第126話 キジョ

 ナタクさん、ダッキ、ネントゥさんがシンクロしたところで、蔓で出来た繭が割れた。中からブランが飛び出してくる。


 ブルブルと体を震わせた後で、今にも飛びかかりそうな前傾スタイルで、ネントゥさんに対して「グルル」と唸ると、すかさずダッキがブランを取り押さえた。


「あんただって頭ではわかっているんでしょ? あのままフクギに胸を貫かれていたら死んでたわよ」


 ブランを押さえつけながら、ダッキがそう言ったが、ブランはダッキを振り解こうと暴れる。


「悔しいのはわかるけど、認めなさいよ。あんたは負けたの、そして、ネントゥに救われたのよ」


 そう言ったダッキがブランの頭を押さえつけると、押さえつけられたブランが諦めて動きを止めて「クゥーン」と鳴いた。


「まったく、男の子が泣くんじゃないわよ。あんたは良くやったわ。だけど相手が悪かった。フクギは風、あんたとは相性が悪いのよ」


 ダッキはそうなだめた後で、ブランの首回りをモフモフしてから、その頭から背を優しくなでる。


 僕とナタクさんがその様子を見ているとネントゥさんが「悪かったね」と頭を下げて、ブランはそれに「ウォン」と返事を返した。


 それを合図にしたように、次々に繭は割れて、中から人が出てきた。ダインさん、トールズ達、オランドさん達、あの男の子も、メルクーリ家の使用人達も、信じられないと自分達の体を確認しあって、その後で互いに喜び合った。


 メルクーリの使用人達は泣きながらあの男の子を抱きしめている。ウロスの街から飛び出して来た、女の人も、子供も、お爺さんも、トールズ達やオランドさん達のところまで来て、その無事を喜んでいる。


 自分達を守ってくれた事をわかっているんだね? なんかこういうの嬉しいな。


 僕がそんな風に思いながら、その様子を見ていたらその人だかりからダインさんがこちらに歩いてきた。


「アル様、どうなってんだ? 正直、トールズとオランドは、もうダメだと思ってたぞ。敵が泣いてもう倒れてくれって頼んでんのに、あいつら馬鹿だから最後まで倒れないからよ」

「ドロリスさんです。ドロリスさんがみんなを助けてくれたんです」


 僕がそういうとダインさんは驚いた顔して、それから一度振り返り、蔓で出来た繭を確認した後で、僕を見た。


「あれって、もしかして『フラワークレードル』なのか? だけど、この規模の『フラワークレードル』って……」


 ダインさんがギュッと顔をしかめるので、僕は「はい」と頷く。するとダインさんは優しい顔をして「そうか」と言った後で、頭を掻いた。


「でかい借りが出来ちまったな、今度会ったらたくさん礼を言わないとな」


 ダインさんがそう言って少し寂しそうな顔をすると、ネントゥさんがクシャと顔を歪めて「すまなかったね」と頭を下げた。


「よしてくれ『シタガエルモノ』だろ? あんたの従者達はみんな、途中から泣きながら戦ってたよ。それで、他のキジョ達はみんな人質なのか?」


 ダインさんがそう言うとネントゥさんは「あぁ」と眉間にシワを入れて答えた。


 えっ? ちょっと待って?


「キジョって?」

「あぁ、そうだよ。アルフレッド様のお婆様は私らの仲間さ」


 ネントゥさんがそう言うので、僕は「キジョって、なんなんですか?」と首を傾げた。ネントゥさんはそれに頷く。


「私らキジョはね、神に祈りを捧げる者として人族の中から生まれたんだそうだ。初めは少し雨を呼んだり、魔獣を惹きつけやすい女性達だったんだが、各地で生まれたそんな娘達を人族は巫女と呼び、それから女の子しか産まない呪いをかけて、農業の街では雨乞いを、狩猟や漁業の街では豊猟や豊漁、それから安全を祈願させた」


 ネントゥさんはそこまで言うと僕を見たので、僕が首を傾げるとネントゥさんは「マジか」と額を掻いた。


「よくわからないとこもあるけど、つまりはレアな人族って事ですか?」

「まあ、そうさね、それでいい」


 ネントゥさんは数回頷く。


「それでなんだけどね、国の発展と共にキジョの存在は必要とされなくなったのさ。農業の街にはため池が作られ、水路がしかれ、狩猟も漁業も兼業で酪農や養殖がおこなわれるようになったらね、人族は天に祈ることをやめてしまったのさ」


 ネントゥさんはまたそこで止まるので、僕は頷く。


 それはわかるよ。見て来たからね。


「そうなると街を追い出されたキジョ達はいつしか集まり旅して回りながら各地に残る祭りで踊る暮らしになった。キジョには『マイ』しかないからね。人々の幸せを祈って『マイ』を舞う」

「だけど、キジョは見た目がいいから、各地で貴族のお手付きになる事も少なくなかったんだよね?」


 ダッキが茶化すようにそう言うと、ネントゥさんが苦笑いを浮かべた。


「私はまだほんの子供だったんだけどね。アルフレッド様のお婆様も、そのうちの1人だと思っていたよ。だけどね、イゴール・グドウィン様は違ったんだ。アーニャさんに名を与え、妻に迎えようとしたんだよ」


 ネントゥさんは嬉しそうな顔をして、それから目をつぶった。


「だけど、アーニャさんはアンジェを身籠ると逃げた。キジョには呪いがかかっているから、男児は産めない。それでは領主の妻は務まらないだろってね。だけどイゴール様との子供が欲しかったんだと思うよ」

「お爺様から、探した時には手遅れだったと聞いています」

「そうさね。だけど、イゴール様は、私達の保護を始めたのさ。名を持たない私達に名前を付けて、居場所を与えた」


 ネントゥさんは「罪滅ぼしだったのかもしれないけどね」と呟いてから僕を見た。


「そして、私達を鍛えた。自分達で自分の身を守れるようにね」


 ネントゥさんがそう言うとダインさんが「まるでアル様だな」と言う。


「そうかもしれないね。だけど、王国は黙ってなかったのさ。元から強かったキジョを鍛えるなんて謀反の疑いありと、イゴール様から私達を取り上げた。そして、上位10人の心臓に『シタガエルモノ』の楔を打ち込んで、のこりは人質にしたんだよ」


 ネントゥさんはそこまで話して僕を見た。僕はそれに首を傾げながらネントゥさんの胸に手を当てる。


「なっ? なんだい、いきなり」


 驚くネントゥさんに僕は微笑んだ。


「すみません、ここに黒いのがあったので、取りました」


 僕がそう言うとみんなが「「えっ?!」」と驚いて、ナタクさんだけが「クククッ」と笑った。


「なるほど『シタガエルモノ』は闇魔法だったんですね。そして、それをアル様が解除できるという事は『シンジルモノ』は対となる光魔法という事でしょうか?」


 ナタクさんはそう誰に問いかけるでもなく言って、再び「クククッ」と笑った。


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