第118話 謀反の企て

 そして、一度ためらうような顔をした後で、頭をガシガシと掻いたコタロウは、セレニティを睨みながら口を開いた。


「アル兄ちゃん、先に言っとくよ。エゼルバルドが来たら僕達の事は大人しく渡して良いからね」


 コタロウのその言葉に、僕は「なに言ってんの?」と首を傾げる。コタロウがそれに「ハァ」と息を吐いた。


「アル兄ちゃんはさ、領主の孫なんだよ。王子に逆らっていいと思ってんの?」

「逆らっちゃダメってのは、なんとなくわかるけどさ。だけど、渡すって、なに?」


 僕が聞き返すと、コタロウは眉間にシワを寄せる。


「ナタクさん達からエゼルバルドの話を聞いた時から何度かみんなで話し合ったんだ」

「なにを?」

「エゼルバルドが僕達をよこせと言ってきたら、黙ってそれに従おうってね」


 コタロウが「フフッ」と笑うので、僕がギュッと眉を寄せてブランを見た。ブランは申し訳なさそうな顔で僕に頷く。


「なに言ってんのさ、そんな事許す訳ないだろ?」

「じゃあ、どうするの? アル兄ちゃんがエゼルバルドに逆らえば、イゴール様達だってタダじゃ済まないよ」

「だから、なんで、そうなるの?」


 僕が聞くとコタロウはダインさんを見た。ダインさんがガシガシと頭を掻いて、頷く。


「アル様の従者はさ、数も多い上にレアが多い。そして、強すぎるんだよ。それが一部とは言え、知られてしまった。エゼルバルドは、理由をつけて奪おうとしてくるぜ。奴はそういう奴だ」

「でも、そんな事ってあり得るの?」

「残念ながらあり得るんだよ。やり方はいくらでもある。例えば、アルフレッド・グドウィンに謀反の疑いありってなれば、奴は王子だ、討伐に騎士団だって動かせる」


 騎士団ってなに? 嘘だよね?


 僕が目を見開いて「そんな事になったら……」と言い淀むと、ダインさんは「そうだ」と頷く。


「下手したら領地ごと潰されるな」

「領地ごとってどうしてそんな事に? 僕達だけ討伐すればいいんじゃないの?」


 僕が言うと、ダインさんは首を横に振り、それからセレニティを睨んだ。


「まったく馬鹿な事をしてくれたな、セレニティ。討伐に騎士団が動いたら、助けられたマルタの街も、ルタウの街のキースだって、アル様を庇うに決まってんだろ? そしたらどうなる?」


 ダインさんはそこまで言うと、真っ直ぐに僕を見た。


「全員殺されるぞ」

「じゃあ、どうしたらいいんですか? ひどい奴だってわかっているのに、大人しく仲間を渡すなんて出来ないですよ」


 僕がそう言って首を横に振った時、それは王都の方角から来た。


 ものすごいプレッシャーと威圧的な魔力が高速でこちらに向かっている。それはダッキの物とは比べられないほどに敵対的だと感じる。


 すでにワイアットさんは怯えるように頭を抱えた。ブランとコタロウは、その方角を見上げて睨みつける。そして、ダインさんは僕を見たままで、苦笑いして「もう来たな」と呟いた。


