第七話 第六ラグエリ強制収容所解放作戦

日イ両軍前線宿営地・マカグリフ

時系列は再び遡る。マカグリフは日本皇国国防軍とイタリ・ローマ王国軍の共同宿営地であり、両軍の兵士たちが仲睦まじい姿を見せながら出入りしている。

ここに駐屯する部隊は藤田少将率いる第一機甲師団に先導される形で東側から浸透した合同部隊で両軍精鋭の第七十五遊撃隊や王国軍第二近衛竜騎兵隊、国防軍第三歩兵連隊そして解放作戦の要となる特殊作戦群・第一特殊戦グループといった構成だ。

そんな部隊の壮観さに見とれていたカルロ・バローネ近衛竜騎兵隊曹長は途中で別の拠点へと移動するために飛び立った65式攻撃ヘリコプター・熊鷹二型改(史実におけるAH-1Zを対地戦に特化させたもの)や75式攻撃ヘリコプター雷鷲改(史実におけるAH-64Dアパッチ・ロングボウ)、57式汎用ヘリコプター二型(史実におけるUH-1ヒューイⅡ)の存在に釘付けになっていた。


「二ホンが元居た世界には飛竜種みたいなこっちの世界に居る大型飛行生物が存在しないから縦横無尽に空を舞うヘリコプターという飛行機が出来たんだ……少し前の演習中に見たことあるけど、ああ見えて色んな種類の爆弾や高火力な機関砲を搭載しているなんて想像できないな」


彼の言葉通り、日本が転移してきてからヘリコプターという航空機の存在はイタリ・ローマ王国の人々に衝撃を与えた。

一九三〇年代後期のような世界だが、これまで航空母艦という概念が無かったように停止飛行が可能な航空機が一切開発されておらず。その背景には飛竜種……いわゆるドラゴンまたはワイバーンの存在が大きかった。

この世界におけるワイバーンはこの世界で人類が始まって以来様々な戦争で使われている存在であると同時に自動車や航空機、艦船、鉄道といった人工交通手段がまだまだ発達途上にある故に現在も親しまれている。

流石に大型航空機に劣るものの、防御力は複葉戦闘機と同等または少し上回るといった具合であり近代化が進んだこの世界でも現在も少なからず第一線で活躍する存在でもある。


「そこにいたのねドラゴンライダーの少年!次の作戦のパートナーもこの私だぞ!」


「あっシオリさん。また一緒にタッグが組めるんですね!それでどのような作戦内容なんですか?」


宿営地から離れてヘリポート近くの草原で座り込んで次々と到着するヘリコプターを眺めていると、行動をよく共にする相馬が声を掛けながらその隣に座る。


「ここから西に一〇〇キロほど離れた地点にある第六ラグエリ強制収容所に収容されている非ヒト種の解放よ。今のところは地下に収容施設があるくらいとしか分かっていないから現地に突入してから内部の敵を殲滅した後に解放するといった段取りになるわ。今回の作戦だとテンペスタちゃんはお留守番みたいよ。詳しくは明日のブリーフィングで分かるみたいだわ」


「そうなんですね。じゃあ突入の際はいつも通りシオリさんと連携する作戦を取りませんか?」


「やっぱりそれが良いわね。今回はカルロが歩兵として一緒に行動する可能性が高いから。私が君を怪我させないようにするわ」


「あの…シオリさん」


「どうしたのカルロ?」


途中まではいつものように連携の段取りをしていたのだが、カルロはそのまま相馬の膝の上に寝かされる。彼女のこのスキンシップはまだ少年の彼にはとても刺激的なもので数秒間は沈黙したが、そのまま素直に口にした。


