第123話 遠く離れても

 エゼルバルドが動きを止めて僕の髪の毛から手を離すと立ち上がった。僕も顔を上げてカルラを見る。


「森の火を消して、アル様を止めて、あたし達が素直に従者になれば、アル様も、ダインさんやオランドさん達も、セレニティ達以外のウロスの街の人々も、助けてくれるって言ったっすよね?」

「あぁ、言ったな。だけど、アルフレッドがグズっているじゃないか?」


 エゼルバルドがニヤリと笑いながら僕をチラッと見て、それからカルラに視線を戻すと首を傾げた。


「仕方ない、時間をやるからお前が説得しろ」


 エゼルバルドがそう言うと、カルラは「わかったっす」と答えて、僕のところまで来た。そして、僕を優しく抱きしめる。


 エゼルバルドは「チッ」と舌打ちした。


「見ていられないな。少し離れたところで話せ。気持ち悪い」


 エゼルバルドがそう言うので、僕は後ろ手に縛られたままでカルラに支えられて立ち上がり少し離れたところまで来た。


 カルラは僕と向き合うと「こんなに汚れて」と布で僕の顔を拭く。


「アル様、エゼルバルドの言う事を受け入れてほしいっす、それだけがみんなが生き残る道なんっすよ」

「でも……」


 僕がそう言うとカルラは微笑んで、自分の胸に両手を置いた。


「たとえ離れても、あたしの心はずっとアル様と共にあるっす。それに生きていればまた会えるっすよ」


 カルラはそう微笑んで「アラニャに怒られるっすね」と言ってから僕の顔に自分の顔を寄せて、そして、唇を一瞬だけ合わせた。


「カルラ?」

「あたしはアル様が大好き」

「えっ?」


 僕が驚くとカルラは微笑みながら泣いた。


「だから離れるのはつらいっす。だけど、アル様やみんなが死ぬのはもっとつらいんっすよ」


 そう言ったカルラは、乱暴に涙を拭うと笑顔を作った。


「アル様、世の中の全ての者が幸せなるなんて無理なんっす。あたしはアル様が幸せなってくれれば、それだけでいいっす。そして、アル様が幸せならきっと周りもみんなも幸せだからもう頑張りすぎなくていいっすよ」


