第六話 猪突猛進、藤田大戦車軍団

ボリシェ・コミン主義連合共和国

首都・クワモス


共和国国家総帥ジュガーリンは、総帥執務室にて日に日に狭められる防衛線の縮小を見てようやく日本皇国国防軍やイタリ・ローマ王国軍、自由革命軍そして大敷洲帝国軍と手を取り合ったルシア臨時政府軍が自分達の力を凌駕している事に気付いたのである。

四面楚歌といえる状況ではあったものの、極東の大敷洲帝国軍とルシア臨時政府軍は首都から遠く離れたうえ首都を囲うように建設されている要塞で防御に持ち込んだ上で最悪、現在維持している国土で休戦という形を取ろうとしていたのだ。

しかしヤーベリが自身の欲を満たすために建設されたといっても過言ではない第六ラグエリ強制収容所が解放されたうえそこに建設された自身の別荘兼”お楽しみ”のための部屋に籠っていた彼が捕縛されてしまったことにより、益々戦況は悪化の一途を辿っていたのであった。


「くそ……こんな事ならクワモスに留めておくべきだった。あの男の性癖を把握していたこの私が」


ジュガーリンはさらに悔やみ続けた。そもそも彼はヤーベリのおかげで現在の国家総帥の席に就いていたため、その見返りとしてヤーベリの傍若無人ぶりを黙認していたのだった。

しかし、戦時下の現在はそれが遠回りに戦況悪化の原因となり悔やみ続ける事しか出来なかった。


「ジュガーリン総帥閣下、頼まれていた防衛計画ですが、予想だと二年六ヶ月は持ちこたえそうです。国民の不満を逸らすための地下シェルターは良好な状態で稼働可能です。また、食料備蓄量も七年分のため略奪といった治安悪化を防ぐことが可能です。兵士達の士気も良好であり、『降伏するくらいなら共和国と総帥閣下と共に』と言う者が多数であります」


「ご苦労だった。首都防衛に当たる兵士諸君及びクワモス市民激励の兼ねた視察の後に今日から地下総帥官邸に移動するよ」


「畏まりました。それではお車を準備しますので、もうしばらくお待ちください」


首都近辺の防衛体制が整ったことを報告しに来た陸軍統括委員長の報告がもはや安らぎのひと時となったといっても過言ではない彼は静かに報告を聞き終えると、適当な誤魔化しを兼ねて自身の保身を図るべく自身を含めたごく一部の者だけが知る地下総帥官邸に身を潜めることにしたのであった。




日イ両軍合同宿営地・ルサビノ

これより時系列は遡る。ルサビノは先日、藤田が指揮する第一機甲師団が解放した地区だ。両軍の兵士達が住民と穏やかに打ち解けていた。

ある者は家事で忙しい家族に代わってヒト族と獣人族の子供たちの遊び相手になっている。またある者は主な戦闘要員であった成人の男性や女性に応急的な戦闘術を教えている。

他にもここに来るまでに鹵獲した共和国軍のヘルメットや車輛を用いて丁寧に銃火器の操作から体術を指導していた。

さてそんな中、藤田は自身の懐刀ともいえる黒田を作戦会議に加えて他の士官らと共に兵器の模型を用いて作戦の段取りをしていたのだが、他の士官らはいつもとは違う彼の姿勢に期待していた。


「ええか。今日はワシが前線に出張って第六ラグエリ強制収容所に突入したる。それで収容されているであろう非ヒト種族の解放を敢行する。なお、邪魔するドアホはどんどこいわしたれっ!!」


『『了解っ!!』』


「今回は藤田少将が前線に立って自ら指揮されるということですから我々は後方で少将をお支え致します」


「おう。頼んだで。敦賀大佐以下、五名の佐官はメッセ少将ら王国軍司令部と共に前線に指示を送ってくれや」


「畏まりました。少将及び前線に従事する隊員諸君の健闘を祈りますっ!」


藤田は武闘派軍人としてのスイッチが入ってしまったのか。黒田をはじめとする前線に従事する他の士官たちに檄を飛ばし、後方で自身のサポートを行う佐官たちに的確な指示を行う。

それに対して黒田ら車長達は良い返事を口にし、『敦賀正つるがまさし』陸軍大佐ら司令役の佐官達も前線に赴く藤田らの健闘を祈るのであった。


「フジタ少将、出撃の準備が整いました。貴官の健闘をお祈り申し上げます。個人的な要望で申し訳ないのですが、私のせがれや王国軍戦車兵達をよろしくお願いいたします。最後になりますが、貴国の戦闘術から王国機甲戦発展の糧を得るために貴国の優秀な佐官の方達を預からせていただきます」