「その……どうして今膝枕なんですか?前みたいに誰かに見られてたら」


「ふふっ。誰かが何か言って来てもS帰りの志桜里お姉さんが君との時間を邪魔させないからね♪」


しかし相馬はそれも構わずにそのまま顔を近づけて耳元で静かにそう囁くと、顔を上げてカルロの頭を撫で続けたのだった。

対する彼も彼女の機嫌を損ねたくなかったのか静かに黙り込むといつも通りされるがままの状態になった。



三ヶ月前 イタリ・ローマ王国

相馬志桜里陸軍中尉(二十二歳)は商業高校卒業後に下士官候補生で日本皇国国防軍・国防陸軍に入隊した後に二年九ヶ月の教育機関やレンジャー課程、下士官かつレンジャー徽章を有する者だけが入隊を許される幹部昇進試験を兼ねた特殊作戦群将兵教育課程(訓練期間は一年間で中尉に昇格できる)も潜り抜けて対馬駐屯地に配属されたある日、現在のパートナーであるカルロ・バローネ曹長と出会うきっかけの出来事……日本転移事件を経た後にイタリ・ローマ王国の駐留地に配属された。

配属されたその日、相馬は隊の自由時間に街を散策していたのはいいものの見事に迷ってしまい、偶然見かけた軍服の少年……カルロに声を掛けた。


「こんにちは少年!私は日本皇国国防軍の者なんだけど、お姉さん道に迷っちゃったんだ……」


「二ホンコウコク軍の方ですか?この辺りは複雑なので僕と一緒に行きましょう。丁度いいや、後ろに乗ってくれませんか?」


「ありがとう!ところで自動車か何か乗って来てるの?」


「いいえ、この子の後ろに乗ってもらいます。テンペスタ、お客さんを乗せるけど良いかな?」


「うわっこのドラゴンに乗るの?!」


「そうですよ!遠慮なく乗ってください!」


カルロは困った表情で声を掛けて来た相馬の手を優しくひくと、愛竜のテンペスタの前まで連れて行く。彼女は思わず正直の反応な本能で驚くが、対するテンペスタは静かに鼻息を立てながら歓迎しているであろう表情で静かに頷いた。


「空を飛べるって便利だけど、この子重くないのかな。私たまに物理的女子力っていじられるくらい重たいんだけど大丈夫?」


「全然大丈夫ですよ。僕的に強い女性は魅力的だと思っています。僕って身長もそんなに高くないし何なら顔も女の子みたいだなんて言われるくらいですから」


「ふふっそうなんだ。私は普通の男性も好きだけど、どちらかと言えば可愛い男の子の方が好きなんだ」


「そうなんですね……あそこで良いですか?」


テンペスタを操る傍ら相馬の自虐的な話をカルロは頷きながら可愛い笑みを浮かべて聞いている。そんな彼の容姿や態度などが彼女の男性の好みに刺さったのか、もう少しばかり掴まる力を強めて胸をカルロの背中に密着させて耳元で囁く。

しばらくして駐留地付近に差し掛かったのか、ホバリングしながら下を指さしている。


「そうそう!少年、あそこに降りてもらえるかな?」


「はい!あそこですね!」


カルロはテンペスタで相馬が指差した人通りが少ない路地に向けて降下し、静かに着地させると彼女の手を引いて優しくおろす。


「………」


「あの?どこか具合がわ……むぎゅっ?!」


この時彼は彼女の恍惚とした表情に変わったことに気付いたため、身体の具合が悪いと勘違いしてしまい。そのまま近づくと右手を引っ張られて胸に顔を埋められる形で抱きしめられる。


「ありがとう少年♪私の名前は相馬志桜里って言うの!また明日会ってくれる?」


「は……はい!分かりましたから。む、胸に当たってますから離してください!」


「ふふっごめんね。あなたのお名前は?」


「イタリ・ローマ王国軍近衛竜騎兵隊所属のカ、カルロ・バローネ曹長です!」


「じゃあ、カルロで良いかしら?じゃあまた明日ね」


「は、はい!シオリさんお気を付けて!」


こうして相馬とカルロは出会い、戦闘時にタッグを組む機会が多くなったのだ。時間も出会ってから三ヶ月ほど経過していることから日に日に彼女によるスキンシップは激しくなり周囲は二人の関係を不快に思うことなくむしろ羨望の眼差しで見つめている程であった。




