第111話 医術師の仕事

 少し肩を落としたダインさんは、すぐに僕を見つけて苦笑いをして頭を掻いた。


 うん?


「アル様……」

「ダインさん? どうしたんですか?」


 僕がそう言って首を傾げると隣にいたカルラが「薬が上手く出来なかったっすか?」と聞いたけど、ダインさんはすぐに首を振る。


「いや、文献通りの薬が出来たには出来た」


 ダインさんはそう答えた後で顔をグッとしかめる。


「オグデンには効かなかったんっすね」


 カルラが頷くとダインさんも「そうだ」と頷いた。なので僕はカルラを見て「カルラ、どういう事?」と首を傾げる。


「アル様、イゴール様よりお借りした古い文献に載っていた疫病の薬は人族の薬っす。なので、事前にオーク達には効かないかもしれないとエミリアさんから聞かされていたっす」

「「えっ?」」


 僕とブランは驚いたが、アラニャも知っていたのだろう。驚かずに悲痛な表情を浮かべている。


「薬が種族によって効かないなんて事あるの?」

「あるっすよ。一括りに魔獣と言っても食べる物も生活の仕方も住んでいる場所もみんな違うっす。だから魔獣によって、薬も毒も違うんっすよ」


 そうか、そうだよね。僕らには毒でもアラニャはビックアントのような毒を持った虫型の魔獣も食べられるもんね。

 

 そう考えると、種族によって薬が違うのは仕方ないよね?


「それで? 次は何を取ってくればいいですか?」


 僕がダインさんを見てそう言うとダインさんが「いやぁ」と言って、アラニャが「アル様……」と言い淀んだ。


 何この空気?


「他に文献に書かれていた疫病の薬はないっす」


 カルラが断言するので、僕が「でも、何かありますよね?」と聞きながらダインさんを見ると、ダインさんが俯きながら「すまねぇ」と首を振る。


 えっ? 嘘だよね?


 そう思ったら胸がギュッとなった。僕は間違いなく甘く考えていたね。素材を集めて薬が出来れば助かるから大丈夫だと思っていた。


 それにウロスの街の心配? そんなのは今する事ではないよね? まずは目の前の疫病に対して自分が出来る最大限で当たるべきなんだ。それなのに……。やっぱり僕は馬鹿やろうだね。


 僕はギュッと奥歯を噛み締めてから「フゥ」と息を吐く。


「オグデン達の事はどうするのですか?」

「アル様もよくわかっているだろ? 世界は優しくねぇ、残念ながら全てが助けられる訳じゃねぇんだ」


 うん、わかっているよ。母さんは僕の代わりに死んだからね。


「でも、本当に他に方法はないのですか?」

「わからねぇ」


 ダインさんが項垂れて重苦しい空気が流れたところで、オランドさんの家からエミリアさんが出てきた。


「何この空気?」


 エミリアさんは一瞬戸惑った後で、カルラを見た。


「カルラちゃん、これタウロの街の分、すぐに届けてくれる?」


 そう言ってエミリアさんが差し出したマジックバックを「わかったっす」とカルラが受け取った。そして。僕達に「ちょっと、行ってくるっす」と言うと飛んで行った。


 エミリアさんはそれを見送った後で、ダインさんを見て「っで、何やってたの?」と首を傾げた。


「いや、言われた通りオークの子供達には薬が効かねぇって言ったんだけどさ、アル様が他に方法がねぇか? ってよ」

「そうね。もちろん他を探すわよ。当たり前でしょ?」


 エミリアさんがそう言って頷くと、ダインさんが顔をしかめた。


「でもよ、他にないんだろう?」

「ないわよ」


 エミリアさんはなんでもないようにそう言った後で首を傾げた。


「文献にある物を調合するのは少し学べば誰でも出来る。医術師の本当の仕事はここから。文献のない薬を生み出したり、治療する事なの、最後まで諦めたりしないわよ」


 エミリアさんがダインさんにそう言った後で、僕を見て「お任せください」とニヤリと笑うので、僕は泣きそうになった。


 良かったね。


「僕達に何か手伝える事はありますか?」

「そうですね。何か取りに行って欲しい物があればお願いしますね」


 エミリアさんは微笑んだ後で、腕を組むと苦笑いを浮かべた。


「だけど、正直を言いますと人族と違うので何がいいのか? 検討もつかないんですよね」

「そうですよね」


 僕も腕を組んだけど、もちろん何か思いつくわけもない。コタロウと交代してきた方が良いかな? と思ったが……。


「あの、ドロリスさんなら何か知っているんじゃないですか?」

「「えっ?」」


 僕の提案にエミリアさんも、ダインさんも驚いた顔で僕を見た。


 だけどさ、適任だよね?


「ドロリスさんはドリアードさんなので長生きですし、森で起きた事ならほとんど知っているので、何かわかるかもしれないですよ」

「確かにドリアード様なら何かご存知かもしれませんが、今から行って相談するのですか? 私の足だとかなり日にちが経ってしまうと思うのですが……」


 エミリアさんがそう言い淀むので、僕は首を振る。


「いや、大丈夫ですよ、すぐに相談できますから」


 僕はそう言った後で、村の入り口のところでコタロウに魔術を教えている蔓でできた人形を指さした。


「今あそこで遠隔魔法を使ってコタロウに魔術を教えているのが、ドリアードのドロリスさんですから」

「「えっ!」」


 再びダインさんとエミリアさんは、シンクロして驚く。目も同じように見開いているんだから、なんとも夫婦だね。

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