第120話 覚悟のない奴は

 エゼルバルドが戻って来た。木々の間から姿を表したエゼルバルドは、左脇腹から血を流し、ぼろぼろになった左手はだらんと垂れ下げていた。


 かなり痛そうだね。


 それなのにエゼルバルドは、カルラを見て目を見開く。


「ほぉ、可愛いじゃねぇか? それで、なんだ今の技は? もしかして合成魔法か?」

「なんの事っすか?」


 カルラがそう首を傾げると、エゼルバルドは「フン」と鼻を鳴らした。


「まあいい。俺の従者にしてから聞く」

「あんたの従者には殺されてもならないっすよ」


 と言ったカルラは「あたしは一生アル様の従者っすから」と続けながら僕をギュッと抱きしめた。それを見ていたエゼルバルドは嬉しそうにニヤァっと笑う。


「それを奪うのがいいんじゃねぇか? ねじ伏せて屈服させた時の征服感がいい」


 それを聞いたカルラが「愛されなかったんすね」と頷くと、エゼルバルドは「なっ?」と目を見開いた後で、カルラを睨みつけた。


「なにが言いたい?」

「だから、母親に愛されなかったんすよね?」


 カルラがそう言うとエゼルバルドが眉間にシワを寄せて、その顔を歪めた。


「お前になにがわかる?」

「わからないっすけど、あたしはあんたのお母さんの代わりにはなれないっすよ」


 そう言ってカルラが首を傾げると「安心しな」とその女の人が木々の間から出てきた。


 魔力を抑えて、ゆったりと歩いているけど、強いね、この人……隙がない。


「エゼル様には私がいるからね。あんたは従者になってもただの駒だよ」


 女の人がそう言ってエゼルバルドに微笑むと、エゼルバルドが「ネントゥ、遅いぞ」と睨みつけた。


「仕方ないだろ。フクギが足引っ張るし、それにあのリトルオーガの子なかなか強かったよ」

「倒したのか?」


 エゼルバルドがそう問いかけるとネントゥは「もちろん」と頷く。


 えっ?! コタロウがやられたの?


 僕はそう思って今にも走り出したかったけど、カルラが僕に抱きついている手に力を入れた。ギュッとするのでカルラを見ると、カルラは首を小さく横に振る。


「あの子には悪いけど、属性の相性が悪かったね。それでも粘ってたよ。なかなか賢い子じゃないか、あの子」

「なるほどな、お前にそこまで言わせるなんてなかなかだな」


 エゼルバルドは愉快そうにそう言って僕らを見た。それを確認したネントゥは続ける。


「まだフクギがウルフと戦っているけど、時間の問題だね。マーメイドがウルフの助けに来たみたいだったけど、まあ、マーメイドは戦い慣れていなそうだったから大丈夫だろ?」


 ネントゥはエゼルバルドに歩み寄りながら、カルラを見て首を傾げる。それはまるであんたの考えはわかっているよと言わんばかりだった。エゼルバルドは「そうか」と頷く。


「それにしてもフクギの奴、鈍ったね。弱いものいじめばかりしてるからだよ」

「そうかもしれんな、そもそも俺の従者をしていたら、こいつらのような身の程を知らない馬鹿じゃないと戦いを挑んでこない」


 エゼルバルドがクイクイっとアゴで僕らを示すとエゼルバルドの横に並んだネントゥが「その割に」と僕らを睨んだ。


「ずいぶんとうれしそうじゃないか?」

「あぁ、馬鹿をひねりつぶして大事にしている従者を奪い取るのは楽しいだろ?」


 エゼルバルドはニヤニヤと笑う。


「さらに自信たっぷりだった奴が、地に頭をこすり付けながら、もうやめてくれと泣いて頼むのを見下ろすのはいつでも最高に楽しいし、好きなんだ」

「そうかい? まあ、あんたが楽しいと思う事をしたら良いさ。私はあんたの願いを叶えるだけだよ」


 そう言ってネントゥはエゼルバルドを抱き寄せると頭をなでてから腰につけたバックをガサゴソして、ポーションを取り出すとエゼルバルドの手と脇腹にかけた。それで、エゼルバルドの傷がみるみる治っていく。