「わざわざありがとうございますメッセ少将。ぜひ貴官のご子息は小官が預からせていただきます。それでは行こうか、ジャン少尉」


「ご丁寧にありがとうございます。フジタ少将、不束者ではありますがよろしくお願いします」


その次に別室で作戦会議をしていた『ロニー・メッセ』王国陸軍少将が自身の息子であるジャンを連れて藤田の前にやって来ると、彼の身を藤田に任せる旨を伝える。

対する藤田はロニーの要望を快く受け入れ、ジャンや他の王国軍戦車兵達を引き連れて自身の前線の愛車である90式戦車のもとへ向かうのであった。




黒田は出撃開始まで時間があったため、町の小川沿いにある小さな民家の玄関前へと向かった。この民家の家主はアーニャである。丁度昼飯時ということもありボルシチのようなものを作っているのだろうか、香ばしさが鼻に入って来る。

そんなこともあってか食欲をかきたてられた黒田の腹が鳴る。


「おっと、邪魔してしまったか。町の飯屋でもい……」


「クロダさん、やっぱり来てくれると思ったよ!一緒に昼飯でも食べていってよっ!」


「うぉっと?!」


「待ってたよ。任務の前だから私の家に来てくれたの?」


回れ右をして町の方にある定食屋に向かおうとしたのだが、男勝りであるが年頃の女性らしい声がすると同時に腕を引っ張られて家の中に入ってしまう。

彼が声の方向を向くと、亜麻色のショートボブヘアーのアーニャの顔が目に入る。可愛げがある笑顔に彩を加えるかのように両目の下にあるそばかすが目立っている。

さらに力強く黒田を引っ張ったせいか膨らみのある胸が大きく揺れており、思わずウブな彼は反射的に目を逸らす。彼女はそれに気付いたのか、少しいたずらな笑みを浮かべる。


「まあ、そうなるかな。一応出撃前の挨拶といったところだよ」


「そうなんだ……この前話してた解放作戦かい?」


「ああ、そうだよ。多分三日か遅くて一週間は戻らないと思うから君の顔を見ておきたいなんて思っていたんだ」


「ふふっ。最初に教会で会ってからはバカ真面目な感じな人だと思っていたけど。こうして私に会いに来てくれているから人とのつながりは大事にする気さくな人よね。あなたは」


「ははっ。そう言ってもらえると嬉しいよ。実はこの世界に来てから知り合った女性はアーニャさんだけだからその……女性の友達も出来ても良いかなって思ったんだ」


種族は違えど、二人の男女は馴れ初めともとれる会話に入り浸る。黒田自身、女性経験はおろか恋愛経験というものが皆無である。

高校、大学生時代に女性の人数が男性に比べて多い学校に通っていた割には一日の授業が終わると直ぐに学校を飛び出してアルバイトが無い限りオートバイのアクセルや自動車のハンドルを握って数少ない男友達と一緒に街道上を自慢のマシンで走りまくるというある意味勿体ない青春時代を送っていた。

その為、国防陸軍への入隊を経て日本が異世界に転移してからは女性との交流は大事にしようとしたのだった。

そんな矢先に出会い方こそ最悪ではあったが、アーニャと打ち解けることが出来たのだった。


「もう。そんな辛気臭いことなんて言わないでよ。まるで二度と会えないかもなんて言い方でしかないわね。あなた達二ホンコウコク軍の噂は聞いたことがあるんだけど。デカい大砲を持つ戦車を駆って王国の方角にある峠で何十輌もの共和国軍戦車を殲滅したんだってね。だから私達の世界じゃありえないような兵器を持っているならガンガン暴れまくって捕まっている人達を助けてあげてね」


「多分それは俺のところ以外の別の部隊が上手いことやってくれたんだと思うよ。そう言われたら何だか良い結果が出せる気がして来たな。他の部隊に遅れを取らぬよう頑張ってみるよ。俺達は一つの国を守る軍人だけど、人としての道理を外す奴は許せない。だからこそこの世界にとってよそ者ともいえる俺達だけど捕まっている人達を必ず助け出してみせる」


