第105話 タウロの街
タウロの街の街壁は他の街の街壁に比べると全体的に少し古ぼけている。
僕はそれを横目に歩いて門まで来たのだが、まだ明らかに日が高いのにその大門は硬く閉まっていた。
やっぱり何かあったのかもしれないね。
僕はそう思って焦ると通用門をドンドンと叩く。
「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」
「旅の者か? 悪いが今は門はあけられない」
そう言いながら門の上から顔を出したおじさんが僕を見て戸惑うように止まった。
「坊っちゃん、お一人で旅ですか?」
苦笑いを浮かべたおじさんがそう聞くので、僕が「はい」と頷くと、おじさんはこちらを見下ろしながら、なんとも申し訳なさそうな顔をした。
「疫病にかかった者が出たんです。だから、街付きの貴族の指示で、今は門は開けられません。悪いですが引き返すか、次の街に行ってもらえませんか?」
「あの、タウロの街に人を探しに来たんです。疫病はビックラットを食べなければ大丈夫ですから、入れてもらえませんか?」
僕がそう聞いたが、おじさんは首を振る。
「本当にうつらないと保証できますか?」
「保証はできませんが……」
「そうでしょう? ですから、開けられませんよ」
おじさんがそう言うので、僕は「そうですよね」と頷く。街の中で感染者が出て、これ以上広げる訳にはいかないから門を閉めたんだね。
この街の街付きの貴族は、とても出来る人なのかもしれないね。
「僕1人だけ入れてもらえませんか? 疫病の薬を作るのに人を探しているんです」
僕がそう言うとおじさんは「人ですか?」と首を傾げる。
「それで、誰を探しているのですか?」
「100年前にドリアードさんから蜜を受け取った、ポールさんという方を探しています」
おじさんの質問に対して、僕がそう答えるとおじさんは不満げな顔になる。
「うん? 気狂いのポールですか? もうとっくに死んでいますけど?」
「わかっています。親族の方はおられないでしょうか?」
「親族なら下町の方にいるんじゃないですか?」
おじさんがそう言うので、僕が「下町ですか?」と聞くとおじさんは街壁に身を乗り出して指をさした。
「あの森んとこに、下級農民が暮らす下町があるんですよ。気狂いのポールの親族ならきっとそこにいると思います。だけど、今あそこには疫病の農民がたくさんいますから、近寄らない方がいいと思いますよ」
うん?
「疫病は街の中で起きているのではないのですか?」
「いや、街中で起きる訳ないですよ。街中に住んでいるのは貴族と上級農民、それから、商人。さらに、それらの使用人達ですから、ビックラットなど食べる訳ないでしょう?」
「ではなぜ門を閉じているのですか?」
僕の問いかけにおじさんはあからさまに嫌そうに眉間にシワを寄せてから、再び首を傾げた。
「そんなもの、街に疫病を入れない為に決まっているじゃないですか? 他にありますか? 下級農民どもからうつされたら困るから閉めているのです」
「えっ?」
「そもそも、駆除した魔獣は食べるなと貴族様から言われていたのにあいつらが勝手に食べたのがいけないんですよ」
なるほど、勘違いしていた。門を閉めているのは、街から疫病を外に出さない為ではなく、疫病を街の中に入れない為だったんだね。
「そうですか、わかりました。ありがとうございます」
僕はそう言って頭を下げると、おじさんが指さした下町の方へと歩き出した。おじさんはすぐに何か呼び掛けて来たけど、僕は振り返らない。
もうこれ以上、あの人と話していても仕方ないもんね?
歩いてすぐに、森の中に下町が見えて来た。
いくつも、いくつも、木で出来た小さな小屋が寄り添い支え合うように連なっているが、そのどれもが粗末で、壁板は薄いのか? 所々欠けていたりして、あちらこちらに隙間が空いている。
屋根も同じだから、これでは強い雨が降れば雨漏りどころではないね。
そんな下町の入り口。大きな木のところに男性が立っていた。おじさんは僕を見るなり「近よらねぇでください」と言った。
「あの、人を探しているんです」
「ですが、坊っちゃんに疫病がうつるといけねぇ。だから、近よらねぇでください」
おじさんはそう言って頭を下げた。
「どのぐらいの方が疫病になっているのですか?」
「ほぼ全部です。うちと数軒だけ、最近羽振りが良くて、たまたまビックラットを食べてねかったんです」
おじさんの言葉に僕は「そうですか」と答えて連なる小屋を見た。
この数が全てだとするなら、明らかにオークさん達の村より、こちらの方が深刻だね。
僕は頭を掻いて「フゥ」と息を吐いた。
「おっしゃる通り、ビックラットの肉さえ食べなければ大丈夫です。僕を下町に入れてくれませんか?」
「ですが、坊っちゃんはどこぞの貴族でしょ? 悪いんだけど、信用できねぇ。後でうつったと騒がれたら困ります」
おじさんの言葉に僕は顔をしかめた。
確かにそうだよね? タウロの街付きの貴族の下町の人達への扱いを考えれば、そうなると思う。
残念だけど、お爺様のやり方は間違っている。
僕はギュッと拳を握りしめた。そして「ごめんなさい」と頭を下げる。するとおじさんは「どうして坊っちゃんが頭を下げるんです」と慌てた。
「僕はアルフレッド・グドウィン。この領地を治めるイゴール・グドウィンの孫です。皆さんにこのような辛い生活をさせてしまっているのは、僕のお爺様なので……」
僕はそこまで言うとまた「すみません」と頭を下げた。
もう泣きそうだよ。
「やめてください、坊っちゃん。領主様はよくやってくださっていますよ。農民が大事だとタウロの街は領税も安いんです」
「えっ?」
僕が顔を上げるとおじさんは微笑んだ。
「だって、こんな儂にまで頭を下げるお孫さんをお持ちなんだ、やっぱり領主様は偉大な方だよ。だけど、それを良い事に大きくなった大農家と街付きの3つの貴族が旨みを吸い上げているんです。悪いのはみんな奴らですよ」
おじさんはそう言うとタウロの街を睨んだ。
そうかと安心したけど、それでもこの下町の人達の扱いを見れば、お爺様の領政が正しいとも思えない。たとえ街付きの貴族が任命制ではないとしても、その責任は領主であるお爺様にあるはずだ。
僕は、それが貴族の貴族たる所以なのだとグドウィン家での授業で習った。
これは改めねばならないね。だけど、まずは疫病をなんとかしなければならない。その為には。
「僕を下町に入れてもらえませんか? ポールさんの親族の方を探しています」
おじさんが「えっ?」と驚くと、おじさんの後ろ、1番入り口に近い小屋から女性が顔を出した。
「アルフレッド様、うちに用ですか?」
「えっと? お姉さん?」
僕はその女性を見て驚いた。その女性はルタウの街の市場でお世話になった野菜を売りに来ていたお姉さんだった。
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