時間は戻り第六ラグエリ強制収容所地下研究室

第六ラグエリ強制収容所の地下研究室では、惨たらしい人体実験を交えた生物兵器の開発といったものを秘密裏に行なっている。

主に実験対象となるのは、各地で政治犯という名目で証拠不十分なまま逮捕された者や徴用された後に衰弱した非ヒト種族といった清廉潔白な者達ばかりだ。

その残虐さを彩るかのように、地下室の高さ五メートル近くあるカプセルには普通の人間と非ヒト種を無理矢理合体させたような異形の生物が液体につけられて仮眠状態で保管されている。


「今のところ稼働可能なのはこの一体だけか……まあいい。徴兵されるも最低成績で平和主義気取りの男と一般的で気弱な獣人族の女の組み合わせだが。生物として備わっている潜在的凶暴性の引き出しと最大限の肉体強化に成功する格好の材料になるとはな」


「他の奴らはあと一週間で稼働可能になる。くっくっく……コイツらの標本を用いてここに収容されているヒトモドキ共と兵器材料を合体させて生物兵器を量産し、反撃開始に貢献したいものだ」


二人の軍属科学者は陰湿な笑みを浮かべながら元は人間や非ヒト種であろう生物兵器の資料を眺めている。

彼らの残虐非道な行為の証拠として、背中に銃火器を融合させるような実験計画や戦車といった装甲車輌に匹敵させるための肉体改造計画の書類が近くの本棚に詰め込まれていた。




自由革命軍宿営地・仮設飛行場

仮設飛行場前では第四攻撃ヘリコプター隊の出撃前の打ち合わせが行われていた。第四攻撃ヘリコプター隊は国防軍が派遣されてから主に対地攻撃やジュコーフ率いる自由革命軍の支援において名を馳せている部隊の一つだった。

最初期の戦闘時に豊富な人員を用いて縦深攻撃を敢行してきた共和国軍に対して徹底した対地攻撃を行い王国軍や自由革命軍と連携してきたほか近衛竜騎兵隊と精鋭の名に恥じない国防軍レンジャー部隊との混成部隊による敵陣地制圧支援の実績から欠かせない存在でもあった。

さて、ローターという名の翼を得た鉄騎兵達を取りまとめる隊長は『立川剛志たちかわつよし』陸軍大佐だ。彼自身、自分の代わりに現場の主力を担い攻撃を行う隊員たちの思ってか佐官になっても現場で指揮を執り続けている現場重視な人物故か将兵たちから信頼されている。


「我が第四攻撃ヘリコプター隊はこれより宿営地を飛び立って第六ラグエリ強制収容所を取り囲む東西南北の前衛要塞を攻撃しつつ混成竜騎兵隊の収容施設への強襲を支援する。なお、対空兵器類に関しては第一機甲師団が掃討に当たっているが、可能な限りこちらも掃討を心掛けるように」


『『了解っ!!』』


「それでは、これより総員出撃!!」


第四攻撃ヘリコプター部隊の隊員達は、立川大佐の号令と共に駆け足で攻撃ヘリコプターに乗り込んでいき、次々とヘリのローターが甲高い音を立てながら明け方の空に向けて飛び立った。

編成は65式攻撃ヘリコプター十二機、75式攻撃ヘリコプター十五機、観測用の87式観測ヘリコプター(史実におけるOH-1そのもの)八機の計三十七機の編成だ。

八機の観測ヘリコプターによる後方支援のもと絶大な火力とヘリコプターが持つ機敏さといった機動力を用いて空中と第一機甲師団の戦車という高火力な陸上戦闘力を併せ持っての攻撃でこちらより人員数で優位を保つ敵を殲滅することを念頭に置いているため、今回も現代兵器の恐ろしさを敵に叩きつけることになるだろう。