 ダインさんの呟きに合わせるようにすぐに来たその生き物は、上空で一度こちらを確認するように旋回してから、僕達が切り拓いた池のほとりに降り立った。


 こちらがギュッと威圧されるほどに大きな存在感と姿。それは人族からワイバーンと呼ばれていた。


 僕だって流石にこいつは図鑑で見たのを覚えていた。それぐらい圧倒的な強者。ギョロリとその目でこちらを確認した後で身をかがめるように首を下ろした。


 その背から人族が降りてくる。


 そちらもすぐにわかった。どう見ても偉そう。いや、偉いんだよね。高そうなきらびやかな服に身を包んだ男の子は、ニヤニヤと笑って僕らを見回した後で、僕を睨みつけた。


「可愛い女の子の従者もいるって話だったが、いないじゃないか? 隠したのか? アルフレッド・グドウィン」

「いえ、隠し立てするような事はございませんよ。エゼルバルド様」


 僕はそう言いながら、その場に跪く。


「なんだ、賢いじゃないか? アルフレッド・グドウィンはとんでもない馬鹿だから、学園に通わずに領地を旅させているのではなかったか? なぁ、フクギ」


 エゼルバルドがそう言うと、ワイバーンは獣化を解いて、人族のような姿になった。優雅な動きでエゼルバルドの横に立つ。


「さようでございますね。どうやらイゴール様は何かお隠しになりたい事でもあるようですね」

「なんだと、イゴールの奴め、それはけしからんな。まさか謀反でも企んでいるのではあるまいな」

「さあ、どうですかね。まあ、それもアルフレッドの態度を見ればおわかりになるのではありませんか?」


 執事のような姿のフクギがそう言うと、エゼルバルドは「まったく、その通りだな」と嬉しそうに「ケラケラ」と笑う。


 僕は2人が話している間もひざまずいた姿勢は変えずに待っていた。


 グドウィン家で勉強した時に、何度も、何度も、しっかりと教わったもんね。


 王族が相手の時はひざまずいて、相手が良いと言うまで顔もあげない。聞かれた事以外は口も開かない。なので、僕はその通りにしていたのだが、エゼルバルドは僕のところまで歩いて来て、足を僕の肩に乗せる。


「つまらないな、ちゃんと教育されているじゃないか?」

「さようでございますね。魔獣程度の知能かと思いましたが、どうやら人族ではあるようですね」

「そうだな」


 エゼルバルドはそう言うとグリグリと足を動かす。


「それに、なかなか鍛えているじゃないか?」

「さようでございますか?」


 フクギの言葉に「あぁ」と答えたエゼルバルドはさらに力を入れてグリグリと足を動かす。そして「ケラケラ」と笑ったあとで「つまんねぇんだよ」と僕を後ろに倒すように前蹴りする。


 僕はそれを受けて仰向けになってから、すぐに起き上がって、再びその場でひざまずいた。


「おい、誰が起き上がっていいと言った? あぁ?」


 その言葉に僕が「申し訳ございません」と言うとガシガシと前蹴りが来るので、僕は黙ってそれを受けた。僕が横になるとさらに蹴りは続く。


「お前さ、面白い従者を連れているんだってな? そこのホワイトウルフは知っていたけど、もう1人はもしかして、リトルオーガか? あとはどんなのがいるんだ?」

「いえ、どれもとるに足らない者達で、エゼルバルド様が気にいるような者達ではございません」


 僕はそう言いながらギュッと歯を食いしばる。


「うるせぇんだよ。俺が気にいるか? 気に入らないか? は俺が決める。お前が勝手に判断してんじゃねぇよ」


 しばらく蹴りは続いたが、セレニティが「恐れながら」と言った。


「うん? お前は誰だ?」

「はい、殿下に手紙を差し上げました。セレニティ・メルクーリでございます」

「おお、そうか。でかしたぞ。それでなんだ?」

「はい、アルフレッドの従者はここにいる者のほかにオークが100匹ほど、それから鳥の女の子とマーメイドがいるようです」


 セレニティのその言葉にエゼルバルドはニヤニヤと嬉しそうに笑って僕を見下ろした。


「やってくれたな、アルフレッド。今までは4匹ほど連れているだけと聞いていたから放っておいたが、オーク100匹とは……」


 エゼルバルドは「クククッ」と笑う。


「立派な謀反の企てだな、そうだろ? フクギ?」

「さようでございますね。これでいちいちうるさいイゴールのジジイに、イザベラのババァ、さらにはナタクもやれますよ」

「おい、言葉が過ぎるぞ、フクギ。奴らはまだこの国の重鎮だ。引きずり下ろしてからにしろよ、まったく」


 そう言ったエゼルバルドは「ケラケラ」と嬉しそうに笑って、セレニティを見た。

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