「クロダさんが軍人として人として良い志を持っている人で良かった……私からなんだけど、必ず生きて帰って来てね。またあなたと会ってお話がしたいから」


「………ああ。俺ってさ、バカ真面目だから口約束も必ず守ることにしているんだ。だから必ずまた君に会うと約束するよ」


「ええ約束よ。今度は私からクロダさんのところに行っていいかしら?」


「ああ。その時は是非」


黒田はアーニャと昼食を交えた後に再会の約束を交わすと、自身が搭乗する10式戦車が置かれている場所へ向かうべく席を立った後に彼女に対して軽く敬礼して家を後にしたのであった。


「ふふっ。あの人ったら自分の戦果を他人事のように嘯いちゃって。フジタ少将から全部聞いているわよ。あなたなら必ず生きて帰るわ」


彼女はそんな彼の背中を見つめながら再び健闘を祈るのであった。彼が見えなくなると彼女は、部屋の押し入れの中に入っていた短機関銃やククリ、武器用のメンテナンス用品を取り出して先程まで食事を共にしていた机の上に静かに置いた。




第六ラグエリ強制収容所前衛要塞

第六ラグエリ強制収容所は、表向きには軍の情報機関のラグエリ情報支部ということになっている。だが実際には一部の者が己の欲を発散するための売春宿もしくは何の利益も生まない非効率的な人体実験施設と化しているといっても過言では無かった。

生物兵器開発の一環として様々な種族から取り出した病原菌を培養する施設が地下深くに建てられ、傲慢かつ国民の血税を食い漁る穀潰し共という言葉が似合う者のために建てられた部屋も存在する。

さて、そんな税金泥棒によって建てられた場所とも知らずに防衛する兵士達は要塞から見える列車砲と前線に向かうであろう戦車隊や砲兵隊、歩兵部隊を眺めていた。


「これからルサビノに攻撃を行うんだろう。あそこに見える部隊が裏切り者共を木端微塵にすると思うとやって来てくれという気持ちしかわかないよ」


「違いねえ。なんてったってヒトモドキ性愛教の信者の阿保共が身を寄せ合ってヒトモドキと仲良ししてるんだぜ。まじで吐き気がするからさっさと灰にしてくれねえかな?」


「というか。列車砲でドカンとやれば一瞬で灰になるからそう焦んなって。あーあ、俺もいつかヤーベリ副総帥みてえに女の子たちを好きな時に連れて帰る身分にな……」


呑気な会話をしていると突然敵襲を知らせる警報音が鳴り響く。要塞のトーチカの中でカノン砲を磨いていた三人の兵士たちはやっと久々の獲物が来てくれたかという表情で砲弾を装填し、照準器に手を掛けた瞬間…

迷彩柄の塗装の敵戦車が三人の目に入ったが、ほぼ至近距離で砲撃を浴びせられた。三人は周囲の砲弾が誘爆すると同時に身体中を焼き尽くされ絶命した。

これと同じ現象が他のトーチカや塹壕でも起こっていた。この三人と同じように身体中を焼き尽くされてトーチカや塹壕を飛び出した者は、周囲の安全確認を行うことなく飛び出したせいか、次々と迫りくる敵戦車の巨体によって押しつぶされていく。

これより日本皇国国防軍・国防陸軍第一機甲師団による強襲戦が始まりを告げるのだった。




第一機甲師団は二日の野営を経た後に藤田の座乗する90式戦車を先頭に楔形陣形を組んで百二十輌の戦車を引き連れて敵収容所まで前進していた。

途中で共和国主要河川の一つであるネルガ川に差し掛かったが、上流のため浅かった事と川幅が狭かったことから77式浮橋(史実における92式浮橋)を用いて迅速に渡河することに成功した。

共和国側は焦土作戦を敢行したのだろうか浮橋の近くに爆破された後の橋が見えるが、国防陸軍の戦車はお構いなしに対岸にたどり着き陣形を組み直していた。


「焦土作戦か……この先で共和政府派がゲリラ化していて俺達に攻撃を加えて来るとか放棄した村とかで井戸や食材に毒を仕組まれてなきゃいいんだが」


『そうですね大尉。Sとかレンジャーの人達ならそんなところ大したことなく進みそうですね。あと、近衛竜騎兵隊のワイバーン君達なら何食わぬ顔で完食しそうですが』


「まじか。人間に効く毒って意外に小型の飛竜でも効かないんだな。そういえばさ昔見たことあるアニメで日本に異世界に繋がる門が出現して国防軍が無双しちゃう物語があったんだけど、それに出て来たジャイアントオーガとかが専用の武器とか持って出てきたらマズくないか?」