菱形の隊形を組んで計三十七機のヘリコプターが編隊飛行を行っている姿は、明け方という時間帯に非常に似合っており、上り切りかけている朝日を背に突入する姿は圧巻であった。

そんな中、75式攻撃ヘリコプターに搭乗する二人の女性隊員のうち副操縦士兼射撃手である『磯谷千代美いそやちよみ』陸軍少尉は操縦士の『近木忍こ ぎしのぶ』陸軍准尉と無線で通話しながらTADSやレーザー照射装置などの各種機器の画面に集中している。


「忍、あと五分で現地到着みたいだけど。立川大佐、今度こそ”例のアレ”をやるのかしら?」


「磯谷少尉、あの人ならやりかねませんね。だって隊長機をはじめ、護衛する幾つかの65式に特注スピーカーが備え付けられていますからアレをやる気なのは間違いないですね」


「間違いないわ。グエン中佐に憑依されたのかしら?」


「第二次アメリカ戦争が終結した直後に日本とベトナムの映画監督が共同で制作した映画の登場人物ですよね?西側の筆頭格であったドイツで作曲されたワルキューレの騎行を大音量で流しながら親西アメリカ派(アメリカ連合国)の拠点をベトナム軍のグエン中佐率いるヘリ部隊が我が軍の歩兵部隊と共同で攻撃するシーンは今でも鮮明に頭に残っています」


第二次アメリカ戦争も史実における朝鮮戦争のように国境線を押したり戻したりの戦況で日本が率いていた東側(東京条約機構)とナチスドイツが率いていた西側(ベルリン条約機構)の痛み分けに終わるきっかけとなったのだ。

その後、ナチス崩壊の混乱を突いたアメリカ合衆国軍と共にドイツという後ろ盾を失った西アメリカを制圧した第三次アメリカ戦争でようやく東西アメリカが統一されたのだった。

二人が三度に及ぶアメリカ戦争を題材にした映画の話をしていると噂をすればというやつだろうか、近木の言ったワルキューレの騎行を大音量で流しながら敵を攻撃するシーンをそのまま再現したかのように65式攻撃ヘリコプターに備え付けられた大音量スピーカーから震え立たせるようなオーケストラの音色が流れ始め、磯谷と近木が搭乗する75式攻撃ヘリコプターも周囲のヘリコプターが加速するのに合わせて速度を上げる。

オーケストラの音色がさらに盛り上がろうとした瞬間、ローターの上にあるFCRが目視だと霞んで見える距離の敵を補足したのか、計器の通知音が鳴る。


「目標発見、これより高度を維持したまま突入して。ルサビノ方面に向けて出撃するであろう列車砲とその護衛の歩兵部隊及び高射砲部隊を発見。そのまま攻撃を行うわ」


「了解、これより突入します」


『これより六号機及び九号、十一号が五号機を援護します』


「こちら五号機射撃手磯谷、貴機の援護を感謝します。五号機に続いてください」


間もなくして射程範囲に入ると、列車砲が蒸気機関車にけん引されてルサビノへの砲撃に行くだろう列車砲が護衛を付けて出発しようとするが、磯谷機に発見される。

磯谷のヘリに続いた四機の65式攻撃ヘリコプターがその上空を通過しながら空対地ミサイルを容赦なく発射する。先頭の磯谷機が真っ先に列車砲とその後ろに連結されていた砲弾を載せた貨車にチェーンガンでの掃射と空対地ミサイルを発射したこともあり、周りの兵士達を巻き込んで爆発した列車砲の重厚な砲身がいともたやすく吹き飛び、後退しようとしていた別の兵士達のもとに落下した。

共和国軍側の兵士からすれば得体の知れない飛行機モドキがオーケストラを大音量で流しながら現れたかと思いきや謎の飛翔体を用いる攻撃方法を用いて何十トンもある列車砲の砲身を吹き飛ばすのだから恐怖の対象となるには時間が掛からなかった。


