第115話 毒水の池

 僕が闇落ちしたロウカストとの戦いを終えると、ブランもカルラもコタロウもそれぞれの戦いが終わったようで、僕の元に戻ってきた。


 僕を見て微笑むみんなを見渡して、安心する。


 大きな怪我もないみたいだから良かったし、みんなは本当に強くなったよね?


 それを現すように辺りには、かなりの数のスグノキが薙ぎ倒されて転がり、さらに普通のロウカスト達も、ものすごい数が狩られて転がっていた。


 だけど、おびただしい数のロウカスト達を見るだけで、僕はなんだかギュッと胸が痛い。


 だって、このロウカスト達はきっとよくわからないままに、闇落ちのロウカスト達に従って人族を襲っていただけだもんね。


 僕はそんな風に思いながらロウカスト達を見ていたが、ダインさんの指示に従いながらオランドさん達が、スグノキを集めたり、簡単な片付けを始めたので、僕達もすぐにその輪に加わる。


 もちろんロウカストもオランドさん達なら食べられるので、トールズ達が中腰になりながら、次々に腰のマジックバックにロウカスト達を回収していった。


 しばらくそんな感じでみんなで作業をしていると、ウロスの街から人が飛び出してきてこちらに走ってくる。


 たぶんワイアットさんだね。


 僕らがそちらを見ていたら寄ってきたダインさんが「ワイアット爺もまだまだ若いな」と言うので、僕が「そうですね」と笑うと、ダインさんも愉快そうに「ガハハ」と笑った。


 駆け寄って来たワイアットさんが「アル様、この度は」とすぐに膝をつくので「やめてください」と立たせる。


「しかし……」

「領主の孫として領地の領民の手助けをするのは当たり前ですよ」


 僕がそう言って笑うと、ワイアットさんは一度大きく目を見開いた後で「素晴らしいお考えですね。敬服いたしました」と立ち上がり、姿勢を直して頭を下げた。


 もちろん僕もそれに応えて「ありがとうございます」と頭を下げる。


 片付けがひと段落すると、ダインさんはワイアットさんに話があるという事なので、片付けの残りはオランドさん達に任せて、僕達はスグノキの森の中にある毒水となった池を見にきた。


 疫病の発生源だから放って置けないよね?


 スグノキの森を少し歩いて、いくつかあるうちの1つの池の近くに来たが、近くに来ただけなのに、すごい異臭が鼻につく。そして、姿を見せた池はかなり濁り、澱んで水とは思えない色をしていた。


「これって、どうやって浄化したらいいのかな?」

「近寄るのも嫌だね。とても浄化できるとは思えないけど?」


 僕が聞くとコタロウはそう言って首を振る。


 確かにコタロウの言う通り、とてもじゃないが浄化できそうもない。


 底の方でゴボゴボと腐敗して起こった泡が水面でプチっと割れるたびに臭気を周囲にまき散らし、吸い込むだけで毒されそうだから、近寄るのも嫌だね。


 だけどさ、ロウカスト達は生きるためにこれを飲んでいたの?


 そう思ったらひどく申し訳なくなった。


 だってこれは、どう考えてもスグノキを放置した人族のせいだもんね。


 でもだからと言って、僕はロウカスト達を許す事も出来なかったと思う。ここに来るまでも、森の中にはたくさんの人族の骨があった。


 あの闇落ちしたロウカストの話だと、かなりの数の無抵抗な人族を殺したんだもんね?


 憎しみは憎しみしか産まないとか言うけどさ、もし、あの男が今も生きていたら、僕は許せるのかな? その手を取れるのかな?


 僕がそんな事を思いながら池を見ていたら、カルラが「アル様が気に病む事ないっすよ」と笑った。


「えっ?」

「あの闇落ちのロウカスト達の事を考えていたんっすよね?」

「うん、あのロウカスト達は可哀想だけど、もし、生きていたら僕は許す事が出来たのかなって思って……」


 そう言って僕が小さく笑うと、カルラが僕の手を取った。


「あたし達は生き物っすから、全てを救えないし、全てを許せないっすよ。それでも、アル様はアル様の救える者を救い、許せる者を許している。それはすごい事だし、それでいいんっすよ」


 カルラがそう言ってくれるので、僕は泣きそうになってギュッと歯を食いしばる。


 それでも、やっぱり悔しいな。


 僕が顔をしかめるとカルラが黙ったままでギュッと抱きしめてくれるので、僕は「ありがとう」とだけ返してギュッと仕返した。


 しばらくそうした後で、僕らは再び池を見ていた。すると、地面から蔓が伸びてきて人形になる。


「とりあえずロウカストは狩り終わったみたいね」

「はい、ドロリスさん。手伝ってくれて、ありがとうございます」


 僕が礼を言うと蔓人形のドロリスさんは「私は大した事してないわよ」と大袈裟に首を振る。


「それで、みんなしてこんな所に立ち尽くしてどうしたの?」

「はい、この毒水をどうしようかと思いまして……ドロリスさんは、この毒水を浄化する方法、わかりますか?」


 僕が聞くと、蔓人形のドロリスさんは「何言ってんの?」と首を傾げた。


「アルの従者にマーメイドがいるじゃない。彼女に浄化してもらいなさいよ」

「えっ?」


 今度は僕が首を傾げる。


「マーメイドには固有魔法の『クリアウォーター』があるから、水の浄化ができるわよ」

「固有魔法ですか?」

「そうよ。例えば私の『エナジードレイン』と、あんた達が『蜜』と呼ぶ『エナジーウォーター』や、鬼女の『ブラッディアイズ』は確か人族は『緋眼』って呼んでいるんだっけ? まあ、そんな感じで種族によって固有魔法ってのを持っている種族がいるのよ」


 僕がそれに頷いて、なるほどと言う前に隣のコタロウが「なるほど」と言う。


 いや、これぐらいなら僕でもわかったよ。たぶん……。


 僕と蔓人形がコタロウを見た後で、蔓人形が僕の方に体を向けるので、僕は「わかります」と頷いておく。


「じゃあ、コタロウがルタウの街のサハギン達の所まで迎えに行けば良いだけだから簡単じゃない」

「簡単じゃないですね」

「簡単じゃないよ」

「簡単じゃないっすね」

「うん、無理」


 ドロリスさんの言葉に、僕とコタロウとカルラ、ブランが答えると「なんで?」と蔓人形が首を傾げた。


「コタロウがマリッサを迎えに行ったら、間違いなくサーシャにコタロウが殺されるっす」

「えっ? サハギンの女の子ってそんなに強いの?」


 蔓人形が再び首を傾げたので、カルラが事情を説明した。そして「あたしが行ってマリッサ達に事情を説明するっすからドロリス様がマリッサをここまで送ってくれないっすか?」と言うとドロリスさんは「仕方ないわね」と頷く。


「サーシャに、コタロウを殺して私も死ぬとか言われたら厄介だものね」


 蔓人形のドロリスさんが肩をすくめて、そう言った。


 だけど、ドロリスさん、笑えないよ。その冗談。


 もちろん、僕だけではなく、コタロウも、カルラも、それからブランも、苦笑いになった。

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