第122話 僕は無力だ

 ウロスの街の外、ロウカスト達と戦った辺りに、ダインさんとトールズ達、それからオランドさん達はいた。みんな手足を拘束されて転がされている。


 もちろん、胴当てはみんな壊れて、見えているその体は傷だらけだ。


 ごめんね……。


 そして、ネントゥの従者達によってウロスの街からセレニティとワイアットさん達が連れてこられた。数人、中には小さな男の子もいる。


 男の子に寄り添っている優しそうで身なりの良い男性が、きっとセレニティの旦那さんで、あの子はメルクーリ家の下の子かもしれないね。


 少し離れたところに豪華な椅子を用意されたエゼルバルドは満足げにそれに座り、その前に、膝をついて座らせられたセレニティ達と何か話を始めた。


 その間に僕らはネントゥの指示に従って、僕が担いでいたブランとコタロウを寝かせて、カルラがマリッサを寝かせる。


 そうしていたら、ネントゥが担いで来たフクギが僕の前に寝かされた。


「アルフレッド様、エゼルバルドに気付かれる前にフクギと私の『セイコン』を解いてくれないかい?」

「えっ?」

「事情は後で説明するから頼むよ」


 ネントゥがそういうので僕はネントゥとフクギにかかっている『セイコン』白いもやを取り除いた。ネントゥが「ありがとう」というと「私を信じてくれ」と言った後で、フクギにポーションをかける。


 ポーションをかけられたフクギが回復した。


 すぐに起き上がったフクギは怯えた目で僕を見た後で、自分達が勝ったとわかったのか? 僕の腹に前蹴りを入れる。


 僕が「グフッ」と後ずさると、カルラが僕をかばうように前に立って「アル様には手を出さない約束っす」と言った。


「フクギ、エゼル様に怒られるよ」


 ネントゥがそう言うとフクギは頭を掻いて「わかりました」と言ってから「チッ」と舌打ちすると、エゼルバルドの方に歩いて行った。


 ネントゥが僕を後ろ手に縛る。


「アルフレッド様、これから何があろうとエゼルバルドに逆らわないでもらえるかい? なるべくあんたとあんたの仲間が助かるようにするから、私を信じてほしい」

「ネントゥ、申し訳ないけど信じられないよ」


 僕がそう言うとネントゥは「そうさね」と頷く。そして、僕の頭を軽くなでて、それからブランとコタロウ、マリッサにポーションをかけた。


 後ろ手に縛られている僕を見て全てを悟った3人は苦笑いをした後で、立ち上がった。


 僕達はネントゥに連れられてエゼルバルドの近くまで来た。


 エゼルバルドは豪華な椅子に座り、その横にフクギが立って、目の前にセレニティと男性と子供、それからワイアットさんと数人の使用人風の人達が膝をついて座らせられている。


「他に弁明はあるのか?」


 尊大な態度のエゼルバルドがそう言って、使用人風の人達は一様に首を横に振った。どうやらセレニティ達の弁明は終わったようだ。


 小さな男の子は半分泣いているが我慢してギュッと歯を食いしばる。その肩を男性が抱きしめていたがその腕は小刻みに震えている。


 エゼルバルドはその様子を見て、一瞬ギュッと顔をしかめた後で、興味を失ったように顔から表情をなくすと「やれ」と小さく言った。


 フクギがそれに応じてセレニティの胸を突き刺す。

 

 セレニティは訳もわからないという顔で、フクギを見上げて「クボッ」と口から血を吐いた。そして、フクギが手を引き抜くと、ドサッと前のめりに倒れて地面に血溜まりを作る。


「セレニティを殺すなんて、アルフレッドはまったくひどい奴だな。そうだろう? フクギ?」

「まったくでございますね」


 フクギがそう言って頷くと、嬉しそうにニンマリと笑い、次に男性の胸を突いて、さらに泣き出して逃げようとした男の子の首を切り裂いた。


 隣にいたワイアットさんが「なんて事を……」と言ったが、今度はその首を目掛けてフクギが腕を振るう。


 エゼルバルドは、命などなんとも思っていなかった。あっけなく、セレニティは殺されて、その家族も、ワイアットさんを始めとした使用人達も全て殺された。


 僕はそれを見ながら動く事も出来なかった。


 後ろ手に縛られているのだから仕方がない? 


