短編置き場

空木

命の消える感触が、皮膚にこびり付いている


「それじゃあ宵帆、また明後日着替え持ってくるから」

自分がいつも着る服よりも一回り以上大きい衣類をボストンバッグに詰め込み終わって振り向けば、白い無機質な病院のベッドに寝かされた幼馴染は目じりを下げて申し訳なさそうに私を見ていた。

「うん。いつもごめんねツツ」

「別にこれくらいどうってことないし、そもそも宵帆が悪い訳じゃないでしょ」

「いやまあそうなんだけど…毎回ツツには迷惑掛けてばっかりだし…」

私の幼馴染兼恋人である宵帆の身体はボロボロで、スウェットから伸びた腕には包帯が巻かれ、頬には大きなガーゼが張られている。確認はしていないが、きっと服の下も同じような状態であることは容易に想像がつく。

これでも宵帆は随分回復したのだ。なにせ、入院当初は精神的にも相当参ってしまっていて、ずっと虚脱状態が続いていたのだから。

「本当に気にしてないから。それでも気になるなら、なるべく早くその怪我治してよ」

「…うん、ありがとう」

「いいよ。おやすみ宵帆」

なんでもない、なんにも気にしてないように繕ったまま、私はボストンバッグを抱え

て彼の病室から出ていく。其のまま、迷うことなくナースセンターに向かい、首から下げていた面会許可証を受付の看護師に返却し、病院の外へと出た。思わず、張りつめていた糸が緩んで口からため息が零れる。いくら空気を吐き出したところで、淀んだ胸が晴れないことをいくら頭で理解していても、こればっかりはどうしようもない。

まだ17時になったばかりだというのに、辺りはすっかり暗闇が支配していた。冬は日が落ちるのが早くていけない。外の冷たい空気で強張る身体を奮い立だせて自宅へと急いだ。

帰ったら猫にご飯をやって、洗濯物をして、事務所から持ち帰った仕事を片付けなければならない。ゆっくりしていたらあっという間に日付が変わってしまう。

…正直言うと、仕事を持ち帰ったのは私の希望で、なんなら所長は暫く休んでもいいと言ってくれている。見た目は少し奇抜だけど、いい人なのだ。そもそも最近新しく事務所に入った人もいるし、こんなに忙しくする必要は全くない。

けれど、それでは私が駄目になりそうだった。なるべく雑念を考えないように、なるべく自分の内側から目を背けられるように。


それでもふと、気が付くと考えてしまう、思い出してしまう。宵帆が定期的に入院する理由を私は知っている。私自身が少なからず巻き込まれているからよく知っている。それらは今この瞬間も私や宵帆、それにゆめか達を引き摺り込もうと暗闇の中で息を潜めて嗤っている。


あと何回、宵帆は巻き込まれるのだろうか。あと何回、私は病室で眠る宵帆が目覚めるのを待たなければいけないのか。


別の世界で生きる宵帆に死に至る毒を飲ませて、

宵帆であって宵帆である人を見殺しにして、

宵帆の心臓をこの手で抉り出したことがある私がそう思うのは、

烏滸おこががましいのかもしれないけれど。



ねえ宵帆。時々、思うんだよ。

わたしの知らない場所で、

わたしの知らない人や化け物に、

いつか宵帆が奪われるくらいなら。


わたしが自分で宵帆を殺してしまった方が、

ずっと救いがあるんじゃないかって。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編置き場 空木 @utugisaicai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る