第119話 抗う

 エゼルバルドは急に興味を失ったような顔をして「セレニティだったか? ご苦労だったな。もう下がっていいぞ」と言いながらシッシッと手を振る。


 その態度にセレニティが「えっ?」と驚くと、エゼルバルドは眉間にシワを寄せた。


「言葉がわからぬのか? 俺が下がれと言ったんだ、さっさと下がれ」

「しかし、あの……」

「もしかして、助けてもらえるとか、思っているんじゃないだろうな?」


 エゼルバルドが「おいおい」と言いながら首を振る。


「お前らは王国に疫病を撒き散らそうとしたんだ。たかが王太子の俺が救える訳ないだろ? まあ、俺が国王になる頃まで、あんたがまだ貴族でいられたら考えてやるよ」


 そう言ったエゼルバルドは、口角をあげて再び嬉しそうな顔に戻るので、セレニティは目を見開いた。


「なにをおっしゃっているのですか?」

「うん? 毒水の池、放置してたろ? それに確か、この辺りには闇落ちしたロウカストの群れがいたはずだ。大方、それがアルフレッドにバレて苦肉の策で俺に連絡を寄越したんだろうが、もうこっちは掴んでいたんだよ。疫病の原因もな」


 エゼルバルドがそう言いながらセレニティに歩み寄り、その顔を覗き込む。


「まあ、ここはイゴールの領地だからさ。イゴール潰すのに使えるかもって思って、俺達も放置していたんだ。しかも、ちょっと工作もしてやっていたんだぜ」


 唖然としているセレニティの頭を、エゼルバルドがコンコンと軽くノックする。


「ちょっとは考えろよ。隠してもいない状態で、あのイゴールが気付かない訳ないだろ?」


 エゼルバルドはセレニティの耳元に口を寄せた。


「俺達がさ、疫病が出るまで隠してやってたんだよ」


 セレニティが目を見開いてエゼルバルドを見ると、体を起こしたエゼルバルドはセレニティを見下ろして「感謝しろよな」と微笑む。そこでフクギが「エゼルバルド様」とそれを諌めた。