「そんな……高射隊もたかが五機にやられるなんて……」


「く、くそっ!!動ける奴は要塞線の方へ退いて体制を立て直せぇ!」


「逃がさないわよ。忍、後退しつつこちらに発砲を繰り返す敵を追って」


一部の兵士達が体勢を立て直そうとして四機の攻撃ヘリコプターに向けて小銃を乱射しながら後退するものの、それを見逃さなかった磯谷は操縦桿にある射撃ボタンに親指を重ねて武装の一つである75式30mm機関砲でお返しとばかりに兵士達に向けて掃射すると、土煙と共に敵の息が絶えていった。


「忍、次は要塞中心部へ向かうわよ。残りの敵勢力の殲滅を継続するため、そのまま三機の援護をお願いできますか?」


『了解、引き続き五号機の援護を行います』


磯谷は列車砲を護衛していた敵部隊が殲滅できたことを確認すると、四機で敵要塞の中心部へと向かうのであった。

既に彼女らが属する部隊も第一機甲師団と合流したのだろうか、陸と空で連携しながら戦車と攻撃ヘリコプターが数を頼りに攻撃を続ける敵を圧倒的な火力を用いて殲滅している。

そんな中、彼女らに合流する攻撃ヘリも何機か現れて気付けば十二機が編隊を組み直して中心部へと向かっていた。すると、隊長機の75式攻撃ヘリコプターに搭乗する立川の声が聞こえて来る。


『磯谷少尉、聞こえるか?』


「はい、こちら磯谷です。立川大佐、どうされました?」


『中心部周辺を防衛する敵がガードを固めてきている。その先にある敵副国家総帥別荘に突入を図ろうとしている三輌の戦車の内、一輌の戦車には”私の恩人”が乗っているんでな。彼らの為にも数を減らすぞ』


「それなら私も同じくその中の戦車一輌に”ずっと思いを伝えることが出来ない人”が居ますから。大いに賛成です」


『よし、私のヘリが先導しよう。これより中心部の敵の殲滅を開始する。全機、私に続けっ!!』


『『了解っ!!』』


磯谷と立川が真下を走行する三輌の戦車を見つめながら無線通信を終える頃には、第四攻撃ヘリコプター隊の攻撃ヘリコプターや観測ヘリコプターが東西南北の四方から包囲するようにして終結しつつあった。

中心部へ到達する頃になると、スピーカーから鳴るオーケストラの音色も絶頂を迎えようとしていた。それに合わせて敵が集結して強固な防御陣を築き上げていたのだが、弾薬やロケット弾が余っている第四攻撃ヘリコプター隊にとっては格好の餌食だった。


「親愛なるジュガーリン総帥から預かった地の上に腐った音楽なぞ流しやがって……二ホン軍の飛行機を撃ち落とせっ!!」


『全機、機銃掃射しつつ空対地ミサイルで何としても殲滅しろ。撃てぇ!!』


敵は勇敢にも怯えることなく攻撃ヘリコプターの群れに対する反撃と同時に各攻撃ヘリから機銃掃射と空対地ミサイルによる掃射が開始された。

その結果はすぐに判った。第四攻撃ヘリコプター隊の被害は皆無であり、敵側の被害は甚大で灰色のコンクリートで舗装された防御区画は血肉で赤黒く染まり、幾つもの屍の山を築いたのだ。

地上の敵戦力の殲滅が完了すると、今度は施設内への突入準備が整った日イの混成部隊を乗せた57式汎用ヘリコプターが被害が少ない場所へ降下した。そこから両軍の精鋭達が飛び出して奥にある収容所への突入を開始するのだった。


