第116話 セレニティ
カルラが飛んで行った後で、しばらくしたらマリッサが飛ばされてきた。ふわりとコタロウが出した花に受け止められたその姿は、人化しているから普通に人族の女の子みたいだ。
「マリッサ、悪いね。ありがとう」
「いえ、アル様の頼みならどこにでも行きますので、いつでもおっしゃってください」
そう言って手を胸の前で合わせたマリッサがグイグイと詰め寄って来て、近い。
僕が苦笑いをしながら少し下がると、飛んできたカルラが「近いっすよ」と僕とマリッサの間に割って入った。蔓人形のドロリスさんもカルラの隣で「そうよ」と腰に手を当てて胸を張る。
「そんなに近かったかしら?」
「アル様が困ってたっす」
「そう? それは気づかなかったわ」
マリッサがそう言って微笑むとカルラは「本当に油断も隙もないっすね」とマリッサを睨みつけた。もちろん蔓人形のドロリスさんも腰に手を当てたいつものスタイルでマリッサを見ている。
2人と1人がしばらく睨み合った後で、コタロウに促されたマリッサが池に向かって「クリアウォーター」と唱えると、ドロドロと澱んでいたのが嘘みたいにみるみる内に池の水が綺麗な水に変わっていく。
嘘でしょ?
僕達が唖然としてキラキラと光を返す水を見ていたら、こちらを振り返ったマリッサが「これでよろしいですか?」と首を傾げた。
「マリッサ、すごいよ!」
「本当すごい!」
僕とコタロウが喜ぶと「ありがとうございます。アル様のお役にたてて嬉しいです」とマリッサが駆け寄って来たので、カルラがそれをさえぎる為に僕の前に立つ。
「確かにすごいっすけど、池はまだまだあるっすから次行くっすよ」
カルラが腕を組んで顎でクイクイとすると、蔓人形のドロリスさんも全く同じ動きをして、マリッサは「カルラさんとドロリスさん、こわぁーい」と言いながら僕を上目遣いで見た。
カルラが「どっちがっすか?」と呟くと、ドロリスさんがぴょこぴょこと頷いて、それまで黙って見ていたブランが「ハァ」と深いため息を吐いた。
カルラとドロリスさんに連れて行かれたマリッサが他の池を綺麗にしている間に、僕達はとりあえず、木を伐採していくことにした。
久しぶりにブランとコタロウと3人で並んで、水が綺麗になった池の周りのスグノキからドンドン切り倒していく。
でもこれは途方もないね?
3人で少し切り倒した後で、どこまでも広がるスグノキの森を見ていたら、ダインさんが来た。ワイアットさんともう1人、女性も一緒だ。
「アル様、どうだ?」
「はい、池の水は大丈夫そうですよ」
僕がそう言って笑うとダインさんと一緒に来た女性が「えっ?」と驚いた声を上げた後で、池を見て目を見開いた。
「どうなっているの? あれだけ汚かったのに……」
女性が口を開いて見ていると並び立ったワイアットさんが首を傾げる。
「信じられませんな、どうやったのですか?」
「僕の従者に水を浄化できる者がいたので」
僕がそう言って微笑むと、女性が僕の両腕を掴んだ。あからさまにコタロウとブランが嫌そうな顔をしたので、ワイアットさんが慌てて「奥様」とその女性をたしなめる。
「あら、ごめんなさい。まさか、アルフレッドがマーメイドまで従者にしているなんて、ビックリしてしまって……」
そう言って僕の腕を離してくれた女性が微笑んだ。
「私はセレニティ、セレニティ・メルクーリ。あなたの母親の義姉で、ウロスの街付きの貴族よ。よろしくね」
そう言って手を出すので、僕は「アルフレッド・グドウィンです。よろしくお願いします」とその手を受けた。
「この度はご苦労だったわね、アルフレッド。私は伯母として誇らしいわ」
セレニティさんがそう言うとダインさんがすぐに「おい」と低い声を出した。
「何かしら? ダイン」
「約束が違うよな? アル様の家族ヅラするなって言っておいただろ?」