 違う。


 動いただけで、仲間がみんな殺されるのは明らかだった。僕はこの後に及んでまだエゼルバルドが許してくれるのを期待しているんだ。


 カルラがした約束に、


 ネントゥが言った言葉に、


 期待しているんだ。


 僕はただ殺されたくないだけだ。


 視界がにじんだ。僕はどこまでも無力だ。あの商家の小さな離れで暮らしていた頃と変わらない。ただの子供。


 みんなを救えると思っていた。


 みんなが笑える領地にしたいと思っていた。


 すぐには無理でも、みんなで協力して頑張っていれば、人族も魔獣もいつかはわかり合える。手だって取り合える。そんな領地だって作れると思っていた。


 僕はやっぱり馬鹿だ。


 これがこの国の現状。これがこの国の王族。エゼルバルドは話で聞いたより、もっと、もっと、ひどい人族だった。フクギはどこまでも残酷なドラゴンだった。


 僕達は悪い事をしたのだろうか?


 僕達はひどい事をしたのだろうか?


 わからない。


 僕が馬鹿だからわからないの?


 ネントゥの従者によってセレニティ達は抱えられて運ばれていった。僕とブラン、コタロウとカルラにマリッサがその血溜まりに座らせられる。


 独特な血の匂いがモワッと僕を包んだ。


「よし、カルラとの約束通りにお前らは全員俺の従者になれば、アルフレッドは生かしといてやるよ」


 えっ?


 みんながエゼルバルドの従者に?


 嘘だよね?


 僕はすぐにカルラを見たけど、カルラは苦笑いしている。隣のブランが首を振る。


「アルだけ、主人、アルだけ。お前認めない」

「じゃあ、どうする? 俺はアルフレッドからお前らを取り上げたいだけだ。死ぬか?」


 そう言ったエゼルバルドがニヤリと笑うと、ブランは真っ直ぐにエゼルバルドを見ながら頷く。


「殺せ、お前認めない」

「そうか、良い度胸だ。フクギ……」


 エゼルバルドがそう言った瞬間に、ネントゥの腕がブランの胸を突き刺した。


「悪いね、エゼル様を認めないなんて生意気だったからついね」


 そう言ったネントゥが腕を引き抜くとブランが前倒しに倒れた。


「ブラン!」


 僕はなんとか身を乗り出してブランに近づこうとしたが、ネントゥに捕まり、元の位置に戻されて押さえつけられた。


 ブラン、ブランが死んだ。


 目から溢れてきた涙で、もう何も見えなかった。


 僕は頭を下げた。ネントゥに押さえつけられたままで「奪わないでください」と血溜まりの地面に額をつける。


「ほぉ、アルフレッドは頼み方も知らないようだぞ、フクギ」

「さようでございますね。ものを頼む時はお願いしますというと教わらなかったようですね」


 フクギがそう言うので、僕は「お願いします」と言う。


「何をお願いするんだ、言ってみろ」

「僕からみんなを奪わないでください。お願いします」


 僕が頭を地面につけたままでそう言うとエゼルバルドは「ケラケラ」と嬉しそうに笑った。ネントゥの腕が小刻みに揺れている。


「この瞬間が1番楽しいな? フクギ?」

「さようでございますね。エゼルバルド様」

「調子に乗っていたガキが身の程を知り、ゆるしを乞う。良いじゃないか、教育だな」


 エゼルバルドがそう言って立ち上がると、僕のところまで来てしゃがみ込んだ。


 そして、僕の髪の毛を掴むと僕の顔を上げさせる。


「許してほしいのか?」

「はい」


 エゼルバルドはうんうんと頷く。


「そうか、そうか……いやだ。許すわけねぇだろ。アホだな、お前」


 エゼルバルドが僕の頭をグリグリと血溜まりの地面に擦り付けるので、僕は「お願いします」と続けた。そして、そこでカルラが「約束が違うっすよ」と低い声を出した。

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