第124話 フラワークレードル
エゼルバルドが去っていくと、すぐにネントゥが動き出した。従者に指示をして、ウロスの街の人達の避難を急がせる。
次に血溜まりに倒れているウルフ姿のブランに駆け寄ると息を確認して傷口にポーションをかけて、ポーションを飲ませた。
なにをしているの?
僕が呆然とその姿を見ていたら、ネントゥは「あまり良くないね」と呟いて、ブランを抱えたままで僕を見た。
「アルフレッド様、すまなかったね。とっさだったし、あの場ではこの方法しか救う方法が浮かばなくて」
「どういう事ですか?」
「私はあんたのお爺様、先代のファイヤードラゴン、イゴール・グドウィンの弟子なのさ。だけどね、今は王族の犬、心臓に楔を打ち込まれているし、家族と言える仲間を人質に取られているからね」
「そうだったんですね」
僕がそう言って頷くと、ネントゥさんは苦い顔をした。
「信じてくれ、なんて言っておいてこれだからね。ファイヤードラゴンが聞いて呆れるよ、私はやっぱりダメだね」
「そんな事ないですよ。ブランはどうですか?」
「急所は外した、傷も焼いて出血も押さえたけど……胸を貫いたからね、あとはこの子の生きる力しだいだ」
ネントゥさんが険しい顔をすると、僕も再び泣きたくなった。ネントゥさんの従者が「ごめんなさい」と言いながら僕の手を解放する。
この人達は仕方なくエゼルバルドに従っているんだね。何かわからないけど、エゼルバルドに手をかざされた時のネントゥさんの苦しみようを見ればわかる。
それに、ネントゥさん達はなんとか僕達を生かそうとしてくれていたのに、僕は絶望するばかりで何も出来なかった。
「ごめんなさい」
「アルフレッド様?」
「それから、ありがとう。僕は何も出来なかった」
「そんな事ないよ。つらかったね。よく我慢した」
ネントゥさんにそう言われて涙が溢れた。崩れ落ちてその場で声を出して泣く。
エゼルバルドが憎い、いや、自分の弱さが憎かった。何も守れない、子供の僕。
そして、そんな子供の僕のわがままに付き合って、みんなが傷ついた。横たわるダインさんを、トールズ達を、オランドさん達を見た。
「僕に出会わなければ、みんなは傷付かずに済んだの?」
僕がそう言いながら俯くと、頬を伝った涙の雫が地面に落ちる。ポタポタっと落ちると、雫の落ちた地面から蔓が伸びてきて人形になった。
「ドロリスさん?」
「アルフレッド、くだらない事言ってんじゃないわよ。あんたの従者にあんたと出会った事を後悔している奴なんていやしないよ。まったく」
そう言ってため息を吐くふりをした蔓人形のドロリスさんはネントゥさんを見た。
「傷ついる子達を集めてくれる? 私がなんとかしてあげる」
「「えっ?!」」
僕とネントゥさんが驚くとドロリスさんは「早くして」とネントゥさんを指差した。
「でも、かなりの数だよ。あんた、そんな事したら……」
「いいのよ。きっと私の1000年はこの日の為にあったの」
蔓人形なドロリスさんはそう言うと腰に手を当てて、胸を張った。
ネントゥさんの指示で、深い傷でまだ目を覚さないみんなが集められた。ダインさん、トールズ達、それからオランドさん達。そして、セレニティの子供だと思われるあの子も横たわる。
どうやら逃げた事で首の傷は浅かったようだ。連れて行かれた後に、ネントゥさんの従者がすぐにポーションをかけて、さらに飲ませて、寝かして置いたらしい。
だけど、ずいぶんとその息は浅く速いようだ。そして、ワイアットさんはいないけど、一部の使用人達も並んで寝かされていた。
やっぱりワイアットさんも、セレニティもセレニティの旦那さんと思われる人もダメだったんだね。
そう思うと胸がギュッとなった。
悔しい。確かにセレニティは見て見ぬふりをして、大勢を死に至らしめたのかもしれないけど、あんな風に命を奪われていい訳ないよ。
ネントゥさんが丁寧にブランもそこに寝かせると、蔓人形のドロリスさんを見た。
「本当にいいのかい?」
「女に二言はないわ。それにアルフレッドには恩があるの。返せるのに返さないのはいい女のする事じゃないでしょ?」
ネントゥさんが「そうさね」と頷くと、蔓人形のドロリスさんは僕を見た。
「アルフレッド、楽しかったわ」
「えっ?」
僕が驚くとドロリスさんは頷いてからブラン達の方を見て手を広げた。ドロリスさんが「フラワークレードル」と唱える。
地面が眩く光り輝いて、次々に花が芽吹き、ブラン達を包んでいく。そして、ブラン達は花の咲く蔓が作る繭のようなゆりかごに1人ずつ包まれた。
それを見届けたドロリスさんがこちらを見たので、僕は首を傾げる。
「楽しかったって、なに?」
「私もこの魔法は使った事ないからね。この後、私がどうなるのか? 知らないのよ」
「なにそれ?」
僕はギュッと奥歯を噛み締めた。ネントゥさんが僕の肩に手を置く。
「『フラワークレードル』はドリアードが身に蓄えた生命力を他の種族に分け与える魔法だと聞いている。だけど、そもそもドリアードは他の種族嫌いが多いからな。こんな規模での発動は私も聞いた事ないよ」
「ドロリスさん、それじゃあ……」
僕がそう言い淀むと蔓人形のドロリスさんは再びため息を吐くふりをした。
「なんて顔しているの? いいのよ。もし、これで枯れるなら私はポールの元に行けるでしょ?」
蔓人形はそう言って頷く。
「それにね。何より私があんたの力になりたいのよ。あんたの真っ直ぐさが人にそうしたいと思わせるの。まったく、人族をたぶらかすのが私達の仕事なのに、私が人族にたぶらかされるなんてね」
ドロリスさんが「世の中ってのは、本当におかしいわよね」と言うと、蔓人形は崩れ落ちた。
「ドロリスさん」
僕はそう言って蔓人形が崩れて出来た土の山に手を置く。
「ごめんね、ありがとう」
後であの花畑に遊びに行くからね。
だってドロリスさんだもん。きっと力を使いすぎて、蔓人形を出せないだけだよね? 『疲れちゃったわ。アルフレッドは本当に人使いが荒いわよね』って迎えてくれるはずだよね?
うん、大丈夫。
僕はそう思ったけど、涙が溢れた。
本当に僕は助けられてばかりだ。それに、何も出来ずに泣いてばかりだ。
僕は乱暴に涙を拭う。
もう泣くのはやめようよ。泣いてばかりいたって何も変えられない。あの小さな離れでうずくまっていた僕はもういないんだ。
強くなろう。
もう奪われないように、もう失わないように、今度は僕がみんなを助けられるように。
もっと、もっと、強くなろう。
僕がそう思っていたら「あなたには驚かされる事ばかりですよ。まったく」と言いながら、森からその人が頭をポリポリと掻きながら出てきた。
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