 そこでカルラが抱きしめてくれる。


「それから、ブランはまだ生きているっす」

「えっ?」

「とっさにネントゥが急所を外して胸を刺して、抜く時に傷を焼いたみたいで、ブランからは血が出てなかったっすから、たぶん気を失っているだけっす」


 カルラは僕の首元に顔を埋めた。


「あと約束してほしいっす。王都には近づかないと。あたしはどこだって上手くやれるっすから、コタロウの事も、マリッサの事も任せてほしいっす。だから、アル様は……」


 カルラは少しためらった後で、ギュッとしてくれた。


「ウロスの街で誰かと、小さな幸せを築いてほしいっす」


 そして、僕を離した。


「最悪、アラニャでもあたしは我慢するっすよ」


 そう言ってニンマリと笑ったカルラは、ダインさんやトールズ達、オランドさん達を見る。


「みんなを家族の元に帰してあげられるのも、ウロスの街にいる逃げ出せなかった女子供や、老人。彼らの命を救えるのもアル様しかいないっす」


 そう言ったカルラは再び泣いた。


「おかしいっすね。いい女は笑って別れないとダメなのに……」


 そう言って俯きながら涙を拭うカルラの顔に、僕は身を捩りながら自分の顔を近づけてその額にキスをした。


「アル様?」

「必ず迎えに行くよ。たとえどれだけかかったとしても、必ず」


 そう言って僕は笑ったけど、カルラは再び僕を抱きしめて泣き出した。


 カルラが落ち着いた後で、僕らはエゼルバルド達の元に戻った。コタロウが僕に頷いて笑う。


「コタロウ」

「アル兄ちゃん、心配するなって、たとえ従者じゃなくなっても僕達の絆は消えないだろ?」

「うん、そうだね」


 僕がそう言うと、コタロウの隣でマリッサも微笑みながら頷く。


「話は済んだのか?」


 そう言ったエゼルバルドは椅子にふんぞり返って、椅子の肘掛けをカツカツと爪で叩いた。


「はい、従います」

「そうか、わかった」


 エゼルバルドはニヤリと笑う。


「それにしても可愛いとは言え、そいつは魔獣だろ? 人族のくせに従者の魔獣と恋愛ごっこか?」


 エゼルバルドが顔を歪める。


「母上が言った通り、お前は汚れた血、やはり気持ち悪いな」


 そう言ってエゼルバルドは笑ったが、なぜかフクギが険しい顔をした。


「さっさと主従契約を解除しろ」


 エゼルバルドにそう促されて、僕はコタロウ、カルラ、マリッサの主従契約を解除した。眩しい光に包まれて、コタロウとカルラの姿が変わった。


 えっ?


 コタロウは髪が白くなって少し小柄になった。そして、カルラはエレメントバードの姿になる。その体にはあの柄もない。


 マリッサはあんまり変わってないけど、これって退化かな?


「どうなってやがる?」


 エゼルバルドがそう言うとネントゥが「従者は主人の影響を受けるんだよ」と答えた。


「どういうことだ?」

「その2人はアルフレッドの影響で、進化してたって事だね」

「なっ?!」


 そう驚いたエゼルバルドは親指の爪を噛んで、僕を睨みつけた。


「俺と主従契約を結べばこいつらは戻るか?」

「正直わからないし、進化しないかもしれないね」


 ネントゥがそう言うと、エゼルバルドはネントゥを睨みつける。

 

「それは俺がアルフレッドに劣ると言いたいのか?」

「違うよ、特殊な進化の条件はその仕組みがわかってないんだ。もし、トリガーが主従の絆とかだったらそいつらはきっと進化しないよ」


 ネントゥがそう言うとフクギが「やめて置いた方がいいのではないですか?」と言った。


「お前まで、俺がアルフレッドに劣ると思っているのか?」

「そうではありませんが……」


 エゼルバルドが睨みつけたフクギが言い淀むと、ネントゥが「だから、そうじゃないよ」と眉間にシワを寄せて、首を振る。


「うるせぇ!」


 エゼルバルドが叫んで、手をネントゥに向けてかざした。すると、ネントゥが胸を両手で押さえて苦しみだす。


 フクギが慌てたように「エゼルバルド様」と諌めた。


「なんだ?」

「あんな取るに足りない下級な魔獣など、どうでもいいではないですか?」


 フクギがそう言うとエゼルバルドは「そうだな」と言いながら手を下ろした。


 額にじわっと汗を掻いて胸を押さえていたネントゥがなんとか顔をあげると、エゼルバルドが首を傾げる。


「こいつらはどうする? 殺すか?」

「誕生祝いにエヴェリナ様に差し上げてはどうだい? イライザの従者を羨ましがってたからね」


 ネントゥがそう言うと、エゼルバルドは「そうだな」と答えてネントゥを睨みつけた。


「興醒めだな、後の事はネントゥに任せる。わかっているな」

「わかってるよ」


 ネントゥが頷くとエゼルバルドはニヤニヤと笑った。そして、立ち上がると僕のところまで来て胸ぐらを掴んだ。


「命は助けてやるよ。その方が面白いからな」


 そう言ったエゼルバルドは僕を引き上げて僕の耳元に顔を近付ける。


「お前はこれで犯罪者だ。大量の魔獣を従えてウロスの街を襲ったとなれば、イゴールは家を守る為にお前を切り捨てる。せいぜい隠れて惨めに生きるんだな」


 僕を投げるように離すと、ヘラヘラと笑いながら僕を見下ろした。


「汚れた血にはちょうどいいだろ?」


 エゼルバルドはそう言うとクルッと背を向ける。


 そして、ネントゥにもう一度「まかせたぞ」と言ってからネントゥの従者達によって縛られたコタロウ、カルラ、マリッサを連れて獣化したフクギに背に乗った。


 ワイバーンとなったフクギがバサバサと羽ばたいて飛び上がる。そして、王都の方角へと飛び去って行った。

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