「何を言っているの? 実際家族なんだから仕方ないでしょ?」
そう言ってセレニティさんが微笑むので、僕はセレニティさんを見た。
「すみませんが、僕は今、グドウィン家の人間なので、メルクーリ家の人間ではありませんよ」
「えっ?」
セレニティさんは驚いたように目を見開いた。
「それにアンジェ母さんが困った時に、セレニティさんは、もうあんたはメルクーリ家とは関係ないから帰ってくるなと突っぱねたんですよね?」
「なっ、なぜそれを? あんたが生まれた時にアンジェは死んだんでしょ?」
「お店の使用人のトムさんが教えてくれました」
僕がそう答えるとセレニティさんは青くなり、ダインさんは愉快そうに「ガハハ」と笑う。
「さすがは青鬼のトムさんだ。行方知れずと聞いていたが、アンジェに頼まれてあの店でアル様の面倒を見てたのか」
その言葉にセレニティさんは一度ダインさんを睨んだ後で僕を見た。
「それでも、あんたの母親が小さい頃に面倒を見てやったのはメルクーリ家よ。少しは感謝したらどうなの?」
「それもトムさんが言ってました」
僕はそう言って頷く。
「アンジェ母さんは、メルクーリ家では下女のような扱いを受けていたし、冒険者になってからメルクーリ家の名声を高め、金銭的にも十分なお返しをしているから、もしセレニティさんがそのように言ってきても取り合う必要はないと」
僕がそう言って微笑むとセレニティさんはギュッと眉間にシワを寄せた。
「血のつながりのない家にお世話になりながら感謝の1つもしないなんて、やっぱりあんたはあの馬鹿アンジェの子供だわ」
セレニティさんがそう言った瞬間にダインさんが「テメェ」と身を乗り出したのをワイアットさんが止める。
「奥様、感謝を述べに来たのではないのですか?」
「ワイアット、出過ぎたマネよ。私に意見するつもり?」
「ですが、奥様……」
ワイアットさんがそう言うと「黙りなさい!」とセレニティさんが怒鳴る。
「ダインも言葉に気をつける事ね。私の娘はエゼルバルド王子のご学友で親しくさせてもらっているの? いくら頭の悪いあなたでも意味はわかるわよね?」
セレニティさんは首を傾げたけど、ダインさんは「フン」と鼻で笑う。
「ピンチに駆け付けてもくれないお友達かよ」
ダインさんの言葉にセレニティさんはキッとダインさんを睨みつける。
「お手を煩わせない為に連絡しなかっただけよ。もちろん私が娘に連絡すればすぐに来てくださるわよ」
セレニティさんはそう大袈裟に頷いた後で、ニヤニヤと笑いながら僕らを見回した。
「例えば、アルフレッドの従者についての話なんかすれば、きっと興味を持ってくださるわね」
「テメェ、恩を仇で返すのがメルクーリのやり方か?」
「なんとでも言いなさい。だいたい私は助けてくれなんて一言も言ってないわよ。勝手にあんた達がやった事なんだから、感謝なんてしないわよ」
セレニティさんの言葉にダインさんがより眉を寄せて怒ったところで、コタロウが口を開いた。
「わかったよ。それがメルクーリ家の意見って事でいいんだね?」
「何よ、あんた?」
「いや、おばさんには聞いてないよ」
コタロウがそう言うと「誰がおばさんよ」とセレニティさんは怒ったが、コタロウはセレニティさんを無視してワイアットさんを見た。
「ワイアットさん、このおばさんの意見がメルクーリ家の意見って事でいいんだね?」
「あぁ、坊主。今はセレニティ様がメルクーリ家の主人だ。だから、セレニティ様のお考えがメルクーリ家の考えだ」
「あっそう、わかった。じゃあ、イゴール様にはそのように報告しておくから」
コタロウがそう言うとセレニティさんとワイアットさんは「えっ?」と驚いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます