第125話 シンジルモノ
すぐにもう1人、女の子がすごい勢いで飛んで来て「アルフレッド!」と言いながら抱きしめてくれた。
「ダッキ? ナタクさん?」
グシュグシュに泣いて僕の胸に顔を埋めているダッキが「ごめんね、ごめんね」と繰り返す。
うん?
「アル様、申し訳ありません」
ナタクさんも僕を見ながら頭を下げた。すると、ネントゥさんが首を傾げる。
「何を企んでいるんだい? ナタク」
「企んでなどおりませんよ」
「だけど、あんた……」
ネントゥさんがそう言い淀んで、僕とダッキに視線を移す。
「言っちゃ悪いが、あんたらが出てくれば、こんな事にはならなかったんじゃないのかい?」
「そうですね」
ナタクさんは頷く。
「でも、これは必要な事でした。アル様に、王族としての自覚を促すと共に、自身が目指す世界を実現するには、エゼルバルド達を倒さなければならないと気付いて頂く為に」
ナタクさんはその場でひざまずいた。
「アルフレッド・グランヒュルム様、ダッキは助けに入ろうとしていたのですが、私が止めておりました。全てが終わった後でどのような裁きもお受けいたします。ですが、その前にまずは、エゼルバルドを、フクギを、そして、国王と王妃を止めて頂きたい。この国の民の為に、この国の未来の為に」
「ナタクさん? 何言っているの? 王族? 僕が国王達を止める?」
僕が戸惑っていると、ナタクさんは顔をあげる。
「アル様の本当の父上は現国王バルドリックの兄で幽閉されているヘンドリック・グランヒュルム様です。なので、アル様はエゼルバルドとは従兄弟という事になります」
「はぁ?」
僕は首を傾げたが、ネントゥさんが頷く。
「間違いないよ。あんたが使っている『セイコン』や『シタガエルモノ』は王族しか使えない。始まりの人族の血筋にしか使えないんだよ」
僕に抱きついているダッキも「間違いないわよ」と頷く。
「アンジェとヘンリーは学生時代、恋仲だったんだけどね。アンジェは当時まだ男爵家だったメルクーリ家の末の娘だったし、あの子が使う『マイ』のせいで、母親がキジョな事は知られていたから。だから、王宮の奴らがアンジェを汚れた血と呼んでヘンリーとの交際を反対したの」
ダッキがそう言うとネントゥさんが顔をしかめて、ナタクさんが続く。
「身を引かれたアンジェさんは冒険者となって、地方を回っておられた。しかし、その実績が評価されてメルクーリ家が子爵家に上がる際にどうしても王都に来なくてはならなくなったそうです。そして、間違いが起きた」
「間違い?」
「はい、ヘンドリック様は婚約者がいる身でありながら、王都に来たアンジェさんと関係を持たれて、アンジェさんはアル様を孕られた」
「えっ?」
僕が驚くとナタクさんは頷き、ダッキが「馬鹿よね」と言って、ネントゥさんは眉間を押さえている。
「それでもアンジェさんは、その事を隠してメルクーリ家に身を寄せられた」
「だけど、セレニティさんに断られたんですね」
「そのようですね。そして、仕方なく当時言い寄られていた商人にお腹の子供の面倒を見てくれるならと嫁入りしたそうです」
ナタクさんは頭を掻いた。するとダッキは嬉しそうな顔をする。
「だけど、ヘンリーは諦めなかったの。元々好きではなかった現王妃との婚約を破棄して、アンジェが汚れているのではない。魔獣と心を通わせられなくなった僕達の方が汚れているんだ。と言って、王宮と王妃の実家である公爵家と敵対したの」
「そのせいで、今は王位を剥奪されて幽閉されておいでです」
ナタクさんがそう言うと、ダッキが首を傾げた。
「でもさ、なんでそこまでする必要があったの? 当時、次期国王であったヘンリーを幽閉までするなんて謎よね」
「それはヘンドリック様の考えが、人族至上主義と王族を神とする絶対支配の根底にある教会の教義を覆す物だからですよ」
「「なにそれ?」」
ナタクさんの言葉に、ダッキとネントゥさんが揃って首を傾げたけど、もちろん、僕も意味がわからない。