 それにエゼルバルドは「あぁ」と言った後で「そうか、これは話したらダメだったな」と再び顔から表情をなくして、目を細めてセレニティを睨んだ。


「仕方ないな」


 エゼルバルドがそう言った瞬間に、フクギがすごい速さでセレニティの前に移動して、その腕をセレニティに振り下ろした。


 僕は跳ね起きながら回ってその腕を蹴りあげる。ブランは飛び込みながら、セレニティを押し倒した。


 それによってフクギの腕がセレニティを微かにかすめながら空を切ると、フクギとエゼルバルドはニヤリと笑った。


「なんの真似だ、アルフレッド?」


 エゼルバルドがそう言うので、僕は倒れたままでエゼルバルドを見上げて首を傾げた。エゼルバルドがギュッと眉間にシワを寄せる。


「なんの真似だと聞いている。逆らっていいと思っているのか?」

「逆らっておりません」


 僕がそう答えると「はぁ?」と今度はエゼルバルドが首を傾げた。


「エゼルバルド様が下がれと言っているのにそれに従わないセレニティを蹴ろうとしたら、フクギさんの腕に当たってしまいました。すみません」

「何言ってんだ。そんなの通用すると思っているのか?」


 エゼルバルドがそう言うので、僕は再び首を傾げた。そこでフクギが「フフッ」と笑う。


「こっちのウルフも、この女を注意したと主張するつもりですね」


 フクギが目を細める。


「どこまでも偽善的で本当に反吐が出る。でもあなた達がそのつもりなら、私は何度でも腕を振るうだけです。次は言い逃れできないでしょ?」


 そう言ってフクギが振り上げた腕に蔓が巻きついた。コタロウが地面に手をついた状態でエゼルバルドを睨みつける。


「どちらにしても、さっきの話を聞いた僕達の事は、生かしておくつもりはないんでしょ?」

「そうだな。いや、素直に俺の従者になれば、お前とそこのウルフは助けてやるよ」


 コタロウがそれに「フフッ」と笑う。


「それじゃ、アル兄ちゃんの従者は誰もあんたに従わないよ」


 コタロウの言葉にエゼルバルドは「そうか」と頷いてフクギを見た。


「雑魚がつけ上がると始末に負えないな。フクギ、従いたくなるようにしてやれ」

「かしこまりました」


 そう言って頭を下げたフクギが、頭を上げた瞬間に、ブランの蹴りがフクギの顔に入る。


 全身に雷をまとったブランの蹴りで、フクギが吹っ飛ばされた。スグノキを何本も薙ぎ倒して飛ばされていったフクギが少し遠くで止まった。


「ダインさん、2人をお願い」

「あぁ、わかった。だけど……いや」


 ダインさんは首を振るとセレニティとワイアットさんを連れて行く。その間もエゼルバルドはその場でニヤニヤと僕らを見ていた。


「いったい、どこに逃すつもりだ?」


 エゼルバルドが「ケラケラ」と笑うが、僕はエゼルバルドを睨みつけた。


「逃げないさ」

「おいおい、まさか3対1ならフクギに勝てるとか思ってないよな?」

「やってみないとわからないだろ?」


 僕がそう言った時、フクギがすごい魔力を放出してひと跳びの跳躍で、空を飛んで戻って来た。怒りの表情と喜びの表情が混ざった表情でニンマリと笑いながらブランを見た。


「なかなかやるじゃないか?」

「当たり前、ダッキ、鍛えた」

「ほぉ、それは、それは」


 フクギはそう頷くと「その話詳しく聞かせてもらおうか?」ともっと嬉しそうに笑う。そして、飛び出したフクギの拳がブランを捉えたと思った瞬間に、その腕が蔓に巻き取られた。


 代わりにブランの蹴りがフクギのお腹に入った。僕は飛び上がって身体のくの字になっているフクギの肩口に『カンナギ』を打ち込む。


 フクギを地面に打ち付けると、地面が抉れて土が飛び上がった。


「甘い、甘いですね、アルフレッド・グドウィン。殺す気で来ないと私は倒せませんよ」


 フクギはそう言って、肩に手を当てながら立ち上がるので、僕はバックステップで距離をとったのだか、着地と同時に側頭部を蹴られた。


 なっ?


 グワんと頭が揺れて、膝から崩れそうになるのを耐えながら、サイドに転がり受け身を取る。そんな僕を見てエゼルバルドは「ほぉ、倒れないか、やるな」と笑った。


 甘く見てた。王子も強いんだね。


 僕がそう思った時にはエゼルバルドにもう一度蹴られて飛んでいた。スグノキを数本倒して止まったが、背中をひどく打ちつけて「カハッ」と空気が口から漏れる。


 地面に落ちた瞬間にすぐに僕は立ち上がった。もちろん、そこに追撃。複数の『ウィンドボール』が飛んで来た。1つ、2つ、3つ、魔力をまとった手でそれを受け流していると、エゼルバルドが懐に飛び込んできた。


 今度は近距離から打ち上げるように放たれた『ウィンドボール』に吹き飛ばされる。


 体を反らしてギュルギュルと胴当てを削りながら抉る『ウィンドボール』を肩口に逸らしたが、顔を戻すと目の前にエゼルバルドの顔があった。


「ずいぶんと硬い胴当てのおかげで命拾いしたな」


 エゼルバルドはそう言って笑うと、僕に踵落としを入れて地面に打ち落とすと、さらに蹴りの連撃を入れた後で、僕の顔に手を当てて持ち上げた。


「ウィンド……」


 エゼルバルドはそこまで言って、横から来た風と水の複合魔法『ストームボール』に左手と脇腹を抉られながら吹っ飛んで行く。


「アル様、大丈夫っすか?」


 そう言って走って来たカルラが、倒れている僕を抱き上げて顔を覗き込み「遅くなったっす」と優しく笑った。

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