「内部は精鋭の人達に任せるとして……浩一君、空からだけどあなたの役に立てたかな」


『ふふっ。磯谷少尉が高校、大学からずっと好きな人ですよね?』


「忍、私だって女なんだからそういう一面くらいあるわよ」


磯谷は近木と無線でそんなやり取りをしながら思い人……黒田浩一大尉の健闘を祈って彼の戦車が来るであろう方向を見て静かに敬礼するのだった。




収容所に突入した混成部隊は先ず所内の検索を開始した。相馬とタッグを組んでいるカルロは接近戦に備えて持っていた小銃を背負うと、拳銃とナイフに持ち替えて長い廊下を進んでいた。

途中で現在二人がいる二階の収容牢専用の鍵が置かれているであろう事務所に差し掛かった。


「僕が突入しますから後ろから援護をお願いします」


「分かったわ。流れ弾が当たらないようにね」


二人が突入前に軽く打ち合わせると、カルロが勢いよく飛び出すと同時に目の前と右斜め前に居た敵にそれぞれ銃弾を撃ち込み、後ろから自分に向かって掴みかかろうとして来る者に至っては周囲を確認することなく飛び出したせいもあり彼の援護役であった相馬によって銃撃され、その弾丸を身体に受けて固い床に倒れ込んだ。

今無力化した三人以外は人影がなく殆ど地下に潜って抵抗する気だろう。他の部屋から発砲音が少なかった。

カルロは幹部が使用しているであろう机の中を漁り終えて牢の鍵を持って相馬のもとへ向かおうとした途端、窓ガラスが割れて二メートルほどある人型の何かが突っ込んで来るなり不気味な呻き声を上げている。

人型の化け物は相馬と目が合うなり鶏と牛の鳴き声を混ぜたような鳴き声を上げながら駆け出して彼女に掴みかかろうとするのだが、対する彼女は74式小銃を構えてそのまま銃剣突撃を行い銃剣を身体にめり込ませると同時に連射で化け物に銃撃を行う。

銃弾を受けながらも化け物は健気にも右腕を振り上げてその鋭い鉤爪で相馬の顔を引っ掻こうとするのだが、彼女の助けに入ったカルロが化け物に飛び掛かって腰に下げているナイフで首の頸動脈を掻っ切るとようやく化け物は首から真っ赤な鮮血を吹き出しながら後ろに勢い良く倒れ込む。


「はあはあ。そんな……こんな生物存在しないはずだぞ」


「ありがとうカルロ。生殖器官のようなものは退化しているのか全く見当たらないわね。それに普通の人間と獣人種を混ぜたような生物であることと至近距離でも5.56mm弾が効きにくいことから最悪敵が開発した生物兵器という線もあり得るわね」


「なんて残酷な……敵はそこまでやるのかっ!!だけど、こうなった以上今日ここで実態を探るしかないですよシオリさん」


「そうね。ちょうど今合流してきた救護隊に他の人達の事を任せて私達はこの建物内の何処かにある地下収容場を探るしかないわね」


相馬とカルロは地上の建物内に収容されている者達の身柄を別のヘリコプターで合流してきた救護部隊に任せることにして地上制圧後に向かう予定だった地下収容エリアの前まで来ると、味方の隊員が苦戦してようやく先程と同じ化け物を射殺した感じでありその内の何人かはナイフでの接近戦に持ち込んだのか軽傷の者も少なからず存在しており持っていた救護セットで身体の切り傷といった傷を癒していた。

その苦労を映すかのように先程と同じ化け物の射殺体やそれを使役していた敵兵士が上手くコントロールすることが出来なかったのか、化け物が持っている鋭い鉤爪で身体を掻っ切られた後に武器もしくは盾代わりに使用されたことを示唆するように身体が穴だらけになっているか上下半身が真っ二つで床に捨てられていたり地下へと続く階段の壁や床には血が飛び散っており鉄臭い悪臭が漂っていた。


