く。時計がないから数を数えてる。600まで。あ、そろそろひっくり返してくれない?」

 少女の言葉に、ルークは感動していた。

 すごい。

 ドラゴンを倒すための知識がなんて豊富なんだ!

 まずは塩をかけ、そして火であぶる。時間は10分以上で、両面しっかり火が通るように……!

 ドラゴンの腹面にはいい焼き色がついていた。

「んー、そろそろいいかな?ルーク、なんか剣とかもってない?」

「ナイフなら」

 ルークが、ナイフを取り出して少女に差し出す。

 ルークは少女への好感度を上げていた。

 その9割は勘違いだが。

 そもそも、ドラゴンの倒し方など少女は知らない。

 そして、今、火にかけているのは倒すためではない。食べようとしているのだ。

 ……そんなことルークは知る由もない。

「どれどれ」

 少女がナイフでドラゴンを切った。

 ピクリと尻尾の先が動いたが、そのままドラゴンは息絶えたようで……。

「ひゃーっ、ちょ、どういうことっ!なんで、どうしてっ!」

 少女の悲痛な叫びがダンジョン内にこだまする。

「うわ!やった!すごい!SS級ドラゴン討伐おめでとう!」

 ルークは目いっぱい拍手している。

 焼いていたいい匂いのする塩エスカルゴもどきは、光に包まれて忽然と消えた。

「どういうことなのっ!なくなっちゃった、なくなっちゃったじゃないのっ!」

 少女がルークの襟首つかんでぐんぐんとゆする。

「え?いや、ダンジョン内のモンスターはやっつけると消えてなくなるものだけど……ほら、そうして、アイテムを出すんだよ」

 ルークが指さした先は、ルークの鎧の上だ。

 さっきまでいい匂いを立ててエスカルゴを焼いていたところ。

 その上に、はみ出すように剣が1本と、小さな塊が乗っていた。

「すごい、ドラゴンの心臓とドラゴンの剣が出た」

 ルークが驚いた顔をしている。

「あっと、火を止めないと」

 アイテムに手を伸ばしたルークがあつっとすぐに手をひっこめた。

「心臓?ハツってことよね。ハツの焼肉……」

 少女の口元からつーっと一筋たれるよだれ。

「火はこのままで!ってか、剣じゃまっ」

 少女が、手にしていたナイフで、熱くなった剣の端っこをちょいっと突っついて鍋から落とした。

 そして、ナイフを使って、ひっくり返しながらハツを焼く。

「ねぇ、念のため聞くけど、これ、毒とかないよね?」

「ドロップしたアイテムは、何か良い効果があることはあっても、悪い効果があるものはないから大丈夫だ。ただ、宝箱に入っているものは、時には呪いのアイテムなど悪い効果のあるものが罠として設置されていたりするが」

 というルークの親切なアドバイスなど、少女の耳には右から左。

「牛のハツなら刺身でも食べられるって聞いたことがあるけど、さすがに……どの肉でも生が大丈夫なわけじゃないし、これも生で大丈夫か分からないから、しっかり焼いた方が……ああ、でも、もう、お腹が、げんか……」

 ナイフをぶっさして、少女が表面を焼いた肉にかぶりついた。

「はふ、はふ、あつ、はぁ、何、これ、うまっ」

 はぐはぐ、あつあつと言いながら、少女は口を止めることなく、ハツをむしゃぶり食った。

「あ、え?食べた……」

 ルークがびっくりして両目を見開いた。

「何?私が一人で食べたことを怒ってる?」

 いや違う。

 ドラゴンの心臓など、乾燥させてすりつぶして粉にして、秘薬を作るのに少しずつ使うような代物だ……それを、ばくっと食べちゃうなんて……。

 大丈夫だろうか……と、心配するも、ルークは口下手である。説明しようと口を開きかけた時には……。

「ごちそうさまっ!はー、オイシカッタ」

 と、少女は満足顔である。

 その顔は頬に赤みが戻り、目が潤んでとてもかわいい。かわいすぎて、尊さすら感じる。

「かわ……」

 かわいいと口に出しそうになったルークを少女は見上げた。

「わ、悪かったわよ。一人で食べて……。い、言い訳するわけじゃないけど、もう3日も食べてなかったし……そ、その代わり、2つ出てきたから、もう一つの方、剣はあげるから」

 ルークは唖然とする。

 いや、もう、なんというか、これ以上ないくらいかわいくて尊いと思っていた少女が、ちょっと困ったように視線をそらしつつも、申し訳なさそうに謝るその姿……。

 神ってる!

 もしかしたら、女神の化身なのかもしれない!と、ルークが脳みそぶっ飛ばしている。

「ん?あれ?なんか、体が光ってない?」

 そう、光り輝く女神さま!

 って、ちがーう。

 ルークは慌ててドラゴンの剣に手を伸ばしてつかんだ。胸当てはまだ熱々で、手を伸ばしたもののあきらめた。

「ボス部屋のボスを倒すと、地上に戻されるんだ。この光がその合図」

 というルークの言葉が終わるか終わらないかのうちに、ルークと少女はダンジョンの入り口に転送された。

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もふもふ愛犬は元SSS級冒険者~異世界転移で得た能力は【続きはWEBで】と表示される鑑定能力でした とまと @ftoma

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