『大尉それですけど。こっちの世界の巨人種はよくあるファンタジー系のオーガとかトロルみたいに完全暴力型じゃなくて基本的に大人しい性格の個体が多くて知性的ですが声に出して話すことは出来ませんね』


「そうなのか。だけど、どっかのゲームみたいに特殊なウイルスもしくは得体の知れない寄生生物に寄生されて生物兵器として凶暴化している可能性も捨てきれないから。俺的には留意したい点だと思うな」


『確かに……口裂け女とかみたいに白バイに追いつく位の速さで走る人型生物とか居たら嫌ですよね。てか、居て欲しくないです」


黒田は搭乗員の伊丹少尉や富田軍曹と無線でやり取りしながら荒地の丘陵を前進する周りの戦車を見渡していたが、雰囲気が異なる藤田少将が気になっていた。

ジャンと会話している彼のいつもとは違う目つきを見て自分もまだまだだなと謙虚に思うのであった。

第六ラグエリ強制収容所は表向きには情報機関の一施設のようだが、その内部ではヒト種といえども凄惨な行為が行われているに違いない。

藤田はそう思うと全身に力が入ると同時に軍人としての任務遂行の意志は勿論、一人の少女と交わした唯一の肉親となった姉を助け出すという約束を果たすため、いつも以上に目つきが鋭くなる。

長年彼に付き従っていた佐官達は今の彼の眼差しは何度か見たことがあったが、日本が転移前する十年前まで国際的な紛争が無かった平和な時に藤田に可愛がられた各戦車の若手搭乗員達は初めて目の当たりにしたため、口に出さずとも自然と士気が上がる。


「藤田少将、突入する準備はいつでも出来ています。恐らく敵は前方に見えるトーチカから砲撃や銃撃を浴びせるつもりでしょうが。鉄獅子の名に恥じない我が日本皇国国防軍の戦車ならそんなもの怖くありません。それに加えて敵の増援を抑えるために先日ルサビノから西に五十キロほど離れた自由革命軍の拠点から飛び立った第四攻撃ヘリコプター隊が北部要塞や東部要塞、南部要塞、西部要塞の順に攻撃してくれます。また、王国軍近衛竜騎兵隊と混成された特殊作戦群部隊が施設内への浸透と敵副国家総帥の別荘への強襲を敢行し、他に拉致被害者がいないかという捜索も兼ねて本題の副国家総帥の拘束という段取りになっています」


「……一応予定に狂いはないな。こっちは守備に当たる敵部隊を撃滅しながらヘリ部隊と竜騎兵隊の障害になる高射部隊の殲滅という形をとるで。これより各車散開せよっ!!」


『『了解っ!!』』


第一機甲師団に所属する戦車たちは、幾つもの梯団に分かれて中隊を組み直すと他の要塞の入り口へと向かうのであった。

もちろん藤田が向かう先は最前線を抜けた先にあるヤーベリの別荘だ。

じわじわと妨害を加えて来る敵兵をいちいち相手していては彼に逃げられかねないからだ。


「おう。クロ、坊っちゃん!ワシに付いてこい!クロは念のために50式改の坊ちゃんのケツ持ちをやるんや。ワシが直々に副総帥のヤーベリのとこにカチ込んだるからのう!」


「了解、ジャン少尉!俺が援護するから遠慮なく突っ込んで行こうぜ!是非俺達日本の戦車を吟味してくれ!」


「クロダ大尉、心得ました!王国軍戦車兵を代表する気で吟味させていただきます……Fuoco撃て!」


藤田の90式戦車の護衛のために黒田の10式戦車とジャンの50式戦車改三型が随伴し、三輌だが斜行隊形を組みながら前進する。

途中でカノン砲が仕組まれたトーチカを見つけたジャンが決意表明の意を込めてそう言うと、彼が指揮する50式戦車改三型の100mm砲の多孔式マズルブレーキから火が見えると同時に放たれた砲弾がトーチカを抉って大爆発を引き起こし、衝撃が激しいせいか黒焦げになった敵兵士の死体が宙を舞い地面に落下する。


「す……すごい。これが二ホンが元々いた世界の終戦時の戦車か。ベル二兵長、弾倉の砲弾を撃ち終えたら装填を頼んだぞ!ビゴン軍曹は敵が視界に入り次第砲撃を続けろ!ボネーラ上等兵は邪魔する奴は容赦なく踏みつぶしちまえ!!」