「相馬中尉、バローネ曹長。よく無事だったな。その様子だと二人で上手く連携してこの化け物を倒したようだな」


「そう言う島坂少佐もご無事で。それに他の隊員の方も怪我が少ないようで何よりです」


二人は血みどろで凄惨な状況を口に片手を添えながら眺めていると、後ろから野太い声が聞こえて来たので振り向くと混成部隊を取の隊長を務める『島坂龍司』少佐がそんな状況を見慣れた表情で眺めながら二人に声を掛ける。


「その言い回しだとシマサカ隊長もこの化け物に遭遇されたようですが……僕もシオリさんも生物兵器の可能性が高いと思っています。シマサカ隊長はどう思っていますか?」


「この世界の人間である君もそう思うか。仮にそうだとしたらまだ全ての試作段階にあるのか俊敏な動きを取る個体もあれば大きな鉤爪を構えて防御を固めることなくただ攻撃姿勢を構えて鈍い動きで接近してくる個体も居たな。それに気付いているかもしれんが俺達が今使用している74式5.56mm小銃だとマガジン一個分くらい撃ちきるか頭部にも二、三発撃ち込まないと撃破することが難しいことが分かった」


島坂はカルロの言葉に共感しながら真横にある頭部に銃弾がめり込んだ化け物の死骸を指さして自身が遭遇した個体について語り始めた。

周囲に倒れている個体の肉体強度にバラつきがあるのか普通の人間のように心臓に撃ち込まれて一撃で撃破された個体もあれば彼が言うように三十発近く撃ち込まれてその風穴から筋肉組織が露出していた。


「では、今から真相解明という訳ですね。この先におぞましい何かが隠されているということでしょう。正直なところここに居る皆はそんなもの見たくないと思いますが」


「そうだろうな。我々日本人はとにかくイタリ人の人達には刺激が強すぎるかもしれん」


「………覚悟は出来ています」


怪我の治療を終えた隊員達が集まって来たのか国防軍側の隊員ばかりで現在この場に居る王国軍近衛竜騎兵隊の隊員はカルロのみで他の竜騎兵隊員は救護部隊と共に地上エリアに収容されている人々の解放に乗り出している。

相馬と島坂の日本語での会話内容がカルロには理解出来たのか両手を握りしめて力みながら二人に対してそう言う。対する二人も彼の覚悟に納得したのか数名の隊員を含めて地下へ進んでいった。




地下収容施設はこの世界の生命というものを軽々と踏みにじっているのか所々に死臭が漂っている。既に軍属学者はどこかへ身を隠したのだろうか重要な資料だけが抜き取られて本棚から標本を纏めた書類が散乱しているほか人体実験を放置したのか蠅や蛆がたかっている腐乱死体の数も少なくはない。

これらは全て犯してもない罪をでっち上げられて捕まり生物兵器の実験材料として理不尽な生涯を終えた者ばかりなのだ。

それでもボリシェ・コミン主義連合共和国はこの事実を隠匿し続けて革命とは名ばかりの人間至上主義かつ世界一党政府として進出する覇の道具として生物兵器を開発して人間の血を減らすことに資金をつぎ込んでいる。


「この階一面が死臭で覆われていますね。いつの世界も惨たらしい行為を行う非道な輩が存在しているなんて」


「全くだ。国家というものを楽に強大化させたいがためにこんな兵器の開発を行うなんて……この施設に属していた軍属学者が我々の世界でいう所のアウシュヴィッツ強制収容所もといそれに比肩する実験施設を兼ねた強制収容所を持つ国に亡命ということは何としても避けたいものだ」


相馬達三人と数名を含めた隊員たちは銃を構えながら凄惨な光景を見渡しながら地下の階を進んでいると、最後の部屋に行きついた。

その部屋の表札には『特別生物兵器試用研究室』と表記されており倒して来た化け物の本丸が見えて来たという訳だ。

三人の内カルロが拳銃を構えて部屋の扉を開けるとそこには先程と同じ形の生物兵器が先程とは打って変わって床を這いずり回りながら悶え苦しんで凶暴性の欠片すらなく素材元である非ヒト種と人間が拒絶反応示しているのと何ら変わりなくその中の一体が彼と目が合うと同時に、「自分を殺してくれ」と言わんばかりに苦し気な鳴き声を上げるのだがその直後、最初に遭遇した凶暴な個体と同じ声を張り上げて相馬の方へと走り出して鉤爪で引っ掻こうとする。


