第3話 秀郷公。娘との古の縁を知る。
秀郷が地上に戻ると、急いで蜈蚣退治の準備を整えた。
先祖、藤原鎌足公より伝えられた重代の太刀を佩き、五人力で無ければ引き絞れない五人張りの弓の弦を一人で張り、十五束三伏(135センチ)ある三年竹に矢尻を打ち通した矢を三本用意した。
「これ程長大な矢は見た事がありません」
竜王の娘は人の身でこのような強弓と巨大な矢を使いこなす秀郷の事を惚れ惚れとした表情で見つめていた
「さあ……あの巨大な竜王ですら恐れる敵。この矢ですら彼の蜈蚣にとっては玩具に等しいのかもしれない」
「弱気なことをおっしゃらないでください……
「竜王の眷属の中には剛勇の士もいる事だろう。何故吾に白羽の矢が立ったのか?」
「多くの竜神達が彼の蜈蚣に挑み敗れ去りました……人である秀郷様に頼むのは私達にとって恥ずかしい事なのです。しかし今となってはあの豪胆さを見させていただいた貴方におすがりするしか無いのです」
「もし武運拙く吾が敗れたら汝らはどうなるのだ?」
「秀郷様と運命を共にする事になるでしょう。竜宮を守れるだけの力量の勇士はいないので……もしそれだけの者が居りましたら貴方様を頼る事は無かったはずです」
「しかし吾のような何処の馬の骨とも知れない人間に運命を委ねて良いのか?」
秀郷は何故これ程初対面の竜王の娘に信頼されているのか理解できなかった。
「
「もしや…そのお方は#大織冠鎌足公では無いのか?」
「ええ……鎌足の大臣には卑しい身である
「その話なら吾も伝え聞いている……海女は眷属に追われた時自らの乳房を切って珠を隠し、ようやく敵から逃れると鎌足公に珠を渡してお亡くなりになってしまったと……」
「ええ……
「成る程。我らには浅からぬ因縁があったということか」
「秀郷様はその立ち振る舞いから御姿まで鎌足公と瓜二つ。我らが巡りあったのも偶然の事では無く、仏の思し召しかと思います」
「ならば先の鎌足公が貴女から受けた恩を吾が返さなければらないな」
「恩を返すなんてそんな……もったいない御言葉を」
「いいや……きっと
「でも死ぬなんて事は考えないでください。
純真な少女のような竜女の瞳を見つめていると、とても三百年を生きている竜には思えなかった。
竜女は秀郷の胸元に身を寄せた
「御武運を……お祈りいたします」
◇用語解説
#大織冠……孝徳天皇の大化三年(647年)に定められた冠位の最高位。
後の正一位に当たる。これを授けられたのは藤原鎌足だけなので鎌足の尊称になった。
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