『『了解っ!!』』


ジャンは各々の役職の搭乗員達に素早く指示を出し、二人の戦車に遅れを取らないように立ちふさがって来る敵戦車や歩兵、砲兵をなどを各個撃破する。

間もなくして三輌が丘陵中央の施設を囲うようにして建てられた要塞線を潜り抜けると、二階建てのビルが団地のように集合した建築物群が見えて来たが窓ガラスが割られいた。

まだ攻撃されてから時間が経っていないのだろうか、周辺にはプスプスと音を立てて燃える炎が見えている。

この光景に目もくれずに三輌は突入を阻止する兵士が現れてはそのまま踏みつぶしていくか砲撃を浴びせて木端微塵にしていく。

これは国防陸軍の第四攻撃ヘリコプター隊の援護のもと収容施設内への突入を開始した王国軍近衛竜騎兵隊と混成された特殊作戦群部隊及びレンジャー部隊による攻撃の後だった。

しかし今は勇猛果敢な戦車兵達の活躍を語るとして、この混成部隊の活躍は後に語るとしよう。


「混成部隊が上手いことやってくれたみたいやな。クロ、坊ちゃん。このまま目の前の森の中にある奴の別荘に突っ込むで!」


「突っ込むってまさか物理的に……ですか?」


「そのまさかや!」


森の中を走行していると、権力に溺れた人間の愚かさを象徴するように煌びやかな飾り付けが施された彫刻などが目立つ別荘が目に見えて来た。

だが、副国家総帥の別荘であるにも関わらず外に護衛が居なかった。

中で待ち構えて迂闊に突入してきたところを一斉掃射という段取りかもしれないが戦車での突入を図ろうとしている藤田達には無意味であった。


『『えぇーーっっ!!』』


「ええ音聞かせろやぁっ!!」


間もなくして困惑する二輌の戦車の搭乗員の声もお構いなしに藤田の90式戦車は豪華な造りの鉄門をぶち破ってその先にある木製の大きなドアが付けられた玄関に正面から突っ込む。

戦車が最高速度で突っ込んだせいか玄関先に飾られていたヤーベリとジュガーリンの肖像画は履帯に踏みにじられると同時に中ですし詰め状態で待ち構えていた兵士たちは半狂乱で銃撃を浴びせる。

だが戦車は突っ込んだ後に後退し、自慢の自動装填砲の素早い砲撃で抵抗する兵士と共に別荘を破壊していく。


「もはや破壊神ですね……」


「まさにその通りだ」


藤田の援護を行う黒田車の砲手・伊丹はそんな彼のイケイケぶりに尤もな一言を口にしながら二階に居るであろう敵に向けて砲撃を行っているその傍らで彼の援護の指揮を執っている黒田もまた伊丹の一言に同意せざるを得なかった。

それからしばらくして殆どの敵兵が掃討できたのか、内部から銃声が聞こえて来ることは無くなった。

藤田がキューポラから身を乗り出して見事自らの手で台無しにした別荘の中央を見ると、ぽっかりと穴が開いていた。

さらに目を凝らして見つめてみると、地下へと続く階段が見えている。


「よし!坊ちゃんは周囲の警戒開始や!クロとワシらで地下に行くでっ!もしかしたらロリコン副総帥が居てるかもしれんからな!」


「了解!伊丹、富田。ナナヨンを持ってテッパチを被れ。近接戦に備えるぞ」


「「了解っ!!」」


藤田ら六人は黒田を先頭にそのまま地下へと続く階段へと入って行くのだが、黒田は途中で白い大型鳥類のような羽を見つけた。


「この羽はまさかっ?!」


この時の彼の脳裏に一人の女性の存在が脳裏に浮かびあがると同時に他の五人を置いて真っ先に奥へと駆け出した。





アーニャは国防陸軍・第一機甲師団の出撃に乗じて隠密行動を行いながら空き家となった場所で見つけては毒の無い食べ物や水を口にしつつ機会を伺いながらヤーベリの別荘への潜入を敢行しようとしていた。

カリーナの両親の仇であるヤーベリをどうしても生け捕りにしたい。その一心で三日間も外を出てその近く向かって行く。

そして三日後ついに国防軍による攻撃が開始され、混乱している敵の隙を突くようにして別荘へと侵入し、地下への侵入経路を探っていると藤田の戦車が突入した衝撃によって地下への扉が誤作動で開いたのだった。