「今度はこれで試すしかないわね……はぁっ!!」


しかし、行動パターンが全く一緒なのか今度の彼女は銃器を一切使わずに顔面に回し蹴りを浴びせてから腹部に正拳突きでダウンさせる。銃撃するよりも肉弾戦の方が効果が大きく回し蹴りで意識が朦朧すると同時に腹部に打撃を加えると血や内臓の一部を吐き出した。

他に居た個体もそれに合わせて攻撃態勢を取ろうとするがカルロや島坂らが生物兵器の頭部に銃撃したことで第六ラグエリ強制収容所内の脅威は完全に消え去った。


「………(自分の身と大事な人を守るうえでは仕方なかったことなんだ。どうか許して)」


カルロは銃口から煙が上がる拳銃を構えながら元は罪なき者達だった生物兵器に対して口に出さずに胸中で懺悔している。

また、彼自身しばらく経って気付いたことだが目と頬が涙によって濡れている。堪えたくても堪えられなかったのだ。覚悟は出来ていたのが齢十五の少年には刺激が強すぎた。

その背後から撃破した生物兵器を回収する国防軍の隊員達が丁寧に死骸を専用の回収袋にしまい込むと足早に部屋を後にする。

凄惨な情報量が多くその分の今のカルロのショックも非常に大きいのだ。彼の記憶は後ろから誰かに優しく抱きしめられたところで途切れた。




次にカルロの記憶が戻ったのは任務終了後にある休日初日の事だった。昨日のこともあり寝起きが悪い彼ではあったが徐々に意識がはっきりとして来る。

そんな中で真っ先に伝わって来たのが誰かに抱きしめられていたという事と両頬に妙に柔らかい感触と甘いミルクのような匂いがする。

目をはっきりと開くと自宅の同じ寝床で自分より先に目を開いていた相馬が優しく頭を撫でながらじっと見つめている。またそんな彼女の格好も白のノースリーブシャツ一枚とショートパンツといった際どい感じだ。


「どう?もう気分は悪くない。私の可愛い相棒!」


「………おはようございます」


「まだ気分が悪そうね。もう少し寝る?それとも……」


「いいえ大丈夫です。意識がはっきりしない間に僕はあの現実から逃げたいがために相棒のシオリさんに対して破廉恥で厚顔無恥な言動を取っていたのかも知れません。もしこれがまだ夢なら蔑むか引っ叩いてくださ……きゃんっ?!」


カルロは自分が知らない間に大事な相棒であるはずの彼女に対して取り返しのつかない言動を行った上健全な男子にあるまじき行為を働いてしまったのかもしれないという焦燥感に駆られて自虐的な態度を取るが、対する相馬はベッドの上に座ってそんな態度を取り続ける彼を軽く抱きしめるとそのまま色白な右頬に自身の桜色の唇を優しく重ねる。

それと同時に少年らしい可愛げのある声を張り上げて驚く。


「どう?夢じゃなくて現実よ。昨日のあなたは本当に辛そうだったからずっと傍に居させてもらったの」


「は、は、はい……ご心配をお掛け致しました。本当にありがとうございます!」


この時ばかりは相馬の気持ちを素直に受け止めることにしたカルロは赤面しながら彼女に対して感謝するのであった。

そんな少し特殊な感情を持つ女性士官とその気持ちを一方的に受け止め続ける少年下士官の甘めの日常は今日も始まりを告げた。

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日本皇国転移、異世界にて奮闘す 東城会直系西住会会長クロッキー @Miho_love1206

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