「コタロウ君が鍵でした」
ナタクさんがそう言って僕を見ながら頷くので、僕は「はい?」と聞く。
「シュテンさんのところに行って、ホワイトゴブリンの出生を聞いて来たのですが、なんでも言い伝えでは何世代か前にウルフノイドのご先祖がいるそうなのです」
「えっ?」
「そう、レアは混血なんですよ。たぶん、コタロウ君とブラン君は遠縁の親戚です。そして、先祖返りしてウルフノイドの血が強く出たゴブリンがホワイトゴブリンで、ゴブリンの血が強く出たウルフがホワイトウルフになったんです」
「それって、原理的にはドラゴンハーフと同じなんじゃないのかい?」
ネントゥさんが僕を見ながらナタクさんに聞くと、ナタクさんは嬉しそうに頷く。
「そうですよ、ネントゥ。これは私の憶測ですが、始まりの人族は猿型の魔獣と竜族のハーフだったんじゃないかと思うんです」
「ドラゴンハーフって事かい? だけど、昔話と違うじゃないか」
「そうです、まったく違うのですよ」
ナタクさんは頷くと眉間にシワを寄せた。
「たぶん、魔獣と心を通わせられなくなった人族の王が、後から話を作り変えたのです。そして、始まりの人族が持っていた魔法も違うモノということにしたのですよ」
そう言ったナタクさんはニヤニヤと笑う。
「それでなんですけどね。アルフレッド様が、従者に楔を打っていないとしたらどうですか?」
「なに言ってんだい? 『シタガエルモノ』は楔を魔獣の心臓に打って、その魔獣を縛り従えて、その制約の力で従えた魔獣を進化させる魔法だろ?」
ナタクさんは「そうです」と頷く。
「でも、アル様はその楔を打ってないんですよ。そもそもその魔法のやり方も知らないし、魔法の存在すら知らなかったのですから」
「はぁ? なんだって?」
首を傾げたネントゥさんが僕を見るので、僕は首を傾げた。
そんな魔法、知らないもんね。
「じゃあ、従者がみんなそろって進化しているのはなぜだい? あれは『シタガエルモノ』だろ?」
「いや、ゴブリンがホブゴブリンに進化するのが『シタガエルモノ』です。ゴブリンがリトルオーガにまで進化するなんて聞いたことありますか?」
「ないね。正直、訳がわからないよ」
「そりゃあ、そうですよ。アルフレッド様の魔法は『シタガエルモノ』ではなく『シンジルモノ』他の種族と心を通わせる事で互いに強くなる魔法なんです」
そこまで言うとナタクさんは「ここだけの話にして頂きたいのですが」とポリポリと眉毛を掻いた「なによ、早く言いなさいよ」とダッキが先を促す。
「王都の地下遺跡にあった古い石碑にその記載がありました。始まりの人族が身につけた魔法は相手を制約で縛る力などではなく、相手を信じて絆を結ぶ力となっていました」
ナタクさんがドヤ顔すると「なっ!?」とダッキとネントゥさんはシンクロした後で、呆れ顔になった。
「あんた『ナラク』に行ったの? あそこは……」
「まあ、いいじゃないですか? あの場所に足を踏み入れましたが、教会が言う魔族に変わったりしませんでしたよ」
ナタクさんがそう微笑んで手を広げる。
「変わったわね」
「変わったね、あんたは確かに魂を売った。じゃなけりゃあ、あんな仕打ちを受けているアルフレッド様達を放って見とくなんて出来ないよ」
「そうよ、私が泣いて頼んでもナタクの奴、離してくれなかったもの。魔族になったのよ。間違いないわ」
ダッキとネントゥが頷き合う。
「いや、私はこの国の為を思って……」
「魔族はみんなそう言うのよね」
「あんた、それ、悪い奴の常套句だよ」
ダッキとネントゥさんの言葉に苦笑いしたナタクさんは僕を見る。
「アル様? 私がなにに見えますか?」
「えっ? ナタクさんでしょ?」
僕が首を傾げると、なぜか、ナタクさんもダッキもネントゥさんも「そうじゃない」とため息を吐いた。
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