「早いわね……行かせてもらうわ」


アーニャは短機関銃を構えるとそのまま地下へ向かって駆け出した。その背後では兵士たちの慟哭と悲鳴が響き渡っている。

この時の彼女は、内心で哀れむよりも当然の報いだという憎しみの感情で叫び声を受け流していく。地下通路は長く複雑で幾つかの部屋が設けられている。

途中で独房のようなものを見つけたが、そこには全て幼気な人間や非ヒト種の少女たちが瞳から光が失われたといっても過言ではない状態で捕らわれているのが目に入ったため今すぐ助け出してあげたいという感情も込み上げて来るが。

ヤーベリという仇敵を仕留めるまでは待ってくれという最大の目標を優先させる気持ちが勝った。

隠れながら地下通路を進んでいると、後ろから誰かが走っている音がする。


「敵?だったら、仕留めるまでね」


アーニャはククリを手に取ると同時に飛び掛かる構えをするのだが、聞こえて来た吐息が三日前に会った男を連想させた。

かといって油断は禁物なので今度は回転式拳銃を手に取って何時でも撃てるようにしていると、ついにその正体が分かった。


「アーニャさん?」


「クロダさん?」


二人の男女は持っている銃の銃口をお互いの頭に向けているが、数秒の沈黙の後に銃を下ろす。


「………理由はどうであれ。お互い思うことは一緒だな。一緒に行こう」


「そうね。クロダさんが居たら鬼に金棒だわ」


こうして二人は銃を持ち直すと、更に奥へと進んでいく。奥深く進んでいくにつれて二人の鼻の中に嫌な臭いが入って来る。

嫌な臭いが酷くなるなか走る速さを速めて奥のカーブを曲がるとついに悪臭の根源ともいえる部屋に辿り着いた。


「「……せーのっっ!!」」


「何だ貴様らっ!!」


二人がドアを蹴破った先には、ズボンを下ろして裸体の猫耳が生えた獣人種の少女に”行為”を行おうとしていた禿頭で眼鏡の男……ボリシェ・コミン主義連合共和国副国家総帥のメレンチー・ヤーベリが目に入った。

男は慌ててベッドの近くに隠しているであろう武器を手に取ろうとするのだが、飛び立ったアーニャの方が早かった。

そのままヤーベリは飛びかかってきた彼女に背負い投げされる形で入り口の方へ投げられるとそのまま脱兎のごとく部屋から飛び出そうとするが、逆に何者かによって部屋に投げ返されると同時に馬乗りに乗られ、拳銃を口の中に押し込まれている。


「アンナ、大丈夫?!私よ、アーニャよ!」


「………ア……アーニャお姉ちゃん?」


「大丈夫か?寒いだろうからこれを着ているんだ」


救いの手が差し伸べられたカリーナの姉……『アンナ』は突然目の前に現れたアーニャに対面した嬉しさのあまり両目からボロボロと涙が溢れ出ている。

それに加えて見知らぬ男……黒田が着ていた戦闘服の上着を貸してくれるということにも戸惑っていたが、今は泣き崩れているため内心で感謝するしかなかった。


「このクソボケッ!!さっさと他の子らも解放しろや。さもないといてまうぞゴラァッ!!」


「ごほっ……ごふっ!!は、は、早く解放するから命だけはだずげでぇ」


「やかましいわっ!!我が身可愛さで政治屋なんぞ気取りやがって……ホンマに殺すぞっ!!」


「ポケットに鍵があるからぁ……命だけ……ごふぅっ!!」


馬乗りになってヤーベリの口から額に銃口を突きつける藤田は収容されている少女らに成り変わるように鉄拳と罵声をヤーベリに浴びせながら鍵を取り上げると、最後の一発をお見舞いして気絶させる。

ぴくぴくと痙攣している傍らで藤田に殴り飛ばされた際に散った歯が二、三本床に落ちている。


「さあ、残りの嬢ちゃんらを助け出して帰ろか。さて、こいつの身はしばらくこっちで管理するとしてな」


こうしてヤーベリの拘束も兼ねた収容所解放作戦は幕を閉じた。この作戦は日本皇国という国の軍事力を絶大に誇示するいい機会になったのであった。

ボリシェ・コミン主義連合共和国副国家総帥であるメレンチー・ヤーベリが藤田らの襲撃に気付かなかった理由は部屋を完全防音室にしていた事と藤田の大胆な突入によって混乱に陥った兵士が彼への伝達を忘れていた結果、拘束されてしまったのだった。

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