第5話

僕は、『剣鬼』を書き上げた。

しかし、それは最初に用意していた結末ではない。



銑司が想い人に刃を突き立てようとした瞬間、想い人は悲しげな瞳で銑司を優しく見つめる。

銑司はその瞳を見た刹那、自分の殆どを支配しようとしていた『剣鬼』を抑え、我を取り戻す。

銑司は刀を捨て去り、想い人を抱き締める……。



僕はその結末で書き上げた作品を文学賞には応募せず……世良だけに読んでもらった。

それは、文学賞に向けて用意していたバッドエンドのホラー小説ではない。

僕の小説の一番のファン、世良だけに読んでもらうためのラブストーリー。


そして、僕の『咳』も治まった。

最後まで、僕の『咳』の原因は医師にも分からなかった。


しかし、僕はその『咳』に『小説鬼』という名を付けている。

小説の中に巣食う『鬼』。

自分の小説を書くことで自分自身を傷つけ、読む人をも傷つける『鬼』。


でも、自分の作品を読み続ける人がいる限り、僕は『鬼』に支配されたりなんかしない。

自分の中に……そして、小説の中に住み込む『鬼』を超える『感動』を産み出してみせる!


僕は今、この時間も原稿用紙と向かい合い、自分の魂を込めてこの小説を書き続けている。

僕の小説の一番のファンは、堂々と笑顔で読んでくれる。

僕が最も伝えたい、等身大の気持ちを綴ったこの小説を。


これからも僕が小説を書き続ける限り、自分の作品に『鬼』が憑かんとするかも知れない。

でも、小説は時に『鬼』になることがあったとしても……それ以上に読む人に感動と喜びを与えるものだと信じている。

だから、僕は書き続ける。

賞が取れなくても……一人でもいい。

自分の小説を読んでくれる人のために、僕は書き続ける!



『小説鬼』と名付けたこの作品を読んで、世良が昔のように、はちきれんばかりの笑顔を僕に向けてくれた。

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小説鬼 いっき @frozen-sea

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