「さてと、じゃあ、やり合うかい?」


 そう言って笑ったネントゥが首を傾げた瞬間に、地面から生えてきた複数の蔓がネントゥとエゼルバルドの手足を絡めとる。


 そして、カルラが僕を抱いたままで後ろの森の中に飛びこむと、大量の切られたスグノキがウロスの街の方角から飛んできて、ネントゥとエゼルバルドがいたところに次々に突き刺さった。


 これはきっと、ドロリスさんとオランドさん達だね。


 飛び散った木の破片と土埃がおさまると、スグノキが地面に山のように突き刺さっていた。


 すごいね。だけど……。


 僕がそう思うと、カルラが「やっぱり、そんなに甘くないっすよね」と呟いた。その呟きに合わせるようにスグノキはすぐに消し炭になる。


 でもさ……。


 まったく無事という訳でもないみたいだ。傷だらけのエゼルバルドとネントゥが僕達を睨みつけたけど、再び降り注ぐスグノキでまたすぐに見えなくなった。


 もちろん、それもすぐに消し炭になる。それでも何度も受ければと思ったのだが、土埃が収まった後で僕達を見たネントゥが「仕方ないね」と呟いた。


「あんた達は先にオーク達をやってきな」


 ネントゥがそういうと、それまで感じなかった魔力を僕らの周りから感じる。


 数は8、いや、9。


 どれもネントゥの魔力に近いから、抑えられているとまったく気が付かなかった。


 従者なのかもしれないね。


 それが一斉にウロスの街の方へ向かう。僕がカルラを見るとカルラは頷いた。


「あいつらはオランドさん達に任せるっす。私達は目の前の敵に集中するっすよ」


 そう言ったカルラに僕は「わかった」と頷く。


 確かに僕達が移動して、あちらにエゼルバルド達を連れて行く方が大変だ。数的優位を取っているブラン達か、オランドさん達が勝つまで、この2人をここに……いや、違う。


 オランドさん達の攻撃で、エゼルバルドもそうだけど、ネントゥは間違いなく消耗している。僕達が勝って他のみんなを助けに行くんだ。


 僕はそう思うとすぐに『エンライ』で『緋眼』にする。


 すると傷だらけのネントゥがすぐに飛び込んで来たので、その拳を受け止めながら、巻き込んで投げた。


 ネントゥは転がるように受け身を取ると再び飛び込んでくるので、僕はバックステップで下がってから、さらに一歩踏み込んで来たところで背中に手を置いて飛び越える。


「ノズチ!」


 飛び越えながらネントゥの背中に『ノズチ』を打ち込んだ。


 前のめりになったネントゥが「ガハッ」と血を吐いたので、すぐに飛び上がって、腕を振り下ろし、その背中めがけて『カンナギ』を打ち込む。


 だけど、スッと体を起こしたネントゥが僕の腕を受け止めた。『カンナギ』の勢いでネントゥの足が地面にめり込んでクレーターが出来きたが、ネントゥはニヤリと笑う。


 僕はすぐに追撃。掴まれている手を支点にして、回し蹴りでネントゥの顔を蹴った。ネントゥが僕の手を離すと、バックステップで距離を取る。


 顔を戻して僕を見たネントゥは「ペッ」と血を吐いて、口元を拭うと「ケラケラ」と笑い声をあげた。その後で、僕を睨みつける。


「この後に及んでまだ甘いのか? 殺す気で来ないと止められないとフクギに言われただろ?」


 ネントゥは首を傾げた。


「覚悟のない奴には、誰も救えやしないよ」


 確かにそうだね。近くでカルラが、遠くでオランドさん達が戦う音が聞こえる。僕は早くネントゥを倒してみんなを助けに行かないと。


 僕がネントゥを睨みつけると、ネントゥは「フフッ」って笑う。


「今更覚悟を決めても遅いけどね」


 ネントゥがそういうと、背後から気配がした。これは……振り返るとその男が笑う。


「ずいぶんとやられているじゃないですか? ネントゥ」


 そう言ったフクギは担いできたものを次々に僕の方に投げてよこした。ドサリと僕の足元に転がるそれは、ブランとコタロウとマリッサだった。

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